精霊王の宿罪
IS
誰も光以外の呪文を唱えられない。
小さい頃、おれは《精霊王アルカディアス》が好きだった。アルカディアス知ってるか? そもそもデュエルマスターズって分かるか? 2002年頃に生まれたカードゲームで、5種類の文明があって互いのシールドを……それの説明はいい? あっ、そう。
アルカディアスってのは、エンジェル・コマンドから進化できる天使の王様だ。こいつが場にいると、誰も光文明以外の呪文が使えなくなるんだ。何にも、だぞ。水文明も闇文明も、火文明も自然文明も何の呪文も使えなくなるんだ。二色呪文が出る前は、もっと強かったんだけどな。ってわかんないか。
とにかく、相手が得意の呪文を使えずに慌てふためいてる姿を見るのが好きだった。性格悪いって? よく言われたよ。そういうわけで、もし一つ能力を決めていいっていうなら、『誰も光以外の呪文を唱えられない』、これ一択だ。それ以外の能力なら、俺はいらないかな。
神サマに向かって、おれはそう言った。正しくは長ったらしい名前の職員だと言ってたが、地面に着くほど髭が長くて、ついでにでかい翼が生えてんだから、多分神サマみたいなもんだろうとおれは思った。ため息一つついて、その神サマがモゴモゴと口を開いた。
「確かに、君がこれから転生する世界は火・水・草・風・闇・光の六種類の魔法がある世界だと言った。任意の能力を一つ与えるとも言ったが……ううむ、本当にその能力でいいのか?」
神サマの口ぶりは、試験の赤点を咎める教師のそれに似ていた。『お前、このままじゃろくでもないぞ!』、そんな言葉が聞こえてきたようだった。おれが直接言われたわけじゃないが。
「いいよ、ますます強そうじゃん。ダメだっていうなら断れりゃいいじゃん」
「断ることは……できんのだ」
神サマがうなだれるように言った。家で暴力を振るってきたクソ親父が、電話口の上司にさえへこへこしていた様を思い出した。どうも、上の意向というものには神サマであっても断れないらしい。それから長い沈黙を挟んで、
「………………分かった。その能力をお前に授けよう」
神サマが言った。途端、泡のような光がおれを包み込んで、視界が真っ白になったあと、おれの意識も途切れた。
◇ ◇ ◇
「これより、第七回遺跡攻略を始める。神官騎士団、出撃」
「「「はっ! 精霊神の加護があらんことを」」」
この日、わたしは荒地の奥深くにある古代遺跡へと出向いていた。三十人の部下も一緒だ。精霊騎士団とは、王国最大の国教である精霊教会が保有する戦闘部隊であり、同時にこの世界において現状唯一、魔法を使用できる一団であった。
わたしが産まれた時期とほぼ同時期に、その現象は起こった。世界中で同時に、五つの魔法体系が失われたのだという。昔の人々は、火魔法で料理をし、水魔法で選択をし、草、風、闇……あらゆる呪文を使い豊かな生活を営んでいたらしい。それが一瞬で使えなくなったことで、混迷の時代が訪れた。
幸いにも、わたしの母親は農業を営んでいたので、食うに困ることはなかった。また、亡き父の遺した財産から、学校で学ぶことができた。そうして適正を見出され神学の道を進み、こうして神官騎士団の騎士団長を就任している。苦しい時代の中で、なんとかわたしを育ててくれた両親には感謝しかない。
「遺跡内の
「防御魔法、用意! 魔力を消耗したものは後退だ。魔力が進む限り、進め。進め。進め!」
「はっ! 前進開始!」
わたしの号令と共に、遺跡の廊下幅を埋めるように騎士団員が隊列を作る。行使しているのは、唯一唱えることを許された光の魔法だ。光魔法は特殊な属性であり、常人には使うことができない。精霊神の洗礼を受けた信徒か、さもなくば――、
「岩神器の体内に未知の光源を確認。光線魔法、来ます!」
「防御最大! 持ちこたえろ!」
「「「はっ! 防御魔法・大詠唱」」」
過去の遺跡に遺された、旧神が行使したという別系統の魔法だけであった。教会本部の見立てでは、そうした遺跡の中に、呪文消失現象の手がかりがあると踏んでいた。かつて遺跡荒らしと呼ばれた者たちが誤って大規模な光魔法を起動させてしまった、そういう推測だ。他に何の手がかりもない今、精霊騎士団は危険な旧神遺跡の探索行に踏み切ったのだ。現在は第七回、かつての探索では騎士団の大半を失ったといいう。そして、今も……。
「大岩神器、停止。遺跡内のすべての障害が沈黙しました」
「……怪我人は?」
肩で息をしながら、わたしは問うた。
「軽傷者5名、重傷者2名……死者数1名です」
「……そうか」
「落胆しないでください。団長が就任されてから、探索行の犠牲者は大きく減ったのです。死傷者が出るのは……一重に我々の力不足です」
「そんなことはないよ。もっとわたしに力があれば……」
号令を出しながらも、わたしは常に防御呪文を展開していた。騎士団で最も秀でた光防御の使い手になったが、それでも守り切れない者たちが出てくる。果たして、これが人の限界なのか、ひとえに鍛錬が不足しているだけなのか、ときどき分からなくなる。せめて、この探索行で実りがあればよいが……。すると。
「団長、祭壇に
一人の団員が駆け寄ってきた。光線呪文を受けて肩の鎧が溶けているが、幸い怪我はなさそうである。
「名前などは分かるか? 収められているのであれば、ちかくに旧神文字があるかもしれない」
「名前はまだ――」「分かりました! 《前世球》というそうです」
今度は別の団員が言った。ゼンセ……その言葉にわたしは聞き覚えがなかった。
「意味は分かるか? 用途に関連する用語かもしれない」
「それが、この旧神の宗教観では、死者は冥界を通じ、新たに現世に生まれ変わる……転生するという考えのようでして。この球を通じて、以前の自分の姿を見ることができる……と祭壇に記載がありました」
「なるほど……我々にはない思想だな」
精霊教会の考えでは、命はすべて精霊神が生みだすもので、死者はすべて精霊神に還るものだとされている。すなわち、前世なる存在があるとすれば、あるいは精霊神そのものしか当てはまらないのかもしれない。
「………………危険だが、一度使ってみようと思う。使用方法は分かるか?」
「両手で抱えた状態で、光の魔力を注ぐことで起動できるそうです。……ただ、危険ではないでしょうか?」
「このまま国に持ち帰っても、誰かが起動を試すことになるだろうさ。なら、今試しておいた方がいい。ああ、でも危険なのは確かだな。念のため、君たちは祭壇から離れていてくれ」
身を案じてくれる部下を下がらせるのは容易ではなかったが、説得の末に下がってくれた。わたしは祭壇を昇り、部下の言う通りに球を掲げた。果たして、旧神の祭具が精霊神への信仰で動くのかどうかは分からないが……意を決し、わたしは魔力を注ぐ。ほどなく球は輝きだし、昼を照らす太陽の如く光り始めた。
「団長!」
「案ずるな。この光に攻撃性はない。が……!」
輝きそのものではなく、頭の中でなにか囁くものがあった。精霊神との交信にも似た感覚だが、少し違う。まるで、起きながらにして夢を見ているような感覚だ。夢の中の視界は徐々に鮮明になっていき、それに伴い、夢の中の耳が、一つの言葉を捉えた。
『小さい頃、おれは《精霊王アルカディアス》が好きだった』
(……!?)
思わず、わたしはむかつきを覚えたが、すんでのところで抑えた。夢の中では、幼少期のわたしによく似た少年が、悪びれもせずに恐るべきことを語っている。曰く、誰も光以外の呪文が唱えられない世界を望んでいるというのだ。夢の中にはもう一人の人物がいて、それは少年を咎めようとしたが、どうにもできずに最終的には承諾してしまった。やがて、夢の世界が消え去ると同時に、球の光も消えた。
(わたし、は……)
夢の中のわたしは、容姿こそ昔の自分と似ていたが、顔に現れる特性はまったく異なっていた。あんな。あんな邪悪な存在が、わたしが生まれ変わる前の姿だというのか。旧き世界の神は、そう告げているのか。
「おお、おおお……精霊神よ」
心配した部下たちが駆け寄ってくるのを止めもせず、わたしは必死に精霊神に祈った。神よ、この邪な悪魔のささやきを止めてください。この信心の不足をお許しください――願いが聞き届けられたかのように、わたしの心は平穏を取り戻していくが、かといって、先の球で視た夢がまったくの嘘であるという確信も、何故か同時に失われていくのであった。
もし、あの少年がわたしに転生していたとしたら。口にした邪な願いが、わたしに宿っているとしたら。わたしが生きている限り、この世で光以外の呪文をだれも唱えられないのだとしたら。
「だ、大岩神器……再起動! 団長、危険です!!」
その時。部下の警告と同時に、祭壇を守っていた巨大な天使像が、破壊された身体を修復しながら、起き上がり始めていた。教会で見上げるそれとはまったく異なる容姿をしているが、わたしは、それが紛れもなく精霊神の使いであると思った。
「総員、下がれ! 怪我人を連れ、遺跡を脱出するのだ。しんがりはわたしが勤める!」
「しかし――」
「行けっ! 程なく岩神器が動き出すぞ」
今度こそ、部下が部屋を飛び出すのは早かった。巻き込まれるものがいないか部屋を見渡し、そしてわたしは、岩神器へと向き合った。大きな天使の口から、間もなく大光線の呪文が発射されるところであった。
「……精霊神よ」
精霊神よ、願わくは、呪文消失が解決した後の世界も、変わらず彼らを見守りたまえ。それから、母上へ。わたしの存在が過ちだったとしても、育ててくれた貴女に咎はない。ただ、先立つ不孝を許してほしい。
それから……それから、前世のわたしへ。その荒んだ性根が、果たして何によるものなのか、わたしは知らない。ただ、わたしの今生の働きによって、少しでも報われていてくれればと願う。そして何よりも、白一色でない世界を、鮮やかな色で満ちた世界を肯定できるようになっていてくれれば……。
放たれた光線で、白一色になっていく世界の中で、七色に輝く世界を想像しながら……やがて、わたしの意識は途絶えた。
【精霊王の宿罪】終
精霊王の宿罪 IS @is926
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