ますくど!ヴァーチャル!!

渡士 愉雨(わたし ゆう)

第0話 運命のワンクリック

「姉さん、くさい」

「うひぃっ!?」


 妹・藤花とうかからの直接的暴言に、私・八重垣やえがき紫遠しえんは思わず奇声を上げた。

 いや、上げたくて上げた訳じゃないんですけどね……こう、精神的ショックというか。


 藤花はこの間高校生になったばかりで、私とは4つ年が離れている。

 その高校からの帰りに、部屋を出た私と遭遇するなり出た言葉がそれである。

 ただいまよりも先にそれってひどくないです? 


 そう思って反論しようとした私に、藤花は情け容赦なく言葉の連撃を浴びせかける。


「今日もずっと引き篭もってたんでしょ。

 父さん母さんに申し訳なくて合わせる顔がないから部屋から出ないのは違うんじゃない?

 部屋もゴミだらけだしさ。

 というか食事の時だけは出て来るくせに。

 それでいて好きな特撮だかなんだか見てニヤニヤニヤニヤ、自己満足高め過ぎで非生産的過ぎ。

 大体いつまで引き篭もってるの?

 スーパーをクビになってもう3ヶ月だよ?

 いい加減ちゃんとバイトなり就職なりするべきだと思う」

「あ、はい、ごもっともでございます……」


 あ、うん、ひどくないです、正論です。


 私は今年20歳になる、現在はまだ19歳の引き篭もり。


 何故私がこうなったのかというと、まあ簡単に言うと『外の世界怖い!』な状態になったからです。

 それまでの経緯を簡単に書くと、



 高卒後、地元の事務職に就職する


 →先輩社員達との関係が拗れて外の世界怖い(第一段階)


 →半年後営業不振の限界で会社倒産


 →元同期の同僚と就職先を探しつつスーパーでバイト


 →カスハラ&パワハラで限界突破、バイトを辞めて外の世界怖い(第二段階)


 →スーパーのバイトで顔を覚えられてストーカー被害(家族には内緒)、外の世界怖い(最終段階) 


 →外の世界に出たくなくなって引き篭もり(今ココ☆)



 という感じでございます。


 年頃の妹からすれば、自分の姉が働きもせずにずっと家で惰眠と堕生活を貪ってるように見えるんだろうからね。

 そりゃあ不満を持って当然というか、むしろ今まで我慢してくれただろう事に感謝ですね、ええ。


「昔の姉さんはかっこよかったのになぁ……はあ」

「ぐはっ!?」


 うぐぐぐ、昔の事を褒めてからの溜息――今の私にはクリティカルヒット過ぎる。

 でも、それもこれも私を心配しての事なんだよね、

 

「紫遠ちゃん、大丈夫? 焦らずゆっくりでいいからね?」

「今度気分転換に映画でも見に行こうか? 

 最近、紫遠ちゃんの好きな特撮映画やってるんだろ?」

「げぼぉっ!?」


 夕食時は夕食時で父様と母様に純粋に心配されてむせました。

 

 うん、みんな、私には勿体ない家族でございます。

 なので、私としては奮起したいのですが……まあ、その、まだ外の世界が怖くてままならない日々が続いております。


 そこまで絶対的なトラウマか、というと、違うと思う。

 うん、違うなぁ、かろうじてギリギリで、すぐ近くのコンビニには行けますので。

 本当にトラウマを抱えている人達に申し訳なるくらい、私の精神そのものは元気です。


 なんというか……家の前でスズメバチを見かけて、ずっとそこにいると思えてならなくて外出出来ないでいる、そんな状態かな。


 とっくの昔にどこかに飛んでいってる可能性が高いので、外に出て一歩進めばきっと解決出来るはず。


 だけど、その一歩が踏み出せない、外に出られない……そんな感じ。


 要は甘えなんだと自分では分かってる。


 分かってるんだけど中々うまくいかない今日この頃。


「だよね……うん、だよね」


 そんな自分を鼓舞する為に、私は散らかった自室にてサブスクで特撮作品を見ていた。


 ヒーロー達が苦境に陥る中、それでも前に進もうとする場面ばかり見返している。


 それで勇気を貰おうとしているんだけど……はい、すみません、いつの間にか純粋に視聴を楽しんでます。


 ううう、ダメ人間ですみません……。


 でも、今の生活が続けばいずれはこうしてサブスク行脚も出来なくなる。


 働いていた頃の給料の貯金はまだ残ってはいるけど、このままだと1年は持たないんじゃないかな。


 サブスクだけならまだしも、お菓子代とか、たまに耐え切れず購入する玩具とかも含めると、長くはないよね。


 うふふふ、こうしてヒーローからの心のエネルギーチャージで自我を保ってるので、それがなくなるとどうなるやら……うふふふふ。


 でも、今の精神状態のままじゃ働けない――うぎぎ、一体どうすればいいのっ!?


「うう、ネットで反応集見て気を紛らわせよう……」(現実逃避)


 そうして私はさっきまで見ていた作品についてのネットの反応をまとめた動画を見るべく動画サイトを開いた。 


 Over The World Tubeという名前の世界最大規模の動画サイト。

 そこで好きな作品の反応集を眺めるのが最近の私の楽しみだった。


(今日何かおもしろいまとめは――って、あれ?)


 検索を掛けて何気なく眺めていた中、私の視界に『ライブ』の赤字が入ってきた。

 どうやら特撮談義の配信を行っている人がいるようだ。


(えっと、VTuberの女の子、かな?)


 こういうサイトで仮想ヴァーチャルの姿を纏って配信する人達をVTuber――そう呼ぶ事は知っている。

 ただ、これまではそういう人達の活動は知っていても実際に見た事はなかった。


 そう、これまでは、だ。


(むむ……この作品、私も大好きなんだよなぁ――気になる)


 私の好きな作品について語っているらしく、大いにそそられております。

 だって、私の周囲に同好の士って中々いないので、ええ。

 しかも私同様に女性ともなれば気になりまくりですよ。


(えっと、ちょっとお邪魔してみようかな)


 そうして私は深く考えることなくマウスを動かし、その配信ページをクリックした。


 でも、それが私の人生を大きく変えるワンクリックだったとは、この時の私は夢にも思わなかったよね、マジで。


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