4月8日 シェリー奥様

 先生のお宅には、先生より一回り若いシェリーという名前の奥様が住んでおりました。シェリー奥様は私をひと目見ますと、ぱっと顔を明るくし、


「娘ができて嬉しいわ」


 と私を歓迎してくださいました。本当に、本当に私は村中先生にもシェリー奥様にも感謝しております。私はふたりのことが大好きでございます。




 奥様は私に読み書き計算から、お庭に咲くお花の名前、お茶の入れ方まで熱心に教えてくださいました。そういうとき、私はシェリー奥様を「シェリー先生」と呼びました。そうしてお茶が入ると、一緒にテラスでおしゃべりをします。そんなとき、私はシェリー奥様を「シェリー奥様」と呼びます。


 シェリー奥様は、私の先生であり、友人でもありました。村中先生は離れのラボで研究にこもることが多く、きっとシェリー奥様は時間を持て余していたのでしょう。私のことを本当に可愛がってくれていて、それはそれは楽しい楽しい時間を過ごしておりました。




 あれはいつだったでしょうか。いつものテラスでシェリー奥様から、村中先生とのラブストーリーを聞いたことがあります。


 シェリー奥様はまだ十代のころに、だんだんと骨が弱くなる難病を発症しのだそうです。その治療をしたのが、当時大きな病院にお勤めしていた村中先生で、村中先生は他のお医者様が二の足を踏んでいる中、世界で例のない難しい治療を施してくださったそうです。


「あのね、私の骨を少し削って、それを粘土で埋めていくの。粘土はレーザーで焼くと骨とそっくりになる特別なものよ。ほら、陶器だってもとは粘土じゃない? それと同じようなものだけれど、それよりもっと上等なものよ。先生は七日も寝ずに私の全身の骨をすっかり置き換えてくださったの」


 そう言ったときのシェリー奥様は、普段は白い頬を真っ赤にして、とても可愛らしく見えました。


「そうして治療が終わったあと、私が目を覚ますとね、


『目を開けた、目を開けた』


 って子供みたいに大騒ぎするの。お礼を言おうと口をパクパクさせたらね、


『動いた、動いた』


 ってまた大騒ぎするのよ。思い出すと今でもおかしくってね。

 で、ね。先生が私の耳に口を寄せて言うのよ


『シェリーくん、喜びたまえ、成功だ。世界で初めての治療に私が成功したんだ。君は女の子だから、ピンクの粘土で骨を作ってやったぞ』


 って。呆れちゃうでしょう? 私はブルーが好きなのにね」




 当時のことを思い出したのか、シェリー奥様はくっくっと笑いながらも耳まで真っ赤にしておりました。


「シェリー奥様は、村中先生のことが大好きなのね」


 私がそう言いますと、シェリー奥様は深くうなずきました。


 私はまだまだ精神的に未成熟で、恋というものがどういうものか想像が付きませんでしたが、なんとなくそれは素晴らしいものなのだろうな、とほんの少しうらやましくなりました。


「最初はね、先生のことを怖いお医者様だと思ったわ。若い頃から目がぎょろぎょろして、口はへの字でね。でも人の気持ちは変わるものね。今ではすっかり彼のことを愛しているわ」


 奥様がそう言いますと、「エイ、オー、エイ、オー」と掛け声がして、お庭で四足散歩をする村中先生が通りかかりました。


 そういえば、四足散歩は一般のご家庭ではあまりなさらないそうです。村中先生は研究中、同じ姿勢が続きますから、体の筋肉の凝りや、座りぱなしによる痔を予防をするために、よく犬のように四つ足でお庭を散歩していました。


 だからそれはどこのご家庭でも普通だと思っていて、後にその話を人にして、恥ずかしい思いをしたものです。




 ともかく、シェリー奥様は「エイ、オー」と歩く村中先生を愛おしそうに見つめておりました。「人の気持ちは変わるものね」と言ったあの日、シェリー奥様は確かに村中先生に恋をしていました。


 さて、シェリー奥様はとても教育熱心なお方で、村中先生も「学校など馬鹿の行くところだ」と仰っていましたので、私はついに小学校には通わず終いでした。


 しかし私が「学校に行ってみたいわ」と言ったのは、何を隠そう、「スマッシュ! 白羽根マリン」の影響です。


 シェリー奥様は大変に多趣味な方で、お茶やお菓子、ガーデニング、鯉の世話、編み物にとどまらず、いろいろな本を収集しておいででした。殆どは外国の本だったり、まだ習っていない漢字の多い本でしたが、奥様は古いマンガも収集なさっていました。


 その中のひとつが「スマッシュ! 白羽根マリン」です。


 とても有名な漫画ですのでご存知の方も多いでしょう。孤高の天才バレリーナの白羽根マリンが、ひょんなことから学校のバドミントン部に入り、恋に友情に、青春を謳歌する物語です。


 私はマリンに憧れ、部屋でこっそりマリンを真似て、グランジュテ・スマッシュや、ピルエット・レシーブ、プリエ・サーブといった技々を練習しておりました。



 私は村中先生やシェリー奥様との生活を心底幸せに感じておりましたが、成長して大きくなった身体には、慣れ親しんだ家やお庭は少々狭く感じられ、広い世界へ憧れるようになっておりました。


 誤解を恐れず言うならば、私は退屈していたのです。


 人間は退屈すると恋がしたくなる生き物ですから、マリンが青山コーチに恋をしたように、「私も素敵な恋をしてみたいわ」という悶々とした憧れが日に日に増しておりました。その思いが溢れ出したとき、私は「学校に行ってみたいわ」と村中先生とシェリー奥様にお願いしたのです。


 クリスマスが近い冬のことでした。村中先生は「欲しい物をなにか言ってごらん、私にできることであれば叶えてあげよう」と言ったばかりでしたから、さぞ困ったことでしょう。シェリー奥様はくっくっと笑っておりました。


 今思い返せば、奥様は私が白羽根マリンに憧れていたことに感づいていたのでしょう。しかしその実、恋がしたいからという邪な理由だとまでは察せられなかったのではないでしょうか。いいえ、勘のいい奥様のことですから、すべてお見通しだったかもしれません。


「いいじゃない。なんでもものは試しよ」


 シェリー奥様が助け舟を出してくれ、「ううーん、ううーん」と唸っていた村中先生もついに「うん」と言ったのでした。




 私が学校へ通うことが決まってからは早いものでした。村中先生のお家にはヘンドリックという名の口ひげ立派な商人が出入りしており、これまで要り物はなんでも彼から買っておりました。


 私がいくら箱入りの世間知らずだからといって、なにも村中先生とシェリー奥様しか人間を知らないわけではありません。庭師の源六さんや絵師の淀川さん、漬物屋の大河内おばさんなど、村中先生の家には様々な人が出入りしていますから。


 しかし最もよく来ているのはヘンドリックでしょう。シェリー奥様が集めている反物や古書、ティーカップなどすべて彼から買ったものでした。そして私は幼い頃から彼にとても懐いていました。


 彼は背が高くいつも背広姿で、口ひげを捻っており、まるでお姫様に使える執事のようでした。


 そんな彼が私のことを「お嬢様」と呼び外国のチョコレートなどをお土産してくれるものですから、私も調子に乗って、「ヘンドリック、新しいパジャマがほしいわ」とか、「ジェラートを買ってきて」だとか、「シャンパンを飲んでみたいわ」などと言って困らせておりました。




「ルリ子お嬢様が学校へ。これは一大事だ」


 ヘンドリックはその知らせを受けるとすぐに西に東に奔走し、学用品の一切を揃えてくださいました。


 そんな彼が卸してくれたセーラー仕様の学生服に袖を通してくるりと回ってみますと、姿見に映る私はとてもお姉さんに見えました。


「これはこれは、立派に似合ってございますよ、お嬢様」とヘンドリックが言いまして、シェリー奥様は「マァ」と言ったきり息を詰まらせ、大げさにも涙、涙で感動しておられました。


「でも、ちょっと地味じゃないかしら」


 しかし私は、わざと不満げな顔を作ってそう言いました。本当は、その大人びた姿にとてもとても興奮していて、飛び跳ねたいような気持ちでしたが、セーラー服を着た私はちょっと大人になっていましたから、わざとひねくれたことを言ってみたのでした。


 ヘンドリックは小物を広げ、口ひげを捻りながらちょっと困ったように、「しかし、あまり派手な装飾品は学校で認められませんよ」と言いました。


「地味じゃないかしら」とは照れ隠しの言葉でしたが、考えてみたらたしかに、皆と同じ格好をしていたら私の恋の相手はどうやって私を見つけるというのでしょう。


 私はリボンの結び目にブローチをつけてみたり、ボタンにチェーンを垂らしてみたりと頭を捻ったあと、結局はシャツの丸襟にブルーのヘアピンをつけることにいたしました。それはオリジナリティがありながらも品よく、しかしどこか抜けた可愛さがあり、私はとてもとても気に入りました。


 シェリー奥様も「あらマァ、可愛いわ。ブルーは私が一番好きな色よ」と褒めてくださいました。そうしてお澄ましした顔で改めて姿見を見ますと、そこにはすっかり恋の準備が整った女の子が立っておりました。


 それからの数ヶ月は浮かれぱなしで、指折り入学までの日を数え、何度も制服に袖を通しては、あれよあれよ回っている間に月日は流れ、ついに私は明日、中学生になります。





「ルリ子お嬢様、素敵なノートを見つけてきましたよ。日記帳にいかがですか」


 なんてヘンドリックが言うものですから、つい夜なべしていろいろなことを書いてしまいました。明日は入学式だから早く眠らないといけないのに、どうにも心そわそわ落ち着かず、ペンを取ったが最後、ずいぶん長い日記になってしまいました。


 ヘンドリックが知っていたかはわかりませんが、私は昔から、感情が揺さぶられることがありますと、それを紙に書き出すようにしていました。


 書くという行為は不思議なもので、どんなに心躍るような出来事があっても、胸が張り裂けそうな出来事があっても、すっかり書いてしまうとそれらは過去の出来事になり、ようく眠れるようになるのです。


 おかげで眠くなってきました。

 筆不精の私のことですから、次に日記帳を開くのはいつのことになりましょう。


 願わくば、この日記帳が私の幸せな気持ちでいっぱいになりますように。

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