優しさに包まれたなら
墨色
第1話
二人とは幼馴染で、小さな頃から友達だった。豪志は少し生意気だけど優しくて、本の虫だった僕を誘って、いつも未知の世界に連れていってくれた。
たまに危険な遊びでも彼となら平気で、共に過ごした学生時代は本当に楽しかった。
沙耶香、後にフィアンセになる彼女は、幼い頃から僕と豪志のお目付け役だった。
危ないことをする豪志とそれに付き合う僕を叱り、でもたまに一緒に混ざって遊んで笑って、そして巻き込んだなーって怒る子だった。けどみんなに優しくて、その優しさに救われたことは数え切れないほどあった。
中学、高校生になってからは元々可愛かったけど、美しい少女へと変わっていった。
長い黒髪に大きな瞳。サイズが無いのか、胸元に窮屈そうに収まる大きな胸。肌の色は透き通るように白くどこまでも滑らかで、細く長い手脚もスラリとしていて、バランスが良かった。
僕は彼女が大好きだった。
見た目だけではなくて、やっぱりあの小さな時からの彼女のその優しさに恋をしてたんだと思う。
それが友情ではないと自覚したのは高校生になってからだったけど。
多分、豪志も彼女が好きなんだろうなって思っていたけど、付き合えたのは僕だった。
「豪志? 豪志は自分で何でも出来るでしょう? あ、違うよ。拓実が出来ないってわけじゃなくて、ううん、ごめんなさい。私があなたを放っておけないの」
「良かったな拓実。沙耶香ママの爆誕だ、痛っ、殴んなよ! 俺? そりゃお前、何人も彼女いるし、一人に絞れないだろ」
「はぁ…ほんとクズね」
「はいはい。クズですよ。堅物のお前には真面目な拓実がお似合いだよ」
「拓実を変な遊びに誘わないでよね!」
「彼女持ちにそんなことするか!」
「ははは」
豪志はそう言うけど、付き合ってるのは毎回一人で、別れる時はちゃんとしてた。どうも悲しんでる女の子に弱いらしく、そのルックスもだけど、気づけばいつも女の子に囲まれてた。
そのせいで誤解されていた。
僕は沙耶香には豪志みたいな男が似合うんだろうなって思ってた時期もあったけど、高校の卒業式の時、頑張って告白したら、彼女は涙を流して喜んでくれた。
『わたしもずっと好きでした…ぐすっ、ふふ、嬉しくて…だって小さな頃からよ? ぐすっ、本当よ、信じてね…』
そして豪志は祝福してくれた。
『…まあ、良かったな。これで俺もお役御免だ』
どうやら沙耶香は豪志に相談していたみたいだ。
彼女は「女の敵、いつか刺されるから」って冗談っぽく言ってたけど、それは多分僕の知らない豪志を知っていたのかもってその時初めて気づいた。
でも彼女も豪志の家庭環境を知っていたし、そこまでキツくは言わなかった。最後にはちゃんと選んであげなさいってお姉さんみたいに接していたと思う。
大学生になっても僕らの付き合いは変わらず、時間が合えば三人でいつも一緒に遊んでいた。
大学に通ったのは僕と沙耶香だけで、豪志は早々と就職してしまった。
母子家庭でもあったし、仕事の愚痴なんかを、漸くお酒を飲めるようになってから聞かされたりして、そんな時は相変わらずの女の子事情で、でも救ってるんだろうって思ってた。
沙耶香はずっと怪しんでいたけど。
そして僕と沙耶香は元々仲の良い家同士のこともあって、大学卒業間近に早々と婚約して、時期を見て結婚することになった。
だけど、僕が就職した会社は海外出張が多く、僕もその例に漏れず、主にオーストラリアに飛ぶことになる。
わずか15年で十倍近く財政支出をしてきた羨ましい国だ。政府の投資が著しく経済は活気づいていた。公的固定資本形成を削りまくってきた日本の1.1倍とは違って当たり前だけど、ちゃんとGDPを伸ばしていた。
それは民間に出回るお金が増えたことを意味し、国民全員の給料が上がることを指していた。
GDP横ばいのこの国だと、誰かの給料が上がれば、当然、誰かの給料は下がってる。
それは僕かもしれないし、沙耶香かもしれないし、あるいは豪志かもしれない。
だから移住も視野にその会社を選んでいた。
これだけ増税していたらこの国で幸せな結婚生活なんてまず難しい。GDPが上向けば可能性はあるけど、ここまで緊縮してるのならまず無理だ。これは他国を見れば丸わかりで意図的なんだろう。
GDPには財政支出が必ず含まれるし、民間が投資できない不況なのに政府支出を削り続けるなんて狂気の沙汰としか思えなかった。
彼女はそこそこ大きな企業に就職し、節約するために同棲しましょうと言ってくれた。
彼女は早くに子供が欲しいらしく、家庭に入りたいって言ってくれた。
「だって、拓実との赤ちゃん絶対可愛いと思うし…なるだけ一緒にいてあげたいの。もちろん再就職だって考えてるわ。一緒に幸せになりましょう」
そんな風に言われたら仕事を頑張るしかなかった。ある程度の実績を作ってからなら結婚しても大丈夫かもと、僕は長期の出張に名乗りを上げた。
彼女を幸せにすることが、僕、赤井拓実の叶えたい夢になっていた。
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