第11話 星の子

 翌日、明朝。

 先日の巡回の時と同じ装備に着替えた紗雪とマイは予定された住所、傭兵事務所「オズ」の入口前に来ていた。

 傭兵事務所と聞かされ、ボロい安宿やアングラな場所にあるものだと思っていた二人は酷く度肝を抜かれた。

 二人を迎えたのは手入れされた庭園や木造の門に囲われた、隣の島国の貴族が住んでいそうな立派で大きな和風雅な豪邸。

 分厚い木製の門には雑に『傭兵事務所オズ』と書かれた豪邸には似合わないベニヤ板看板が立て掛けられている。


「……これ傭兵事務所ってマジ?」

「……傭兵って儲からない職業筆頭のはず」


 二人は何度も住所を確認し、周囲を見渡した。

 ここは外れとはいえ住宅街。

 アングラな雰囲気などはどこにも無い。


「と、とりあえず、呼び鈴鳴らそっか……」


 チーン、と家の雰囲気に似合わない高音が鳴る。

 少し待っていると閉じた門の内から声が聞こえてくる。


『――時間通りですね。お話は伺っています、少々お待ちください』


「声可愛っ」

「……女の子?」


 二人が声について話していると門が開き、褐色の少女――エンマが二人を迎える。


「大船様から話は伺っています。中へどうぞ」


 まず、エンマを見たマイは役職柄、速やかに全身を観察する。


(銀髪に赤い入れ墨……いえ、これは紋様ね。無手、装備無し、線も細いし肉の付き方からして戦ってる人の動きじゃないわね――というか、この子すっごく珍しいんじゃない? こんな無防備で大丈夫? この子……誘拐とかされそうだけど)


 そして、同じくエンマを観察していた紗雪もいつも通り無表情に見えるが、彼女は酷く驚いていた。

 鍛えられた勇士が自然と備え持つ、力を視覚する感覚器官がそれを映す。


(――凄い……バカみたいな「生命力オド」)

(うっわ……こんなの見たこと無いんだけど……うへーこんな子いるのね)


 二人の目に映るは小柄な少女から溢れ出る生命力の"余剰"、そのたかが"余剰"だけでも二人の生命力を足しても圧倒的に及ばない絶対的な量差。

 彼女を前に、紗雪は唯々唖然と目を剥いて呆然と立ち尽くしていた。

 

 古今東西、今や世界中にいる勇士と彼等が宿す「能力」。

 能力は超常の力。只の人族が巨人族を投げ飛ばし、只の獣人族が龍人族宛らの火を吹く、なんて出鱈目も起こせるのだが、そんな出鱈目を無限に起こせる程生物の身体は摩訶不思議な訳が無い。

 能力にはしっかりと負荷デメリットが存在する。

 それは、能力を使うと勇士の身体を巡る生体エネルギー、生命力を消費するということ。

 あらゆる生物は、誰もが生命力を持ち、この生命力が多いほど当人の持つ全ての性能が向上する。

 云わば、生命力の量 = 才能の証明。

 内に宿る生命力を消費すればする程身体を疲労と脱力が襲い、枯渇すればある程度再生成されるまでは身動きが取れなくなる勇士の生命線。

 生命力は当人の体内に宿る"器"の大きさに比例するものであり、勇士を目指す者にとって、器の大きさこそが最も求められる才能の一つである。

 一流、二流問わず、勇士は誰もが生命力を求め、生涯を掛けて器を鍛え続けるという。


 そして、この大陸中を探しても恐らく二人と見つからないであろうと思わせる程の逸材。

 不老にして最強種たる巨人族以外で眼前の彼女のような"存在"を知る者はかなり少ないだろう。

 古い、それはもう古く廃れた英雄譚で活躍を描かれる英雄達が持っていたとされる超才能。

 紗雪が過去に興味を持ち、調べたものの冒険譚の時代以降一度も現れていない……少なくとも生きた存在を確認されていない、泉のように湧き出る生命力を内包できる器の持ち主。

 マイは知らないであろう鬼才。

 星が生み出したとされる者――『星の子ラーヴァナ

 そんな存在と今、思いもしない所で紗雪は出会ったのだ。

 

(――本当に凄い。唯一冊の歴史書に記されている通り……全身の赤い紋様とそこから溢れる伝承にある赤い帯のようなオーラ……間違いない。星の子……実在してたなんて)


 星の子の存在に驚愕を隠せない紗雪とその生命力の多さに内心動揺が収まらないマイ。

 平静を装う二人はエンマに案内されるまま不格好な歩き方で後ろを付いて行く。

 そんな二人の様子に気付くことも無く、庭園傍の縁側を抜け、エンマは二人を豪邸内の一室に案内した。


 案内された部屋は事務所の主が仕事をしている執務室。

 質の良い座椅子に並んで座る二人の前にお茶と菓子を置き、エンマは対面に座る。


「まずは初めまして。私はエンマ・オルソン。ここの主、大畔ナキのお手伝いをしてます」


 軽く会釈し、身分証明として学生証を二人に見せる。

 その丁寧な応対に二人が持ち前の冷静さを取り戻す。

 

「ご丁寧にどうも! アタシはマイヤーナ・ディンギル、マイって呼んでね。こっちは鐵 紗雪よ!」

「……よろしく。学府ハイブの生徒なんだ」


 学府こと、迷宮特殊技能専攻最高学府。

 名前の通り特殊な技能や秀でた成績を収めた者のみが通う事を許される教育機関。

 優秀な人材を数多く輩出し、卒業生には著名な勇士や生産職クラフターが数多いベーラトールいちの名門だ。


「……エンマさん、今日は平日だけど学府は?」


 学府は「一芸は百般に通づる」という理念を元に、人間収集が趣味な変わり者の学長が作った風変わりな教育機関だ。

 生徒一人一人が望む教育を受けることができ、生徒一人の為だけに適した人材教師を用意する等、才能を育てる事に学校が金や労力を掛けて全力を挙げる。

 が、代わりに学校側の提示する成果を示し続けなければ、普通科と呼ばれる、要はそこらの学校と同じ一般的な義務教育体制のクラスに強制的に転入させられる厳しい取り決めがあるはずなのだ。

 彼女の才能からして、明らかに何らかの特殊なクラスに配属されているだろう。

 サボっていて大丈夫なのだろうか、と心配する紗雪だが――。


「あ、大丈夫です。卒業に必要な単位は全て修了しましたので」

「うえぇっ!? 一回生って書いてるよ!? 五回生まであるのに!? ほんとに凄ぉっ!」

「……超優秀」

「いえいえ、正直学府に時間を割くつもりは無いので手早く終わらせたくて無理を言っちゃって……結果的に必要単位分のテストを全てを受けさせて貰ったんです。学長には後々叱られましたが……。まぁ、私の話は後にして大畔が来る前に少し仕事の話をしましょう」


 話がどんどん脱線していく前に、エンマが一度区切りを付ける。

 そして、一呼吸置いて紗雪と目を合わせる。


「話は全て秘書さんから伺っています。鐵さんの護衛依頼とのことですが、私としてはお受けしたいと考えています」

「……私達のことは下の名前で呼んでいい。私は、というと?」

「ありがとうございます紗雪さん。大畔には許可どころか、この話すら出来ていません……私一人では絶対承諾させることが無理なので、予定通りこの後全員で直談判しましょう」


 話に聞いていた通り、ここの長はクランに関わる気が一切無く、普段から共に働く彼女はそれを良く知っているようだった。


「……大畔さんは私達クランを酷く嫌ってる、とは聞いています」


 その理由が何かを二人は聞かされていなかった。

 あの後、何故嫌われているのかを紗雪が三雄に問うた時、彼が初めて見せた痛ましいと形容するのか、酷く複雑で苦しそうな表情を見て、それ以上の追及が紗雪には出来なかったのだ。

 

 しかし、あの三雄が太鼓判を押し、この局面で頼ろうとする相手だ。

 相当できる・・・のだろうが、如何せん本人だけでなく、周りが彼を自分達から遠ざけようとしていることを紗雪とマイはここまで辿り着くまでの道中で察していた。

 

 この事務所に着く前、早朝から活動している周辺住人に「大畔ナキ」という人物について軽く聞き込みを試みたのだ。

 この辺りに昔から住んでいる彼を知る者はかなり多く、この都市では誰もが自分達と、その活動内容も知っているからか、話し掛けた当初は全員が好意的に対応してくれたものの。

 いざ当人の詳しい話を聞こうとすると誰もが口を閉ざし、突然紗雪達への警戒心を高めて「あの子達に何をする気だ」と、「やめておけ」と、途端にこちらを聞き出そうとする者や何故か止めようとする者まで出た始末だった。

 彼等の警戒心は酷く強く、結果、誰も男に関する情報を吐かなかった。

 

 そして、このエンマという少女。

 この子もおかしい。

 星の子だと知る者はいないだろうが、それでも若くて美しく、圧倒的な生命力を持つ彼女がどのクランにも入らず、傭兵の手伝いなんてありえない――、という異常性が紗雪の思考に付き纏い、より「大畔ナキ」という人物に対する疑念を強くする。


(エンマさんと大畔ナキ。この二人には"何か"ある――おじさんが関わりを避け、周辺住民が彼を匿い、私達を護ろうとする・・・・・・とする何かが)


 同じ結論に辿り着いているのだろう。

 マイと一瞬、目を合わせる。


「大船様から提示された報酬は私としても非常に魅力的ですが、大畔……もういいですね。おにいさんがそう簡単に受けるとは思えません。あ、気を悪くしないでくださいね! おにいさんはクランに関わらず、人の集まりというものに関わりを持ちたがらないんです……」


 クランを嫌っていると聞いていたが、エンマの口ぶりからして「組織」や「団体」といった人の集まる枠組みそのものを忌み嫌っているのだろうか。

 理由は分からないがそこまで嫌うのだ。何かしらの理由があるんだろうが、詮索をするのは今では無い。


「アタシ達、副マスターから大畔さん宛の手紙を預かってるの。いつ戻るか分かる?」


 マイの言葉に紗雪が懐から二つの手紙を出し、エンマに見せる。


「もうすぐ、"出社"するはず、だと、思い、ます……たぶん」


 手紙をチラリと見たエンマが、苦笑いで答える。

 ここが傭兵の事務所だとは周辺住民にすら余り知られていない……というか豪邸過ぎて貴族の住居だと思われている、というのが大部分の原因なのだが要するに「大畔ナキ」を知っていても彼がどこで何をしているのか、そしてこの傭兵事務所への知名度が圧倒的に低いようだった。

 気不味気にエンマが執務室の壁にある掛け軸へ咄嗟に眼をやる。

 

 『週四日の賄付き、一日お好きな時間まで働いて、暇ならサボりも良し!』

 

 とかなり緩い社風が達筆に書かれた掛け軸。

 そんな社風だからか客入りが無さ過ぎて勤務日の殆どを事務所内で休日と変わらぬ怠惰の日々を送ることが殆どで。

 要はナキは今日"も"寝坊だったりするのだ。

 

「エンマちゃん、本当に申し訳ないけどアタシ達には余り時間が無いの。だから、どうか、アタシ達に協力して彼との間を取り成して欲しい。お願い!」

「……お願いします」


 二人が頭を下げる。


「ふふっ。安心してください。事前に報酬を頂いていますし、何とか尽力します!」


 ナキの仕事を普段から手伝い、ある程度自立する精神を持っているとはいえ、まだ年齢的にも少女。

 その純粋さから頼られて嬉しいのか、ふんっとエンマが笑顔で胸を張る。

 協力者も増え、安心感が増したからか。

 空気が和らいだのを三人が実感する。

 そして、マイがそうだと思い出したように手を叩き、近くの棚からいくつも菓子を取り出して机に並べる。

 並べられる菓子は甘味塩味とそれぞれだが、どれもが質は良さそうなものだ。


「諸々の説明はおにいさんが来てからじゃないと進みませんし、一緒にお菓子を食べましょう! たくさん買って来てるんです!」


 そこからは女三人寄れば姦しいというものだろう。

 甘い菓子を味わいながら楽しく話しているとついに。

 

 エンマ達のいる執務室の扉を開け、眠たげな眼をしたナキが欠伸混じりに社長出勤登場した。



―――――――――――――――――――――――――――


エンマという少女の異常性を少しだけ書きたくてこの章書いたまであります。

周辺住人は何を知ってるんですかねぇ……?

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