かくして俺はラノベの主人公になる

ふぉぐ

第1話 主人公は難しい

 どういう訳か、今日から俺はこのライトノベルの主人公として生きてゆくらしい。

 

 朝目覚めると、どこから湧き出たのかもわからない主人公としての自覚だけが胸にぴしっと張りついていた。

 いきなり女の子と入れ替わって股ぐらについているはずのモノが無くなっていたとか、異世界に転生してウルトラスーパーバカ強魔法が使えるようになっていたとか、そういった突飛なことではない。

 ただ漠然と、主人公になったという事実が俺を包み込んでいる。例えるならば、朝出社したら良からぬ噂が流布されていて、昨日まで普通に接していた女性同僚から突然白い目を向けられている感じ。俺自身は何も変わっていないのに突然変態というラベルが貼り付けられた、そんな感じ。あくまで例えね、例え。俺高校生だし。あくまで……。

 そんなことはさておき、ここからが問題なのだが、主人公として名を受けた以上、このストーリーを面白くする責務が俺にはある。読者所見が読むに堪える、起伏のある美しい物語を紡がなければいけない。

 かと言って俺になにか特大な変化があるわけでもなく、平々凡々、際立った特徴のない至って普通の高校2年生だ。改めて鏡を見ても、整っても崩れてもいない、モブとしては100点主人公として0点の顔が映っている。

 こんな無味無臭人間の人生を追うだけではさぞつまらない日常系作品になってしまう。なんの変哲もない日々の繰り返しをお届けすることになってしまう。同じ毎日過ぎてエンドレスエイトが始まったのかと思われてしまう。CV杉田智和かと勘違いさせてしまう。

 とにかく、この作品を歴としたライトノベルに仕立て上げるために、俺はラノベとして踏むべき道を一つずつ押さえていかなければならない。

 と、考えてはみるものの、具体的にどんなアクションを起こすべきか、とんと見当もつかない。お先は真っ暗だ。


「おい、尾崎」


 聞き慣れた声に肩を叩かれ、意識が内から外へと引き戻された。

 長谷川灰人は机に両手をつき、顔をこちらに突き出して、動かなくなったスマホの画面を窺うようにして俺の顔を見つめている。

「なんや、これから先の人生を案じてるみたいな顔して」

 こいつは人の考えていることに嫌に敏感だ。

「いや、なんか俺ラノベの主人公になってん」

「は?何言うてんの?お前ってそう言うタイプの厨二病やったっけ?」

「元から厨二病ちゃうねん」

「いやいや、なんか『争い事は望みません。俺は普通に生きて平凡な日常を過ごしたいです』みたいな顔して、人生に何かビッグイベント起こるのを待ちながら生きてたやん。今ってそういうのが一番厨二病やねんから」

「じゃあ令和の男子高校生は皆んな厨二病になるやん」

「人類皆厨二病。胸張って生きていこうぜ」

「お前のスタンスはどっちやねん」

 くそ。こいつと話していると全然ラノベらしくならない。ラノベはこんなに関西弁で話さない。くそ。

 改めて、俺は話を本題へ戻す。

「そんなんちゃうねん。ほんまにラノベの主人公になってしまったねん」

「そんなん真顔で言われても『おお!まじか!』とはなれへんて。心配の方が勝ってまうわ」

「確かに、俺が逆やったらおんなじようになってるわ」

「せやろ。今、精神科って予約いるんかなとか考えだしてるもん」

「ありがとう。でも、メンタルの調子は問題ないから安心してくれ」

「おお、そうか」

 俺がおかしくなってはいないことに納得してくれたようだ。

「そうはいうても、お前の言うてること全く理解でけへんわ。なんや、ラノベの主人公になったて」

「いや、俺もなんて説明すればええんかわからんねんけど、ただ一つ言えることは、俺がラノベの主人公になったということや」

「全然話進んでへんやん。ワンピースのドレスローザ編読んでんのかと思った」

「全然進んでへんなあ」

 これ以上の説明ができないので、俺としてもやるせない。

「まあ、そこはええとして」

「良くはないけどね」

「長谷川に相談したいことがある」

 いまいち咀嚼しきれていない顔をしながらも、こちらに耳は傾けようとしてくれている。

「ラノベの主人公って何したらいいと思う?」

 長谷川は、元々60度に傾けていた首を90度にし、眉間のしわを4、5本増やした。

「それは、お前がラノベの主人公として物語を作っていかなあかんけど、具体的には何をしたらいいのか全然わかってないから俺に相談したいってこと?」

「お前理解力東大生やん」

「バカでブスやから東大いこかな」

 そう言いながら、腕を組み替えて思考の整理を試みているようだ。だんだんと俺の言わんとすることがわかってきたらしい。

「うーん。俺そんなにラノベ読まんからなあ」

「読まんくても、ラノベ原作のアニメとかあるやん?その辺りを参考にして考えてみてくれ」

 俺の相談に対して、長谷川は肘のあたりを人差し指でツンツンと叩きながら、真剣に考えてくれているようだ。優しい。

「なんやろ、大体ああいうのって何か出来事が起こって、それに対して何か行動する、みたいなんが多いやん?だから何か出来事がないと始まらんのちゃうかな」

「ああ、確かに。お前賢いな」

「東大生予備軍やからな」

「ははは」

「愛想笑い下手すぎるやろ」

 こいつの頭のできは置いておいて、確かに一理はある。大抵のラノベは、何か大きなインシデントが発生して、それに対処する形でストーリーが進んでいく。主人公自ら出来事の発起人となるケースは少ないのかも知れない。あくまで自然発生したものに主人公が乗っかる形が多いように思われる。

「じゃあ長谷川がなんか事件起こしてくれよ」

「そんなんしたらヤラセになってまうやん。今時の読者はそんなん敏感やで」

「うーん、そうか。あくまで自然に起こらなあかんか」

 二人とも考えあぐねている。

「尾崎は懇意にしてる美少女とかおらんの?」

「おらんなあ。今日まで主人公じゃなかったし」

「じゃあそこからちゃう?」

「どういうこと?」

「ほら、学園ものって言ったらまずはゲロマブ美少女ヒロインやろ」

「言葉古いわ」

「まあとにかく、ヒロインを登場させないことには始まらんやろ」

「お前ハーバード行けよ」

「この島国は俺に小さすぎたか」

 そうだ。ストーリー云々の前に、まだキャラが二人しか登場していない。しかも、パッとしない高校生二匹ときた。明らかに華が足りていない。華が。

「ああ、どっかに美少女落ちてへんかな」

「主人公としてあるまじき言い回しやな」

「ごめん言葉間違えた。空から美少女降ってこうへんかな」

「改善されてないな」

 こいつと話していると会話がくだらない方を向いてしまう。だが、今するべきことは見えてきた。

「じゃあ、今日の放課後、美少女ヒロイン探しの旅にでよか」

「それ、傍からみたらただのド変態ちゃう?」

「人は皆生まれながらにしてド変態やろ」

「お前だけや」

 第一歩が決まったところで、タイミングよく始業のチャイムが鳴った。

 そのチャイムに身を隠すように、ふふっという押し殺した笑い声が背中から聞こえた気がした。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

かくして俺はラノベの主人公になる ふぉぐ @fog2323

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る