第26話 開戦ー瞳考案大胆な作戦炸裂ー

 翌日。

 早朝、月光蝶クランハウスは静寂に満ちていた。

 今も地下迷宮で戦っているであろう仲間達にクランの守護を任された約二十人の勇士達は互いへ小さく挨拶を交わしつつも設置された簡易椅子に座り、言葉を発することなく各々が修羅場に備えて準備を進める。

 普段の喧噪は鳴りを潜め、中、上級勇士達防衛戦力がクランハウス正面前に集い、鎧や武器を手入れする音が朝霧の包む街広場に響く。

 勇士達は後に控える闘争に向け、滾る戦意を抑えて精神を研ぎ澄ませ、経験の浅い新人達は地下三階の訓練場端で怯えや武者震いから膝を揺する。

 

 黙々と戦闘準備を続ける勇士達の中には当然、紗雪とマイもいるのだが……。

 勇士達彼等の中に混じって座る紗雪とマイが対面で向かい合い、瞳に照準レティクルを表示している紗雪とマイが携帯食干し肉を頬張りながら普段と変わらぬ調子で言葉を交わす。


「……連中、もうすぐ傍まで来てる。三十分前から時間が経つに連れてどんどん斥候監視が増えていってる」

「ふーん……来るならさっさと来て欲しいわねぇ。いい加減、この構想を終わらせて迷宮探索の続きをしたいもの」


 クランハウス前に防衛陣地を張り、待機し続けて一時間。

 飽き性なマイが暇そうに無事な手・・・・で摘まんだ干し肉を食べやすいサイズに千切り取る。

 同様に携帯食を次々と胃に放り込んでいた紗雪がそれを見て、食べる手を止めてマイの利き手――包帯が巻かれた左腕を見る。

 指先から肘まで包帯が巻かれた左腕を腹前で肘を曲げて中空に浮かせる彼女は不慣れな右腕で一口サイズに千切った肉を口に放り込む。

 先日の腕試しの一件で受けたらしい地雷ソレ

 これ突っついたら絶対楽しいことになるどー、と確信めいた予感を秘める紗雪が気分転換ついでに見え見えの地雷を踏み抜いた。

 

「……もしかして、痛いのそれ? 随分大袈裟・・・だけど」

「いっ――たくないわよ全然っこれっぽっちもね! こんなの見た目だけよ見た目だけ、包帯巻いてると相手も油断してくれそうだし? それにアタシって見た目に拘るというか、入団試験前も勉強しなかったタイプだから。戦略よこれは、皆わっかんないわよね~。これりっちゃんが巻いたんだけど一々大袈裟なのよ! 痛がり医者は心配性なんだからまったくぅ~。アタシは大丈夫って何回も言ったんだけどりっちゃんがどうしてもってうるさいからしょぉ~がなく、巻かせてあげただけで――――」


 少し嫌味っぽく、言葉の発音を一部強調して聞いてみるだけ。

 それだけで紗雪の予想通りとても分かりやすく、屈辱という名の潤滑油に巻かれた舌が息継ぎ無しで壊れたレコードの如く長文を紡ぎ始める。

 

「……早口過ぎ。到達深度百層越え最上級勇士が戦闘経験ゼロの一般人に怪我させられたなんてプライドが許さないよね? わかる。私でも早口になっちゃうかも。ぷぷっ」

「――今日は良く舌が回るわねぇ紗雪。器も胸も小さい陰キャは口がでかくてかなわないわ!」

「……ぷっ必死乙。ハイこれ、手鏡。言う相手、間違えてる」


 昨日から「これは違うから」「色々乗り越えさせる為に成功体験をさせてあげただけだから」「手加減したの、わっかないかなぁー!」と聞いてもいない言い訳を続けるマイを見て、勇士としての矜持やら|自尊心やらに大層な傷を負っていることを察している紗雪。

 精神的優位がどちらにあるかを正確に理解している今の紗雪は普段なら炊きに炊く煽りを前に、余裕の表情を保ちマイの左腕を軽く指で弾く。

 

「~~~~っっっ!!」


 治癒効果の高い薬草数種をすり潰した塗り薬と厚い清潔な包帯に巻かれた腕を軽く"弾かれるデコピン"されたマイが良く回る舌を引っ込め、痛みにじたばたと悶え、悲鳴が喉奥から圧縮された空気と共に漏れる。


「……確かに酷い怪我だったけど、そんなに痛むの?」

「――掠めただけだから、ちょ~っと、痛いだけだから。……おかしい……なんでこんなに痛いのよ」


 あれだけ悶えてなお強がりを口にしつつ、途中からは小声で文句を垂れる。

 腕が砕けた状態でも走り回れる程痛みに慣れているマイが悶えるとはどれほどの苦痛を齎せているのか、護られている紗雪痛いの大嫌いからすれば想像すらしたくも無いだろう。

 

「……あの子の能力はそんなに強かったの?」


 前日、今日の為に奔走していた紗雪はマイとエンマが行ったらしい力試しを見学出来てはいない。

 

 部外者は完全立ち入り禁止、近隣住民への配慮で念入りに防音処理がされている訓練場へひっそりと連れ込み手合わせをしていたらしく、クラン全体がバタついていたこともあって目撃者は誰一人としていないのだ。

 手合わせが終わった後、とある仕掛け・・・の為に訓練場へ訪れた際に、紗雪は負傷した腕と疲労で眠りこけるエンマを抱えるマイを発見。

 "痕"の残った訓練場を指差して「皆に内緒で直して♡」と無責任に言い放ち、一人休暇を貰っていた癖に忙しい己へ仕事を増やしやがった護衛への意趣返し件罰として腕を弾いたが、先程の痛がり方は紗雪としても少々予想外だった。

 

「そうね……アタシを殺しちゃうかも、なんてビックマウスが出るだけのことはあったわね。ただ……」


 「マイを殺してしまうかも」等という言葉をエンマが言ったことに無言絶句して驚愕する紗雪に向けて、一瞬何かを言い掛けて咄嗟に口を噤むマイ。

 

「ただ……?」

「……何でもないわ。」

「……なんであんなことをしたのか知らないけど、あの子を今日の戦闘に参加させるの……? 月光蝶うちの子じゃないよ」

「させるわけないじゃない! 流石にまだ・・実戦はさせられないわ……昨日ちゃんと断って、代わりに訓練してあげる約束をしたもの――あ、干し肉無くなっちゃった」

「……まぁ今日の戦いに参加なんてナキさんが……というかお父さん達が許す訳が無い」


 ナキとは出会って僅か数日と浅い期間だが、それでもあの謎だらけの探偵が常人の者では無いことは十二分に理解した――護衛マイが非常に強い警戒心を抱く程に。

 紗雪の制作物以上の感覚知覚を持ち、腕っぷしも言うこと無し――そんな相手の機嫌を損ね、せっかく出来つつある関係の糸を自ら断つような選択を組織人の二人は選びはしない。

 もし民間人を犯罪組織との抗争に参加させたとあれば、子供を利用した等の民衆からの反発や顰蹙は免れず、今後の活動にも支障が出かねないからだ。

 円滑な組織運営、秩序の構築、そして迷宮の完全踏破は月光蝶クランが掲げる至上命題。

 目的の為にも、不必要なリスクを自ら負うような真似をしないだろう。


 黙々と戦いに備える勇士達に混ざり談笑する二人。

 迫る闘争に恐怖や期待に苛まれる周囲の仲間達に混ざり、空気を読まずペラペラと快活に話していた――その時だった。

 複数の鎧が軋む音と共に武装した人影が待ち受ける自分達の前に姿を現したのをその場に居る全ての勇士達の視界が捉えた。

 夜明けから待機し続け、少し凝り固まった体を解しながら紗雪とマイが共に立ち上がる。

 

 

「やっと来たみたいね」

「……うん。でも折角色々考えてたのに、まさか正面から来るなんて」


 骨を鳴らし好戦的な笑みを浮かべる二人に続くように周囲の勇士達も立ち、各々が強く握り締める。

 武装した人影――数にして二十と少しの反勇士達の先頭を歩き、引き連れるはくすんだ赤髪の女性――アンスロー大幹部の一人――歪曲する短剣を腰に備えたガレットだ。

 彼女に連れられるように先日の一件で負傷したカネルを除き、同じく大幹部のバルトロを筆頭に幹部達が並んで紗雪達の前に立ちはだかり、睨み合う。

 中でも一人、赤髪の女性反勇士と紗雪の視線がぶつかる。

 

 「……『赤傷呪殺せきしょうじゅさつ』ガレット・マーキュリー」

 「『犯児怪人デッドバウンティ』の糞野郎もちゃんといるけど、『不可視の人攫いボギーマン』は見当たらないわね……片脚だし、どうせどっかに隠れてこっちを見てるんでしょうけど」

 

 手紙に記されていた通りの敵精鋭顔触れが揃う中に唯一人、先日ナキに片脚を捥がれたカネルだけが姿を眩ましていた。


 「よぉ『異端異形エルテーミス』。先日の倉庫の一件、娼婦二人を連れた三人組って話だったが……アンタ達の仕業だね? 御蔭で作戦も組織も滅茶苦茶さ。受けた御礼はしっかり返させて貰うよ」

 

 ガレットが首を傾げてまるで茶化すように言い、周囲を見渡す。

 月光蝶は都市中心部に拠点を構えていることだけあって、周囲は建造物が隣接する密集地帯。

 そしてカネルの役割は他の幹部とは違って戦闘では無く誘拐。

 クランハウスを囲ういずれかの建物に身を隠せば中央区画において唯一、建造物の隣接しないクランハウスを隠れながら監視することが出来るだろう。

 反勇士達を率いる先導者ガレットがしたり顔で笑う。

 

 「ふん、それはこっちのセリフよ! 散々好き勝手してきた報い、全員とっ捕まえて監獄セリフォスの中で受けさせてあげる!」

 

 マイの言葉に周囲のクランメンバー達が一斉に罵倒交じりの雄叫びを上げ、それを受けた反勇士が罵詈雑言を怒鳴るように返す。

 勇士と反勇士の怒鳴り声で喧々囂々とする中央広場。

 そんな中で紗雪だけは、眼前に並ぶ敵を見据える。

 反勇士達が姿を現して以来一度も視線を外さず、紗雪を睨み続ける一人の男。

 その相手へ表情変化がことごとく疎い彼女が明らかな嘲笑を兄の仇の見るかの如く睨む男――『犯児怪人デッドバウンティ』バルトロ・デル・・デストロ・・・・一人へ向ける。

 

 今日の作戦を実行するに辺りって、作戦の成功率を上げる為に紗雪達はカストロの実の弟バルトロに狙いを着けた。

 性格は短絡的で堪え性の無い利己的な性格。

 そして、謎の死を遂げたカストロ・デル・デストロの実の弟。

 カストロの死後、兄の仇を探し続け制止した味方を何人も殴り殺している程に犯人捜しへ凄まじい執着を持っていることをベルカからの手紙で知った月光蝶。

 全体の作戦を考えた瞳はこれを利用することにし、"女"である紗雪とマイに火付け・・・役を任せていた。

 

 バルトロの怒り心頭の様子を確認出来た紗雪とマイ二人がこれ見よがしに仕掛ける。

 

「……三人の大幹部の内、無傷な二人が揃ってるけどやっぱり格が見劣りする……大事な作戦前に死ぬなんて、無能な兄を持って"可哀想"」

「しかも、他はカストロとカネル頼りの雑魚ばっかり……アタシ単純作業って嫌いなのよ。ガン処理なんて、欠伸が出ちゃうもの……正義の味方が弱い者虐めなんてするもんじゃないでしょ?」


 しっかりとバルトロと目を合わせて、明白に向けられる侮蔑。

 敬愛する兄を目の前で虚仮にされたバルトロの表情が鬼の形相へ変化していく。


「落ち着けバルトロ。安い挑発に乗るな」

 

 男の怒気を敏感に感じ取った反勇士達は恐れるように距離を取り、紗雪達の意図を感じ取った幹部にして直属の部下でもあるペドロがバルトロの身体を掴み制止の言葉を掛ける。

 人が離れ、バルトロの周囲だけぽっかりと穴が開いたような状態。

 あの傍若無人で暴力的なバルトロも頭では"罠"であることを理解しているのだろう。

 憤怒に心を侵されながらも、手を握り固め怒りが発露してしまうのを堪えている。

 だが、そのどれもが無駄な徒労だった。

 

「……バルトロを殺してくれた|あの人(・・・)に感謝ね」

 

 可憐な少女が無表情から一転、華が咲いたような笑顔と共に呟かれた一言。

 敬愛する兄カストロを殺し辱めた、探し求めた犯人を知っているような発言が容易にバルトロの視界を憤怒を憎悪に染め上げる。

 バルトロの憎悪、それは追い風となって彼の理性を跡形も無く燃やし尽した。

 

「――――――女ぁぁぁ!!」

「よせ! バルトロ!」


 血管を浮き彫りにした顔を真っ赤に染めたバルトロが巨大な棍棒を両手に理性を振り切り、二Mメテルの巨体が紗雪の元へ爆進する。

 

「バルトロさんに続けぇ! 皆殺しだ!」

 

 さらに、闘いの火蓋を切ったバルトロを反勇士達が後続となり、突撃を開始。


「馬鹿共が……」

 

 血の気が多く、戦乱の空気に簡単に乗せられた反勇士達をガレットが小さく誹りながらも、彼女もまた一つの集団となって月光蝶の勇士達に襲い掛かる。

 凶刃を手に殺意を乗せて猛進する反勇士達を前にして、紗雪は冷静に情報を反芻する。

 

 

 【『赤傷呪殺(せきしょうじゅさつ)』ガレット・マーキュリー……冷静沈着で利己的な反勇士達の纏め役。商人に並々ならぬ憎悪を持っており、能力で呪殺を繰り返す。仲間である反勇士にも強い嫌悪感を抱いていると思われる。】

 【『犯児怪人(デッドバウンティ)』バルトロ・デル・デストロ……カストロを敬愛し心酔。沸点が異常に低く、短絡的で感情を処理出来ない。兄を殺した犯人を血眼になって捜しており、自分の邪魔をする仲間を何人も殺害。強烈な男尊女卑思考のコイツはマヌケで扱いやすいだろう。】

 

 瞳が作戦を決める少し前のこと。

 クランハウスに差出人不明三雄の友人から新しい手紙が届けられ、狙ったように月光蝶側に必要な幹部達の内部事情を知らせてくれた。

 送り主は相当優秀なのだろう。

 今日この日の為に、アンスローの内部に潜入していなければ知りようが無い情報ばかりが記されていたのだ。


 その手紙の情報通り、紗雪とマイは女であることを活かし、兄デストロの死を虚仮にした。

 それだけでバルトロは怒りで我を忘れ、求めてやまない兄殺しの犯人の存在を匂わせると狙い通り、攻めて来てくれた。

 最大戦力の一人であるバルトロが攻め入れば、仲間達が追従することも予想通り。

 不安要素であったガレットがこちらの策に乗ってくれたのは想定外ではあったが……目的は"全て達成された"。


 作戦の目標は敵を一纏めにして、目標地点に誘き寄せること。

 そして目標地点とは即ち、自分達のすぐ側――自分達の足元。

 両陣営の前衛が衝突する――その時。


 「……迷宮貫通爆弾バスターバンカー、起動」


 紗雪の呟きと共に下されるは一つの命令。

 たったの一言。

 それだけで紗雪とマイ、月光蝶の勇士、ガレット達アンスローの反勇士、その全てを巻き添えに凄まじい破砕音と共にベーラトールの地盤内部――月光蝶地下三階にまで仕掛けた迷宮を破壊する為の爆弾バスターバンカーが起爆。

 地下三階分の岩盤を抉り、砕き、粉々に破壊する。

 

 「――何だとぉッ!!?」


 その場にいる反勇士達全員の口から悲鳴が漏れ、地下へと落ちていく中、思わぬ奇策にガレットの驚愕の叫び声は破砕音に搔き消された。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

迷宮城塞都市の怪物傭兵 @pennico

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ