とある遊撃手の独壇場
ALC
第一章 小学生・シニアリーグ編
第1話生まれてしまった天才
先に言っておく。
俺に本当の意味で仲間やチームメイトが出来るのは…
遥か未来でだ。
これはとある遊撃手の物語である。
俺の父親は高校生の頃にプロ野球球団のスカウト何人にも声を掛けられた有名選手だったらしい。
父親の言葉だったが俺はどうしてか信じられたのだ。
父親の過去を100%知ることは不可能だが俺にとってはそれが事実であると信じられたのだ。
「
両打ちであることに損はない。
それだけ他人より練習量が増えると言うことは実力にも差を出せる。
それだけじゃないんだが…
片方だけの素振りは筋肉の運動的にもあまり良くない。
運動する時は左右バランスよく使う必要がある。
お前が投手にならない限り左投げを本格的に覚える必要はないが…
ウォーミングアップで軽く投げるぐらいはしておいたほうが良い。
怪我の防止に必ず繋がる」
いつも寡黙で言葉数の少ない父親であったが…
野球のこととなると積極的に俺とコミュニケーションを取ろうとした。
こんな小難しい話を小学一年生の俺に言っていたのだ…
きっとかなり不器用な父親だったんだろう。
初めてボールとバットを持ったのは幼稚園に上がってすぐのことだった。
父親が何処かで買ってきたおもちゃのグラブと柔らかいボールで遊んだのが始まりだった。
その時から才能を見出されていた…
などと言うときっと親ばかが発動した父親の思い込みだったと言われるだろう。
俺もその意見に同意するし父親の血が幾分入っているのかわからないが…
きっと父親譲りの運動神経が発現しただけだと言い切れる。
ここから勘違いをした父親とその気になった俺の野球人生はスタートしたのだ。
小学生に上がってすぐに地元の少年野球団に見学に行った俺だった。
入団試験なども無い何処にでもある地元の少年野球団。
そこに見学に行った初日のことだった。
「吹雪くんって言うんだね。バッティングしてみる?
バットの芯に当てて遠くに飛ばすと気持ちいいぞ」
少年野球団の監督は幼い俺に提案をしてきて。
それに乗っかる形で頷いたのだ。
「吹雪くんは左打ちなんだね。
うちに左打ちは一人しか居ないから貴重な人材だ」
バッターボックスに入って構える俺を見た監督は笑みを溢してマウンドよりもかなり近い場所に立った。
「じゃあ行くぞ」
下投げでゆっくりとこちらにボールを投げる監督に俺は軽く苛立っていたことだろう。
何故か…
それは少年野球の試合でもそんな場面が来ることが無いからだ。
どんな弱小チームの投手が投げるとしても。
少年野球用の少し近いマウンドからしっかりと投げるものだ。
それなのに監督は俺を小さな子どもと思ってあやすように下投げをしてきている。
苛立ちをバットを握る力に変換して…
フルスイングした当たりは小学一年生が打ったとは思えないほど飛距離を伸ばしていた。
実際は小さなグラウンドの外野定位置を少し超えるぐらいのフライだったと思う。
だが…
「凄いね…あそこまで飛ばす子はうちには居ないよ…
是非うちに入ってほしいな」
今思えば当時の監督はここでプレイしている先輩の親だったらしい。
そんなことを少しも想像していなかった俺は悔しがっていたことだろう。
「入ると思ったんだけどな」
生意気にも捉えることが出来る言葉を口にして残念そうにバッターボックスを離れる俺を大人たちはどの様な表情で眺めていたことだろうか。
ある親は神童が現れたと畏怖していたかもしれない。
ある少年は一瞬にして憧れを抱いたかもしれない。
しかしながら俺の野球人生はいつまでも心地よい環境では無かったのだ。
「じゃあノック練習に入るよ。吹雪くんは何処守りたいとかある?
まだそんなに詳しくわからないと思うけど…」
最後の一言がやけに引っかかったのは監督が未だに俺を子どもとしてナメて掛かっている気がしたからだろう。
幼かった俺は家族以外の周りの大人を毛嫌いしていたのもある。
きっと俺も俺で家族以外の大人をナメて掛かっていたのだ。
「ショート。ショート以外はやらない」
「ショートかぁー。キャプテンの今野のポジションだからなぁー」
監督の渋る表情を見て俺は更に苛ついていたはずだ。
言い返す言葉を事前に用意しており反撃の言葉を口にしていた。
「なんで?
ショートは一番運動神経が良くて守備が上手い人がやるポジションでしょ?」
「………そうだね。試しにやってみようか…」
後から知った話なのだがキャプテンの今野という先輩は監督の息子だったらしい。
そんな事情も知らない俺は失礼にも監督の息子を貶すような言葉を口にしていたのだ。
子どもの無邪気な発言とどうにか捉えてくれた監督は試しに俺をショートポジションの二番手として置いてくれたのだ。
そしてノック練習が始まって…
三塁から始まり一塁の方へと順番に向かうありきたりなノック練習だった。
「お前。あれだけ言うんだから守備も上手いんだよな?」
同じショートでノックの順番待ちをしているキャプテンの今野は間接的に自分を否定してくる俺を目の敵にしているようだった。
「もちろん。ここにいる誰よりも上手いと思うよ」
幼い子供の根拠のない自信満々の発言に先輩でありキャプテンの今野は更に苛立っていたことだろう。
やがてショートの順番がやってきて。
「今野。後輩にちゃんとお手本見せるんだぞ!」
「はい!お願いします!」
気合の入った父親はセンター方向に少しだけ無理のある打球を打ち込んで…
きっとダイビングキャッチをすれば取れるぐらいのゴロだったと思う。
しかしながら今野は飛び込むこともなくあっけなくセンターへと打球を逸らしてしまう。
「すみません!もう一本お願いします!」
「すまん!少し力が入りすぎたな!もう一本いこう!」
今度はもっと優しい当たりが飛んできて…
今野はしっかりと処理をするとワンバウンドでファーストへと返球する。
戻ってきた今野は少しだけ自慢げな表情で俺を見ていた。
今度は俺の番がやってきて…
「一本目と同じ当たりでお願いします」
生意気な言葉を今野親子はどの様に受け取っていたか…
この時の俺には理解も想像もできなかったのだ。
「じゃあ行くぞ」
監督は再びセンターへヒット性の当たりを打ち…
俺は素早く移動をしてダイビングキャッチ…
そこから素早く立ち上がるとファーストへとノーバウンドでストライク返球。
「………」
定位置に戻った俺に今野息子は唖然とした表情を浮かべていた。
「なんでさっき飛び込まなかったの?飛び込めば取れる当たりだろ?
ショートだったらそれぐらいやらないとピッチャーが可哀想だ」
俺の無邪気な発言に今野息子は苛立ちを通り越して自分ではコントロールできない悲しみや悔しさの感情を抱いていたようだ。
彼は定位置で突然泣き出してしまいノックは中断されるのであった。
チームメイトは今野息子の方へと向かい彼を慰めていた。
監督も親達もそうだった。
俺の周りには人が居なかった。
ただ一人父親だけは俺の味方で居てくれた。
それが俺に取っては唯一の救いに感じたのだ。
「吹雪。お前は悪くない。お前は出来ないやつの気持ちを知る必要なんて無い。
今のままで良い。自分を否定するな」
今思えば僕らは随分自分勝手な親子だっただろう。
しかしながらプロにスカウトされるまで野球をプレイしてきた父親の言葉は俺にとって何よりも価値があり正しいものだって思えたのだ。
「神田さん。悪いんだけど…吹雪くんはうちに入らないほうが良いと思うな。
と言うよりも他の子が自信を失ってしまう。
僕も神田さんのこと知っているから…
きっと吹雪くんにも神田さんの血が色濃く受け継がれたんでしょう。
ここでプレイするには…ちょっとレベルが違いすぎると思うんですよ。
吹雪くんが居たらうちのチームはきっと強くなるし大会でも良いところまでいけると思うんです。
でもそれは吹雪くんのワンマンプレイで連れて行ってもらったってだけで…
他の子達のやる気や自信を失わせることだと思うんです。
だから…勝手を言っているようだけど…ごめんなさい。
うちに吹雪くんを入れるわけにはいかないんです…
ご理解いただけますか?」
今野父は僕の父を何処かで知っていたようで…
幼いながら話の内容は理解できた僕は父親に告げる。
「良いよ。俺は気にしない。父さんと二人でも野球は出来るし」
父親は俺の言葉を聞くと今野父に頭を下げて俺の手を引いた。
グラウンドを離れて駐車場に向かう僕らだった。
普段はスマホをなるべく触らない父親が何やら不器用に操作しているのが子供ながらに印象的に感じていた。
車に乗り込んだ僕らはそのまま帰宅して親子二人だけの練習は再開されたのであった。
後日の休日のこと。
俺は父親にユニフォームに着替える様に言われて目を覚ます。
身支度を済ませて朝食を頂くと早速父親の車に乗り込んだ。
そのまま離れた場所に向かうのか…
僕ら親子を乗せた車は高速道路を走っていた。
目的地も分からない父親とのドライブに身を任せていると…
とある本格的な球場へと到着する。
「父さんの昔の仲間が監督を努めているチームの専用グラウンドなんだ。
今日は…まぁ気にせずプレイしてこい」
父親に連れられて理由もわからずに俺は後をついていく。
グラウンドには全員が明らかに俺よりも背が高く身体がガッチリとした男子が何十名も揃っていた。
現在はノック練習の最中のようだったが…
使われているボールは硬球だと一瞬にして理解していた。
コーチと思われる男性が使用しているノックバットは木製だし軟球とは違い跳ねにくくバットから弾かれたときの硬そうな音で硬球であると瞬時に悟っていた。
「神田さん!連絡きた時は驚きましたよ!」
監督と思われる元仲間は嬉しそうな表情で父親と握手をしている。
「少年野球の監督に断られたんだ。きっと何処に行っても同じ扱いを受ける。
だから…お前が監督を務めるシニアリーグで世話してほしいんだが…
迷惑だろうか?」
「何言ってんの!神田さんの息子なら大歓迎だよ!
どうせ上手過ぎて煙たがられたんでしょ?」
「まぁな。それに吹雪の性格も負けん気が強くてな。
先輩を泣かして追い出されてきたんだ」
「ははっ!若い頃の神田さんにそっくりじゃないですか!
うちは良いですよ。生意気も一向に構いません!
中学生の先輩を泣かせるぐらいの実力があったら…
それは将来が楽しみじゃないですか!
僕らは上下関係に厳しい古い時代に生きた人間だけど…
今の時代…プレイ中だったら生意気も失礼も一向に構いませんよ。
それ以外の場所では先輩に対する礼儀って物を弁えてもらえば。
何でも構いません」
「吹雪の実力を見ないで決めて良いのか?」
「単純な運動能力は中学生に及ばないことは分かっています。
ただ打撃センスや守備センスは運動能力だけでは測れないでしょ?
だから今日一日はバッティングと守備を試験というか。
見せてもらいますよ。
どれだけの実力があって少年野球の先輩を泣かせたのか。
見てみたいですから」
「そうだな。小学校に上がったばかりの一年生なんだ。
ただ…手加減はしないでやってくれ。
吹雪の性格的にナメられると力が入ってしまう性格でな」
「なるほど。フラットに見たいので手加減はしませんよ。
でも…あまりにもレベルが違いすぎるとチームの士気が下がるので…」
「あぁ。それ以上は言わないで良い。
駄目だったらまた親子二人で…二人三脚で野球を教えるさ」
「ですか。じゃあ吹雪だったな。しっかりとウォーミングアップしてこい」
シニアリーグの監督に言われるがまま俺は外野へと向かいウォーミングアップを始めるのであった。
そして…
バッティングと守備の試験が今にも始まろうとしていた。
「うちのバッティング練習はこうだ。
投手捕手を除く選手が外野に集まっている。
バッターは必ず10球ヒット性の当たりを打たないといけない。
外野にいる選手たちは誰のことも贔屓しない。
必ず公平にヒットか凡打かジャッチする。
10球ヒット性の当たりを打つまでに掛かった投球数でペナルティの量が決まる。
例えばクリアするまでに20球掛かったらならばグラウンド10周。
ペナルティは誰にでも公平に課せられる。
10球でクリアした場合はペナルティ無し。
今日は試験だから気軽に実力を見せて欲しい。
それと吹雪は硬球に触れるのが初めてって親父さんから聞いた。
硬球用のバットは重たいし初めて硬球を打つんじゃあ…
知らないと思うが。
芯に当てないと手が痺れて悶絶するぞ。
マシンのスピードもシニアリーグの投手の平均スピードに設定してある。
今までよりもバットは重たいし球のスピードは異次元だし。
簡単には打てないだろう。
でも大丈夫だ。
今日はペナルティ無しで良い。
これは吹雪をナメているわけではない。
幾ら神田さんの息子でも…
初めての硬球経験に加えてシニアリーグの平均的球速を打てるなど思っていない。
気軽にやってくれ」
監督の説明に俺は少しの苛立ちを覚えていたに違いない。
軽く力が入っていたが…
父親の顔を見ると何故か柔和な笑みを浮かべて首を左右に振っていた。
それにより身体のこわばりが取れたのか。
俺は気軽な気持ちでバッターボックスに入ったのであった。
「神田さん…吹雪くんは一体どうなってるですか?
硬球に触れるの…本当に初めてですか?」
「あぁ。息子のことをこの様に表現するのは間違っているかもしれない。
ただ…吹雪には恐怖心の様な感情が存在していないのかもしれない。
かなり幼い段階でバッティングセンターに連れて行った時…
インコースに刺すような球が飛んできて…
子供なら避けると思ったんだ。
でも…吹雪は上手に肘を畳んできれいに打ち返したんだ。
それも一回やそこらじゃない。
毎回そうやって打つんだ。
俺が教えたわけでもなく…
その時に親バカかもしれないが…
こいつは俺以上の選手になるって確信したんだ」
「それは…話だけ聞いていたら親ばかだって思ったかもしれません。
ただ今日のバッティングを見て理解しました。
吹雪くんは間違いなく本物の才能ですよ。
ダイヤの原石なんてものじゃない。
言葉では形容できないほどの才能を持っています。
高校生に上がるまで…僕らでしっかりと導いていきましょう」
「じゃあ入団を許可してくれるのか?」
「当然ですよ。まさか…10球でクリアするなんて思わないじゃないですか…
10球でクリアするのはレギュラー陣ぐらいなんですよ。
まぁでもこれで控えの選手にも火が着いたと思います。
本当に連絡してくださりありがとうございます。
守備も…恐怖心が無いとは言い得て妙ですね。
どんな打球にも反応して最後まで諦めないさまは…
うちの選手たちにも見習ってほしいぐらいです。
試験で来たって言うのにどの選手よりもユニフォームを汚していましたよ。
それに何より運動神経が本当に良いようで…
中学生になるまでに…きっと周りを全員追い抜いていくんでしょうね。
楽しみでもあり恐怖の対象でもありますよ…
うちは追い出したりしませんが…
今の内に選手のケアを得意としているコーチを探さないとですね」
「あぁ…迷惑かける」
「全然。うちから神田さんを超える選手が誕生するかと思うと…
ワクワクして今日は眠れないかもしれません」
「そうか…本当に助かるよ」
「はい。気が早いかもしれませんが…今から入る高校を調べないとですね」
「本当に気が早いな…吹雪が野球を辞める可能性もある」
「いえ。それは僕が許しません。絶対にプレイし続けた方が良いです。
例え本当の意味で仲間が出来なくても…
チームメイトに嫌われようとも…
吹雪くんはずっとずっと先のことをイメージして野球をさせるべきです」
「そう…だな。今日は本当にありがとう。
来週から頼むな」
「はい。こちらこそ連れてきてくれて本当にありがとうございました」
父親と監督は駐車場の外で何やらやり取りをしていた。
俺は今までに感じたことのない疲労に寄り…
急激な眠気に襲われていたのであった。
この日から…
俺の野球人生は本当の意味でスタートすることになる。
仲間や友人やチームメイトと心から呼べる存在が出来なくとも…
俺の野球人生はここからスタートしてしまったのであった。
とある遊撃手がグラウンドで独壇場を繰り広げるのは…
まだもう少し先の話なのである。
小学生・シニアリーグ編
開幕!
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