精神疾患および人生についての考察
色野はくし
第1話 ことのはじまり
「綺麗なうつ病ですねえ」
とある心療内科に赴いた私に、医師はそう言った。「テルマエ・ロマエ」なんかで言われていた「平たい顔族」そのままの顔をした彼は、パソコンの画面を見つめていた。
「綺麗なうつ病ですか」
私は思わず、おうむ返しをした。うつ病に綺麗も汚いもあるか。私はむっと眉を寄せて、医師――主治医になったその人を睨んだ。
「ええ。食欲不振。意欲減退に無関心。睡眠困難。急に涙が出るとかね。どれも典型的なうつ病の症状ですから」
「はあ」
私は口から空気を出した。
「今まで臨床心理学を勉強されていたみたいだし、病歴も長いみたいですし……気づきませんでした?」
医師はそう言って、私を見た。半笑いだった。
「ええ。でも、いくら知識があったとしても逃れられないものってあると思うんですよ。たとえば、骨折したことがある人はどう対処すればいいか分かると思うんですが、だからといって骨折した痛みが減るなんてことはないはずです」
私がそう述べると、医師は笑った。くくくっと声を上げて口の端を釣り上げる様は、どこかのヒール役のようだった。
「まったく、その通りだ。分かりやすい」
医師は言った。褒められている気があまりしない。私は「そうですからね」と念を押して黙った。
「では、薬出しておきますから。しっかり寝て休んでくださいね」
医師は私にそう言って、次回の予約の話を始めた。私は仕事が休みの日を希望した。
さて、そういうわけで私は立派なうつ病患者になった。病歴はあるものの、それはうつ病という病名を冠したものではない。うつ病と診断を受けるのは、今回が初めてだった。
私は階段を下りて、心療内科から出た。すると、途端に太陽光がビームのように体を突き刺した。一瞬で汗腺が広がり、汗がじゅわっと滲み出る。
そうか、私はうつ病か。処方箋を汗ばんだ手で握りながら、私は繰り返した。
これからどうしたものか。そんなことを思いながら、私は薬局へと吸い込まれていった。
――これは、私の病との戦いの日記である。
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