第6話 戦闘開始

 戦友に謝罪の言葉を口にするくたびれた三雄にギラギラと目を輝かしてチケットを近づける瞳に後は任せて副マスター室を後にする紗雪とマイ。


 微かに聞こえてくる助けを求める声を無視して二人はそのままの足で自分達のロッカーに向かう。

 二人は着ていた戦闘服に付いている収納にいくつかの備品を入れ、ロッカー室に飾られる銃器・・や刀剣には目もくれず素早く装備を整えていく。


 紗雪はクランの標準装備である上下が紺色の戦闘服を着込み、さらに背中に紗雪が作った正方形の箱状の物体――高速飛行装備――破翼アーラユニットが背中の肩甲骨辺りでふよふよと浮いてその場に留まる。

 顔に単眼カメラモノアイが付いたバイザーを付け、ガントレットと脚甲を身に着けた装備に紗雪の身体から青い光がライン越しに注がれ低い起動音を鳴らす。


 一方、マイは普段から殆ど装備を身に着けることが無く、専用の白い戦闘服に着替えた後、収納にナイフや簡易携帯医療具等を詰めただけの軽装のままロッカー室を出る。

 月光蝶に限らず勇士は、クラン側から支給される装備を活用することはほとんど無い。

 駆け出しの勇士なら兎も角、中堅の勇士にもなれば生の拳で岩を砕き、銃を使うよりも迷宮産の資源で作られる武具の方が遥かに強力、勇士の膂力で打ち出される弓矢や自前の能力の方が遥かに信用できるものだ。

 時折、この世界に流れ着く異世界の民が齎す別世界の文明はその多くがこの世界の生物には通用しないものばかり。

 銃と呼ばれる武器はこの世界で既に衰退しきった雑魚処理用ゴミと化している訳だ。

 モンスターどころか自分の体すらも傷つけられない武器など誰もお呼びではない、ということだろう。


 そういった事情もあって大半の勇士が装備するものは、自身の所属を現わす戦闘服制服、それから動きの邪魔にならないナイフや携帯医療器具程度。

 他は全て自前で用意した装備を使うのが当たり前なのだ。


 装備を整えた二人は出口に向かいながらこれからの予定を話す。


 「……今日はとりあえず街中に残された戦闘痕を見に行くついでに巡回もしよう。私の装備で痕跡を調べれば何か見つかるかもしれない」


 意気揚々と二人でそのまま月光蝶を出ようとする紗雪を、立ち止まりジロリと睨みつけるマイ。


 「待ちなさい紗雪……私以外にも護衛を付けるって話はどこに入ったの?」


 忘れている訳無いでしょ、と紗雪の頭をがしりと掴んで圧を掛けるマイだったが、


 「安心して……おじ、副マスターに話は通してある。護衛を用意してあるって言ってたから、巡回の後にまた顔を出そう」

 「護衛が付く前に巡回って意味無いでしょうが!! あっちょっと待ちなさい! 紗雪あんた頭良いのに馬鹿なのやめなさい!」


 紗雪の肩を掴むものの、そのままズルズルと引きずられ外に出て行く二人はたわいのない話をしながら仲良く巡回に向かうのだった。



 「ふぉーっ、劣化の酷い廃墟って何でこんなに怖いのかしら・・・」

 

 クランハウスを発って数時間。

 「虚の枝」の入口から続く戦闘痕を調べながらやってきた二人は今、元「魔女の薬研」のクランハウス廃墟前にいる。

 時間は昼時だが一帯に人影は無く、周りの家屋にも人が住んでいる気配は無い。

 遠くから聞こえる営みの声が空洞のように空しく響き、風の吹く音が一層寂しさを積もらせる都市の中に穴が開いたような住宅地。

 当時、カストロが逃げ際にまき散らした【夢現】のコピー体が二次被害として、多くの怪我人を出したことで"最悪の反勇士を産んだ忌み地"として悪評が刻まれ、五年経った今なお誰も近付きたがらない場所。

 死霊ゴーストの類が苦手なマイが如何にも何か出そうな雰囲気に鳥肌の立った右腕を左手で撫でつける。

 一方でそういうものが平気な紗雪は道中、犯人の残っていたであろう痕跡が全て地面ごと綺麗にくり抜かれていたせいで証拠らしい証拠を一つも見つけられず、その徹底した消し方にどうせここも無駄足になるだろう、と高を括っていた・・のだが――


 (……ん、相手結構馬鹿。釣れた《・・・》)  

 

 一応、周りの建物群を軽く一瞥し、問題無いことを確認。

 次いで、目の前の廃墟を凝視、モノアイが青色から黄色に、廃墟全体を俯瞰した後、危険色である赤色へ変わる。


 「……マイ、廃墟の風化が酷いから崩落注意。苦手な虫も一杯いそうだし、服汚したくないから蜘蛛の巣・・・・に気を付けていこう」

(……おじさんに連絡は……いいや、どうせすぐ伝わる・・・・・


 ヒィ~、とか細い悲鳴を小声で上げていたマイが会話に織り込められた蜘蛛の巣・・・・という単語にピクッ、と反応した。

 感情が抜け落ちたように、マイの形相が怯えた女性から勇士のものへと塗り替わる。

 「蜘蛛の巣」――それは護衛達と決めた待ち伏せを意味する合言葉だ。


 マイが鉄の装飾のある分厚い木製扉を蝶番の軋む音を立てて押し開き中へ入る。

 日の光の少ない薄暗い廊下に散らばる割れたガラス片を避けつつ、当時の惨劇を物語る内部を二人は黙々と目的地へ歩を進めていく。

 長い廊下の先を進み、中程で歩を停めた二人はたどり着いた半壊した病室の扉を開く。

 拉げたベッド、ボロボロのカーテン、固まりこびり付いた血痕と壁に刻まれた大きな、五本の爪痕と天井に空いた穴と床に飛び散った新しめの血痕――二人は目的地カストロの死地へ辿り着いた。

 道中散々軽口を叩いていた二人からは、必然、この廃墟に入ってからは会話が消え、奇襲に備えるマイを背に、紗雪は部屋を見渡した後、紗雪が口を開いた。

 

 「……んー、おいで、【一式】」


 二人以外誰もいなかった室内に突如現れた五体の機械の犬――【一式・自立型支援索敵兵装】こと【一式】が残った血痕に集まり、匂いを嗅ぐような仕草をする。

 【一式】にこの場の分析を任せた二人が外側の壁の傍まで移動し、紗雪は廃墟に入った後から無音で近づいてくる熱源へ目を向ける。


 (熱源たったの|一【いち】。まさか、迷宮から出てきたモンスターが潜んでた……なんて、このタイミングとこの場所でそれはありえない)


 熱源へ注意を払いながら紗雪はタイミングを計る。

 そして、敵熱源が隣の病室の壁一枚を挟んだ位置まで迫った時、紗雪が合図を出した。


 「マイ」


 んっ!、と気合を交えた返事と共にマイが壁を蹴り破り、少し遅れて隣室に忍んでいた敵も壁を破って外に勢い良く飛び出る。

 飛び出た勢いをそのままに、紗雪は円盤状に形を変えそこから粒子の翼を生やした破翼で空へ、マイはそのまま地面で敵を正面に向かい受ける。


 「――ガァアアアアァッ!!!」


 ズシン、とモンスターが太く大きな足を一歩前へ力強く踏み込み、自身を高揚させ身体能力を向上させる『咆哮ウォークライ』をあげた。



 ◆ 



 「……やっぱり『ガレアード』。最悪。」 

 

 心の起伏は激しいのに身体と表情が乏しい、と親友(マイ)に言われ続けてきた私でも、目の前の怪物相手では多少なりとも歪むというものだ。

 熱源の形で予想していたが、街中では火力を出せない今の自分ではコイツは街中で相手にしたくない筆頭のモンスターだった。


 『ガレアード』。

 迷宮九十層から九十二層の中の樹海|地域に巨大な帝国を築く巨体の人型モンスター。

 「鎧兜ガレアード」の名の通り、全身が昆虫の甲殻を連想させる鈍色の外皮で覆われており、強靭な身体能力で手にしている大剣や大斧、所謂、巨大武器を巧みに操る、多くの上級勇士を殺しその夢と命を断ってきた恐ろしいモンスター。

 まだ、自分達が「最上級勇士勇士最強」になる前の頃に何度も敗走させられ、夢を目指す勇士達に「『門番フロアキーパー』を超える最大級の関門」とまで言わせる苦い記憶。

 

 速いのならいい、力が強いのもいい、変な能力持ちでも全然いい。他のならば大体対応できる。

 だが、硬いのはダメだ。

 硬いとこちらも火力を出さないといけない・・・・・・それはダメだ、私が街を壊してしまう――敵以上に。


 恐らく、私やマイとの相性が悪いモンスターをわざわざ深層から連れ帰って調教テイムしたのだろう。

 とにかく広大な迷宮の、さらに深層の九十層から連れてくるなんてどれだけ私達のことが嫌いなんだ犯罪者カス共め根絶やしにしてやろうか・・・・・・いや、今丁度根絶やし作業中だった滅びろ、と恨みテンションが上がるのも致し方なかった。

  

 それに、面倒ではあるが、面倒・・なだけだ。

 『ガレアード』はいちモンスターとしても強力な部類ではあるが、所詮は一体。

 普段の群れでの連携や増援が無いなら対処は容易。

 他の勇士なら脅威になるだろうが、「最上級勇士」の自分達なら難無く処理できる。

 これは自信では無く、揺るぎ無い事実だ。


 そして、最上級勇士である自分達を前にして敵の攻勢はこれだけでは無いだろう。

 どうせ、他にも罠を用意しているはずだ。

 でなければ、わざわざ苦労して深層から連れてきたモンスター一体で攻撃を仕掛けてきたり、手足にこれ見よがしに付けられた魔道具、恐らく"消音"の効果を持ったものだろうが、暗殺に使われる高価な魔道具を怪物風情に持たせる訳がない。


 (・・・・・・なら、その罠ごと食いちぎって、全部綺麗に片づけておじさんに認めさせてやる――)


 紗雪が闘志と気合を込めた鼻息をふんっ!と荒く吐き出した。



 ここで紗雪のことをおさらいしておこう。


 彼女はいつでもどこでも表情の変化が乏しく、発言もいつも言葉少なめである。

 信頼した人の前では多少表情も柔らかくなる(※当社比)が基本は無にして冷淡。

 加えて、美しくも可愛らしい容姿が彼女の神秘さを極立たせ、月光蝶の男性メンバーからは"ミステリアス&クール美少女"という誉高い心象を抱かせ、偶像ゆめを見せて人気を集めている。

 知り合いの友達の次元漂流者異世界人曰く、"クーデレ娘"などと呼ばれているらしいが、外見だけならばまさにその通りではある。

 が、しかし・・・・・・しかし、だ。

 そんな"ミステリアス&クール美少女"が食堂という大衆の場で醜いキャットファイトなどするだろうか。

 相手を脅してニチャるだろうか。


 答えは当然、否。 否!否!否!である。

 むしろ彼女の本性はその対極にあると言ってもいいだろう!

 

 相手より自分の立場が上に立っているとなればすぐさま格付けマウントを、

 相手が同格、もしくは下であれば煽りで格付け《マウンティング》を、

 見た目に反して煽りにクソ雑魚、煽られたら脊髄反射で憎しみと拳をくれてやるキャストオフし、

 私を舐める奴等は、全員まとめて喧嘩上等かかってこいファッ〇ュー


 まさしく、彼女は熱し易く冷め"憎い"(※誤字ではない)。

 見た目に反し過ぎた"超激情家マウント大好きクソガキ"。それが彼女の真性だった。

 「氷のような外見と違って中身は"吠え症の子犬が活火山背負ってるみたいなもの"」という親友の評価は的を得ているだろう。


 そんな彼女は我慢の連続だった。

 こうなる前は日課の迷宮探索か反勇士狩りをいそいそ真面目に取り組む、常に泳ぎ続けるマグロのような女が軟禁状態+戦力外通告なんて所業に耐えられるはずが無かった。

 今の彼女は最近の自分の扱いにひっっっ――じょうに不満を持ち続けて、顔面真っ赤状態でリードを引きちぎった後の自由な散歩タイムだったのだ。


 ストレスとフラストレーションが堪りに溜まった"MK5マジでキレるぞ5秒前"の紗雪の前で敵が出ればどうなるか。

 後で怒られる? 後で拘留? おいくら減給されるの? うるせー!知らねー!! バトルふぁっく! 拘束ふぁっく!! 反勇士撲滅ふぁっきゅー!!! である。

 

 一方、どうせ熱くなりまくりであろう彼女の気配を背中に感じながらマイは今のうち、減刑の為の言い訳を用意し始める。

 熱くなった紗雪のストレス解消なんてものは、他二人を含めた護衛三人組でも止められたことは無いが、こういう時に護衛組は一度もお叱りの言葉も受けたことは無い。


 (しーらない。怒られるのあの子だし。)

 

 昔から度々暴走する彼女をよく知る親達は、むしろ自分に謝罪して来るだろうことを確信しているマイは内心うぷぷ・・・・・・、とほくそ笑みながら放置する。

 マイのストレス解消。それはストレスの元がこってり叱られている現場の鑑賞、なのだから。


 戦友に謝罪の言葉を口にするくたびれた三雄にギラギラと目を輝かしてチケットを近づける瞳に後は任せて副マスター室を後にする紗雪と麻衣。


 微かに聞こえてくる助けを求める声を無視して二人はそのままの足で自分達のロッカーに向かう。

 二人は着ていた戦闘服に付いている収納にいくつかの備品を入れ、ロッカー室に飾られる銃器(・・)や刀剣には目もくれず素早く装備を整えていく。


 紗雪はクランの標準装備である上下が紺色の戦闘服を着込み、さらに背中に紗雪が作った正方形の箱状の物体――高速飛行用装備、アーラユニットが背中の肩甲骨辺りでふよふよと浮いてその場に留まる。

 顔に単眼カメラ(モノアイ)が付いたバイザーを付け、ガントレットと脚甲を身に着けた装備に紗雪の身体から青い光が注がれ低い起動音を鳴らす。


 一方、麻衣は普段から殆ど装備を身に着けることが無く、専用の白い戦闘服に着替えた後、収納にナイフや簡易携帯医療具等を詰めただけの軽装のままロッカー室を出る。


 月光蝶に限らず勇士は、クラン側から支給される装備を活用することはほとんど無い。

 駆け出しの勇士なら兎も角、中堅の勇士にもなれば生の拳で岩を砕くし、銃を使うよりも迷宮産のアイテムの方が遥かに強力、勇士の膂力で打ち出される弓矢や自前の能力の方が遥かに信用できるものだ。

 時折この世界に流れ着く異世界の民が齎す別世界の文明はその多くがこの世界の生物には通用しないものばかり。銃と呼ばれる武器はこの世界で既に衰退しきった玩具(ゴミ)と化している訳だ。

 モンスターどころか自分の体すらも傷つけられない武器など誰もお呼びではない、ということだろう。


 そういった事情もあって装備するものは、自身の所属を現わす戦闘服(せいふく)、それから動きの邪魔にならないナイフや携帯医療器具程度だ。


 装備を整えた二人は出口に向かいながらこれからの予定を話す。


 「……今日はとりあえず街中に残された戦闘痕を見に行くついでに巡回もしよう。私の装備で痕跡を調べれば何か見つかるかもしれない」


 意気揚々と二人でそのまま月光蝶を出ようとする紗雪を、立ち止まりジロリと睨みつける麻衣。


 「待ちなさい紗雪……私以外にも護衛を付けるって話はどこに入ったの?」


 忘れている訳無いでしょ、と紗雪の頭をがしりと掴んで圧を掛ける麻衣だったが……。


 「安心して……おじ、副マスターに話は通してある。護衛を用意するって言ってたから、巡回の後にまた顔を出そう」

 「護衛が付く前に巡回って意味無いでしょうが!! あっちょっと待ちなさい! 紗雪あんた頭良いのに馬鹿なのやめなさい!」


 紗雪の肩を掴むものの、そのままズルズルと引きずられ外に出て行く二人はたわいのない話をしながら仲良く巡回に向かうのだった。






 「ふぉーっ、劣化の酷い廃墟って何でこんなに怖いのかしら・・・」

 

 クランハウスを発って数時間。

 「虚の枝」の入口から続く戦闘痕を調べながらやってきた二人は今、元『魔女の薬研』のクランハウス廃墟前にいる。

 時間は昼時だが一帯に人影は無く、周りの家屋にも人が住んでいる気配は無い。遠くから聞こえる営みの声が空洞のように空しく響き、風の吹く音が一層寂しさを積もらせる都市の中に穴が開いたような住宅地。

 当時、カストロが逃げ際にまき散らした【夢現】のコピー体が二次被害として、多くの怪我人を出したことで"最悪の反勇士を産んだ忌み地"として五年経った今なお誰も近付きたがらない場所。

 死霊(ゴースト)の類が苦手なマイが如何にも何か出そうな雰囲気に鳥肌の立った右腕を左手で撫でつける。

 一方でそういうものが平気な紗雪は道中、犯人の残っていたであろう痕跡が全て地面ごと綺麗にくり抜かれていたせいで証拠らしい証拠を一つも見つけられず、その徹底した消し方にどうせここも無駄足になるだろう、と高を括っていた(・・)。だが――


 (……ん、相手結構馬鹿。釣れた(・・・))  

 

 一応、周りの建物群を軽く一瞥し、問題無いことを確認。

 次いで、目の前の廃墟を凝視、モノアイが青色から黄色に、廃墟全体を俯瞰した後、危険色である赤色へ変わる。


 「……マイ、廃墟の風化が酷いから崩落注意。苦手な虫も一杯いそうだし、服汚したくないから蜘蛛の巣(・・・・)に気を付けていこう」

(……おじさんに連絡は……いいや、どうせすぐ伝わる)


 ヒィ~、とか細い悲鳴を小声で上げていたマイが会話に織り込められた蜘蛛の巣(・・・・)という単語にピクッ、と反応した。

 感情が抜け落ちたように、マイの形相が怯えた女性から勇士のものへと塗り替わる。

 「蜘蛛の巣」――それは護衛達と決めた待ち伏せを意味する合言葉だ。


 マイが鉄の装飾のある分厚い木製扉を蝶番の軋む音を立てて押し開き中へ入る。

 日の光の少ない薄暗い廊下に散らばる割れたガラス片を避けつつ、当時の惨劇を物語る内部を二人は黙々と目的地へ歩を進めていく。

 長い廊下の先を進み、中程で歩を停めた二人はたどり着いた半壊した病室の扉を開く。

 拉げたベッド、ボロボロのカーテン、固まりこびり付いた血痕と壁に刻まれた大きな、五本の爪痕と天井に空いた穴と床に飛び散った新しめの血痕――二人は目的地(カストロの死地)へ辿り着いた。

 道中散々軽口を叩いていた二人からは、必然、この廃墟に入ってからは会話が消え、奇襲に備えるマイを背に、紗雪は部屋を見渡した後、紗雪が口を開いた。

 

 「……んー、おいで、「一式」」


 二人以外誰もいなかった室内に突如現れた五体の機械の犬――「一式・自立型支援索敵兵装」こと「一式」が残った血痕に集まり、匂いを嗅ぐような仕草をする。

 「一式」にこの場の分析を任せた二人が外側の壁の傍まで移動し、紗雪は廃墟に入った後から無音で近づいてくる熱源へ目を向ける。


 (熱源たったの一(いち)。まさか、迷宮から出てきたモンスターが潜んでた……なんて、このタイミングとこの場所でそれはありえない)


 熱源へ注意を払いながら紗雪はタイミングを計る。

 そして、敵熱源が隣の病室の壁一枚を挟んだ位置まで迫った時、紗雪が合図を出した。


 「マイ」


 んっ!、と気合を交えた返事と共にマイが壁を蹴り破り、少し遅れて隣室に忍んでいた敵も壁を破って外に勢い良く飛び出る。

 飛び出た勢いをそのままに、紗雪は円盤状に形を変えそこから光の翼を生やしたアーラユニットで空へ、麻衣はそのまま地面(下)で敵を正面に向かい受ける。


 「――ガァアアアアァッ!!!」


 ズシン、とモンスターが太く大きな足を一歩前へ力強く踏み込み、自身を高揚させ身体能力を向上させる『咆哮(ウォークライ)』をあげた。



 ◆ 



 「……やっぱり『ガレアード』。最悪。」 

 

 心の起伏は激しいのに身体と表情が乏しい、と親友(マイ)に言われ続けてきた私だが、目の前の怪物相手では多少なりとも歪むというものだ。

 熱源の形で予想していたが、街中では火力を出せない今の自分ではコイツは街中で相手にしたくないモンスター筆頭だった。


 『ガレアード』。

 迷宮九十層から九十二層の中の樹海地域(バイオーム)現れる巨体の人型モンスター。

 「鎧兜(ガレアード)」の名の通り、全身が昆虫の甲殻を連想させる鈍色の外皮で覆われており、強靭な身体能力で手にしている大剣や大斧、所謂、巨大武器を巧みに操る、多くの上級勇士を殺して夢を断ってきた恐ろしい怪物。

 まだ、自分達が「最上級勇士(勇士最強)」になる前の頃に何度も敗走させられ、夢を目指す勇士達に「『門番(フロアキーパー)』を超える最大級の関門」とまで言わせる苦い記憶。

 

 速いのならいい、力強いのもいい、変な能力持ちでも全然いい。他のなら大体対応できる。

 だが、硬いのはダメだ。

 硬いとこちらも火力を出さないといけない・・・・・・それはダメだ、私が街を壊しちゃう――敵以上に。


 恐らく、私とマイの相性が悪いモンスターをわざわざ深層から連れ帰って飼いならした(テイム)のだろう。

 とにかく広大な迷宮の、さらに深層の九十層から連れてくるなんてどれだけ私達のことが嫌いなんだ犯罪者(カス)共め根絶やしにしてやろうか。いや、今丁度根絶やし作業中だったね滅びろ、と恨み(テンション)が上がるのも致し方なかった。

  

 それに、面倒ではあるが、面倒(・・)なだけだ。

 『ガレアード』は一(いち)モンスターとしても強いが、所詮は一体。普段の群れでの連携や増援が無いなら対処は簡単。

 他の勇士なら脅威になるだろうが、「最上級勇士」の自分達なら難無く処理できる。

 これは自信では無く、揺るぎ無い事実だ。


 そして敵の攻勢もこれだけでは無いだろう。

 どうせ、他にも罠を用意しているはずだ。でなければ、わざわざ苦労して深層から連れてきたモンスターを一体で攻撃を仕掛けてきたり、手足にこれ見よがしに付けられた魔道具、恐らく"消音"の効果を持ったものだろうが、

暗殺に使われる高価な魔道具を怪物風情に持たせる訳がない。


 (・・・・・・なら、その罠ごと食いちぎって、全部綺麗に片づけておじさんに認めさせてやる――)


 紗雪が闘志と気合を込めた鼻息をふんっ!と荒く吐き出した。




 ここで紗雪のことをおさらいしておこう。


 彼女はいつでもどこでも表情の変化が乏しく、発言もいつも言葉少なめである。信頼した人の前では多少表情も柔らかくなる(※当社比)が基本は無にして冷淡。

 加えて、美しくも可愛らしい容姿が彼女の神秘さを極立たせ、月光蝶の男性メンバーからは"ミステリアス&クール美少女"という誉高い心象を抱かせ、偶像(ゆめ)を見せて人気を集めている。

 知り合いの友達の次元漂流者(異世界人)曰く、"クーデレ娘"などと呼ばれているらしいが、外見だけならばまさにその通りではある。

 が、しかし・・・・・・しかし、だ。

 そんな"ミステリアス&クール美少女"が食堂という大衆の場で醜いキャットファイトなどするだろうか。

 相手を脅してニチャるだろうか。


 答えは当然、否。 否!否!否!である。

 むしろ彼女の本性はその対極にあると言ってもいいだろう!

 

 相手より自分の立場が上に立っているとなればすぐさま格付け(マウント)を、

 相手が同格、もしくは下であれば煽りで格付け(マウンティング)を、

 見た目に反して煽りにクソ雑魚、煽られたら脊髄反射で憎しみと拳をくれてやる(キャストオフ)

 私を舐めた奴等、全員まとめて喧嘩上等かかってこい(ファッ〇ユー)。


 まさしく、彼女は熱し易く冷め"憎い"(※誤字ではない)。

 見た目に反し過ぎた"超激情家マウント大好きクソガキ"。それが彼女の真性だった。

 「氷のような外見と違って中身は"吠え症の子犬が活火山背負ってるみたいなもの"」という親友の評価は的を得ているだろう。


 

 そんな彼女は我慢の連続だった。

 こうなる前は日課の迷宮探索か反勇士狩りをいそいそ真面目に取り組む、常に泳ぎ続けるマグロのような女が軟禁状態+戦力外通告なんて所業に耐えられるはずが無かった。

 今の彼女は最近の自分の扱いにひっっっ――じょうに不満を持ちまくって、顔面真っ赤状態でリードを引きちぎった後の自由な散歩タイムだったのだ。


 ストレスとフラストレーションが堪りに溜まった"MK5(マジでキレるぞ5秒前)"の紗雪の前で敵が出ればどうなるか。

 後で怒られる? 後で拘留? おいくら減給されるの? 不安なんてあるか! うるせー! 知らねー!! うおーーーバトル(ふぁっく)!バトル(ふぁっく)!!バトル(ふぁっきゅー)!!! である。

 


 一方、どうせ熱くなりまくりであろう彼女の気配を背中に感じながらマイは今のうち、減刑の為の言い訳を用意し始める。

 熱くなった紗雪のストレス解消なんて、護衛三人組でも止められたことは無いが、こういう時に護衛組は一度もお叱りの言葉も受けたことは無い。


 (しーらない。怒られるのあの子だし。)

 

 昔から度々暴走する彼女をよく知る親達は、むしろ自分に謝罪して来るだろうことを確信しているマイは内心うぷぷ・・・・・・、とほくそ笑みながら放置する。

 マイのストレス解消。それはストレスの元がこってり叱られている現場の鑑賞、なのだから。




―――――――――――――――――――――――――――

 マイ(愉悦部(紗雪限定))


 紗雪はメスガキでは無く、クソガキです。

 愚地独歩みたいなキレ方します。


 いつかどこかで説明するつもりですが、勇士の昇格における簡単な指標をここで一

つ。

 勇士内の階級

    ┗最下級勇士:十層の門番

    ┗下級勇士:二十層の門番

    ┗中級勇士:五十層の門番

    ┗上級勇士:七十層の門番

    ┗最上級勇士:百層の門番

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