未来から来たひ孫によると、僕の結婚相手は同じ高校にいるらしい

梅もんち

第1話

僕の名前は矢崎進やざきすすむ。冴えない普通の高校2年生だ。


また冴えないかよ、聞き飽きたわとお思いだろう。マジでびっくりするくらい冴えないのだ。


長めの黒髪は地味さを強調させるパーツでしかないし、特徴と言えば地味な三白眼くらい。


運動神経も勉強も並の並なので、容姿と中身共に全てが『普通』で構成されている。


そんな僕が、どういう訳か普通とは真反対の存在に遭遇している。


「…というわけです。助けてください」


奇妙な服装の女の子が僕の部屋に転がり込んで来たのだ。

それだけではない。なんと彼女は、


「聞いてます?ひいじいちゃん」


この僕…矢崎進のひ孫を自称している。








むし暑い夜だった。

2階にある自室で、勉強机に向かう形だけを取って、趣味のホラー小説を楽しんでいた頃。


「お〜い矢崎進さ〜ん」


と、勉強机の脇にある窓から呼び声が届いてきた。


時刻は夜の10時。


こんな時間に…?と怪訝に感じたが、万に一つ、緊急の用事の可能性もある。親は就寝中で今対応出来るのは自分のみ。


ホラーにありがちな鉄板シチュエーションにびくびくしながらも、窓を開けると。


我が家の庭にボロボロの白い服に身を包んだ、黒髪の少女が立っているのが見えて。


ははーんおばけだな、と思った。


ホラーは嫌いではないしむしろ大好きだけど、本能的な部分が働いて、反射的に窓を閉めてしまう。

だが、僕の行動なんてお見通しだったのだろう。


窓がガシャーン!と割れ、庭にいたはずの少女が、ぬるりと侵入して来た。


記念すべき怪異初遭遇の相手が、こんな特殊部隊みたいなおばけだなんて。シンプルな感じのやつがよかった。


窓枠から室内にボトリと落ちた少女が、ゆっくりと這いながら接近してくる。

完全にリングで見た動きだった。


黒髪を引きずりながら、痛い…すごく痛い…と呟いている。


「そんな無茶な入り方するから…絆創膏いる?」

「いえ…大丈夫です。お気遣いなく…」


なんて会話を交わしたのも束の間。少女がバッと起き上がり、何事もなかったかのような無表情でこう言い放ったのだ。


「こんばんは、ひいじいちゃん」


と。


そして現在。話を聞いてほしいという提案に応えて、自室のちゃぶ台に場所を移し、お行儀よく座る無表情の少女と向き合っている。


「それで?つまり、君は未来から来た僕のひ孫で。タイムマシンが壊れたから助けて欲しいと」

「はい」


黒髪に見えたのはゆるくツインテールでまとめられた深い青髪だったし、白い服も死装束ではなく、ピチピチのパイロットスーツのような質感のやつだった。


明らかに幽霊ではないので、綾波のコスプレをしながらひ孫を自称する手口の変態なのだろう。


何より。彼女が自称する『ひ孫』という話だけは受け入れることができない。


「そんなわけないだろ…僕の子孫だなんて」

「いえ、本当です。なんだったら外に置いてあるタイムマシンをお見せしましょうか?」

「いやそういう話じゃなくて」


目の前の少女が未来人だとか、タイムマシンが存在するだとかも気にはなるが、わりかしどうだっていい。ドラえもんで散々見たし、実在くらいするだろうなとはうっすらと思っている。


問題は別。


「僕が結婚なんて出来るわけないだろ!」


冴えない容姿と性格が災いして、僕はひじょーうにモテない。告白した歴された歴共に0。異性との交流なんて数える程だし、クラスの女子たちには教室の隅に転がるホコリと同等の扱いをされている。


齢16にして、すでに生涯独身を貫く覚悟を固めていた。

なのに「自分は子孫だ」などと主張されても、そんなわけないだろという感想しか浮かばない。


「本当なんです。証拠に…これを見てください」


ゴソゴソと反論の証拠をまさぐる少女。やがて、ピチピチスーツの中から真っ白な薄い四角形を取り出した。


「これは…?」

「現代で言う写真のようなものです。これをしっかりと見つめてください」


言われた通り、少女が持つ写真?に視線を集中させる。


瞬間。


『じゃあ撮りますよーおじいちゃん。ウシロもうちょい離れて!おじいちゃんに顔埋めすぎて映らないから!』


『これでいーの』


『ははは、久しぶりに会ったからじゃろうな。

せっかくじゃし、ひいじいちゃんとお揃いのポーズでもせんか?』


見たこともない真っ白な構造物の前で、幸せそうに写真を撮る家族達の記憶が脳に流れ込んできた。


ぴっちりと引っ付きながらピースをしているのは、ひ孫を自称しているあの少女で。もう1人は、三白眼が特徴的な白髪の老人だった。


唐突だが、僕にはクセがある。自信のなさの表れなのか…ピースサインをして写真を撮る際に、必ず中途半端に指を折り曲げてしまうというものだ。


眼前の老人も、中途半端に折り畳んだピースをカメラに向けていた。


「ブハァ!」


大きく息を吐いて辺りを見回す。どうやら元に戻ってきたらしく、自室で倒れた僕を少女が見つめている。


「今のはいったい…!」

「未来の写真には、撮影した際の記憶を再生できる機能が搭載されているんです。これで信じて頂けましたか?」


さっき見た老人の、ピースが中途半端になるクセ。そして、今の僕をそのまま加齢させたかのような姿。


「まさか…本当に君は僕の?」

「はい。私はひ孫の、矢崎・メインストリート・タナモンテ・ウシロです」

「家系図に何が混じったんだ…」


ウシロと呼んでください、と無愛想な顔のままに告げてくる少女。


本当に、この子が僕の子孫なのだとしたら。


「…僕の結婚相手って誰なのか分かったりする?」


未来を先取りするような、下卑た思考を抑えることが出来なかった。

だけど、そんな浅ましい期待を壊すようにウシロは首を横に振る。


「私、そのことでこの時代に来たんです。ひいばあちゃん、私が物心つく前に亡くなってて。どんな人だったか一目だけでもみたいなって」

「亡くなってって…顔も分からないってこと?」

「はい。ひいじいちゃんは『あんまり話さない方がかっこいいから』の一点張りで…写真も見せてもらえませんでした」


僕ェ!クソボケェ!


「情報とかも何一つ持ってないの?断片的なのでもいいんだけど」

「2つだけあります。ひいじいちゃん…あなたの結婚相手は同じ高校の人だったと」


大真面目な顔をして、とんでもない情報を突っ込んでくる。


高校の同級生。それは、通っている高校に未来の結婚相手がいるということ。

思春期真っ盛りの心臓を震わせるには、十分すぎる爆弾だった。


「あっ、あと一つは…?」

「変な人だった、とこぼしたことが一度ありました」


変な人…?胸の高鳴りの雲行きが早速危うくなってしまう。


「でもさあ…自分で聞いといてなんだけど、こんなこと言っちゃってよかったの?歴史変わったりしない?」

「ご心配なく。運命の収縮というものは強いものです。私が何をしたところで、易々と歴史は変わりません。…多分」

「小声で多分って言ったの聞き逃さなかったからね」

「まあというわけで、私の目的は未来のひいばあちゃんと会ってみるということです。タイムマシンも故障しましたし、直るまでノビノビやりますよ」

「聞き逃さなかったからね」


話途中のウシロが立ち上がり、僕のベッドに激しくダイブした。ゆるいツインテールが、完全に枕に埋まっている。


「それと泊まる場所がないのでここを貸してください。食事は3食しっかり食べたい派です。そして一緒に寝ましょう」

「めちゃくちゃ図太いな…」


要求を重ねるのも束の間。相当疲れていたのだろう。ウシロは小さな寝息をたてて、すこやかな夢の世界へと突入している。


未来のひ孫である以上、無下にするわけにもいかない。よじれた布団を、ピチピチパイロットスーツの上にかけてあげた。


しかし、この1時間で色々なことが起きてしまった。

高校に運命の相手がいて、しかも結婚するだなんて。『変な人』っていう情報は気掛かりだけど。


それに未来から来たひ孫がベッドを占領しており、僕が寝る場所はどこにもないし、砕けた窓ガラスは部屋中に散乱している。


「これ…僕が怒られるやつのかな…」








「いってきまーす」


母さんの方に声をかけてから、玄関の扉を開ける。


一晩をリビングのソファで明かした僕を待ち受けていたのは、やっぱり夢だった!とかそういう展開ではなく。


「ひいひいおじいちゃん呼びってどういうこと…!?そんな前から隠し子がいたってワケ!?」

「違うよ!物理的に無理だよ!」


ウシロを巡って訳の分からない揉め方をする両親だった。

ウシロが父さんのことを「ひいひいおじいちゃん」呼びしたせいで色々こじれたらしい。


最終的に、ウシロが七色の光を発する『記憶改変装置』とやらを使うことでその場は収まった。


なので、今ウシロは『矢崎家に引き取られた養子』という設定になっている。

そのついでに割れたガラスに関する認識も改変したらしく。両親は


「割れたガラス大好き!!!!!」


と叫んでいた。あれは人に向けて大丈夫なやつなのだらうか。


閑静な住宅路を歩くこと20分。予鈴が鳴る少し前に湯野川高校の校門をくぐる。


昇降口傍の階段を上がり、2年A組に入った僕に「おっす、進」と挨拶を飛ばしくれたのは、唯一の友達である瀧口たきぐちだった。


僕と同じく普通な容姿の男で、違いと言えば黒ぶちメガネをかけていることくらい。アニメ好きという共通点もありクラスのすみっコぐらし同士仲良くしている。


だがその挨拶も、今日は上手く耳に入らない。

この学校に将来の結婚相手がいると思うと、心臓が浮ついてしょうがなかった。


バレンタインデーにそわそわする感覚と近い。いや別にバレンタインデーにそわそわしたことなんかねーし。全然。


いったい、僕の嫁になるのは誰なんだ…。明るい喧騒に包まれる教室を、隅々まで見渡す。


クラス委員の静流木しずるぎさん?保健委員の川井さん?いや、特徴には『変な人』とあったから違うだろう。


「どうした?お前なんか変だぞ、いつも以上に」


席に座りながら、辛辣な言葉を向けてくる瀧口…。


「…お前なのか!?」

「何がだよ」


いやないな。それに、クラスメイトをそういう目で見るのも良識的によくない。


「ごめん…今この世の全員が嫁に見えてるんだ」

「変なゾーン入ってんな」


鞄をフックにかけながら、瀧口の後ろに着席。

前と左を男に囲まれ、右隣は空席という華のない端っこが僕の定位置だった。


「ていうか嫁って言えばあの子だろ。幼稚園から一緒なんだろ?」


瀧口が視線を向ける先には、静かに着席して本をめくる少女の姿がある。


幼馴染の、星木乃ほしきのひとでだった。


確かに家が隣同士で、幼稚園どころか保育園からの付き合いではある。だが…。


「………」


こちらの視線に気付いたひとでが、面倒くさそうに席を立ち。

くせっ毛の長い茶髪を揺らしながら、こちらへと近づいてきた。


「ねえ」


その瞳はいつものようにじっとりした物に固定されており。小学生の頃から変わらない小柄な背丈から出されているとは思えない、鋭い威圧感を感じる。


「昨日、夜うるさかったんだけど。気をつけて」


ガラスが割れたりとかで、迷惑をかけてしまったのだろう。ひとでは「ごめん…気を付ける」という僕の謝罪を受け取るなり、踵を返して次席へと戻っていった。


「悪い、嫁ってのはなかったな」


不躾な瀧口の言葉。だがその言葉通り、ひとでと僕の仲は冷え切っている。


中学に上がって以降自然と距離が出来て、最低限の会話以外コミュニケーションをとらなくなった。その後の関係は見ての通りである。


「おーい席に着けー!HR始めるぞー」


一抹の寂しさを掻き消すようなチャイムと共に、担任が声を張り上げる。


「その前に!今日は、転校生を紹介しようと思う」


その一言で、教室がざわめきに包まれた。

男かな女かなと、楽しむような声たち。一方の僕は虫の知らせというか…嫌な予感を感じ取っていた。


ガラリと教室のドアが開き、白い夏服に身を包んだ少女が入ってくる。


ゆるく2つ結びにされた、深い青の髪色。紛れもなくウシロだった。


「ベタなやつ!」


思わず席を立った僕を発見するなり、ウシロが無表情のままに抱きつき攻撃をかましてくる。


「ぐえー!」

「なんで置いてったんですか。一緒に登校したかったです」


上目遣いでこちらを見つめてくる、ウサギのような眼。

祖先としての本能なのか、なんか凄い罪悪感と甘やかしたい欲が押し寄せてくる。


「ごめん…でもウシロも学校行くって聞いてなかったし」

「汲み取ってください。そして常に隣で甘やかし続けてください」

「本当にウサギかもしれない…」


未来の僕は何をしてここまでひ孫と仲良くなったんだ…。


「だいたい転校って…手続きどうしたんだ」

「ご心配なく。記憶改変装置がありますので、この通り」

「転校生だぞ!すごい転校生だぞ!とても転校生だ!」


先生が壁に向かって転校生と連呼し続けている。


「やっぱり人に向けちゃダメなやつだろアレ!」


そんなやり取りをする僕たちに、瀧口が好奇心たっぷりな目で。


「えっと…知り合い?2人はどういう関係なワケ?」


と聞いて来た。

その問いに、ウシロが抱きつく姿勢のままあっけらかんと答える。


「一緒に住んでます」


ざわめく周囲。


「語弊がある!」


と叫ぶ僕に向けて、ウシロが2発目の爆弾を投げた。


「昨日はひいじ…進さんのベッドで寝ました」

「なんでこじれることばっか言うの!?」


黄色い悲鳴きゃーきゃーと上がっている。誰かが鳴らしたのか、指笛もたくさん飛んできた。


「先生!ひとでさんが泡を吹いて倒れました!」

「そうだな!転校生だよな!」


そして、なぜかぶっ倒れたひとでによって場の喧騒が加速する。


収拾のつかない状況。

もう未来の嫁とかそれどころではない。


だが…この時の僕はまだ知らなかったのだ。

ひ孫の未来人、ウシロの活躍によって、この規模の騒動はもはや日常的になると。


ひいばあちゃん探しへの道のりは、まだまだ遠い。

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