番外編(リラ視点)5
夜会の日――
公爵家の立派な馬車でヴァレリオは迎えに来てくれた。
馬車から降りて来たヴァレリオは、シックな夜会用の騎士服を着ている。
式典用の騎士服は華やかな生地を使い、装飾も派手めなので、いつもの凛々しさの中に華やかさがプラスされていて、とても素敵だった。
とてもよく似合っているし、その鍛え抜かれた体がよくわかる。
今まで馬車の乗り降りの時くらいしか体に触れることがなかったけど、ヴァレリオの大きな体に抱きしめられたいなと頭に浮かんできて、急いでかき消した。
今回の夜会は、二週間前に急に一緒に行けることになった。
もっと早くわかっていたらよかったのに。
一緒に行けるなら尚更、ヴァレリオの色を使ったドレスを着て行きたかったな。
そうしたら、ヴァレリオの婚約者ってわかりやすかったのに。
初めて両親以外と行く夜会は、ドキドキする。
王族主催の夜会は、各地から貴族が来るから悪い色を纏っている人も多い。
それでなくても夜会は男性が積極的で困る。
ご令嬢の皆さんはどうやってあしらっているのか教えてもらいたいほどに。
両親は私の秘密も知っているし、私の反応を察してお父様やお母様が助けてくれる。
ヴァレリオには色が視えることをまだ言えていない。
だから、きっと自分で対処しなければならない場面も出てこよう。
そう思うと不安が増してくる。
それに、いつまでもヴァレリオに隠しておけない。
本当は、本当の私を知ってほしい。
だけど、ヴァレリオとの距離が近くなればなるほど、どんどん怖くなってくる。
自分から言う前に、私の行動を見ておかしいと勘づかれる可能性もある。
お父様は、『リラの目について、急いで話す必要はない。無事に結婚してからでも遅くないよ。むしろ、そのほうがいい』と言っていたけど……。
「リラ?もしかして馬車酔いした?」
夜会では黒い靄を纏った人が必ずいる。
そのことへの恐怖心と、不安。
ヴァレリオに目のことを話すことへの葛藤。
縁が切れてしまうかもしれない恐怖。
いろいろなことがない混ぜになっていた。
ヴァレリオから心配そうな声が届いてハッとした。
一緒にいるのに、自分の思考に耽ってしまっていた。
結局、緊張しているとだけ伝えた。
「リラ、大丈夫だ。俺が付いているから。なんてったって、俺の側には人が近寄って来ないからね」
ヴァレリオがおどけたように自虐を言うので、つい笑ってしまった。
気遣いが嬉しい。
ヴァレリオの自虐で、以前の夜会で聞いた令嬢たちの侮蔑の声や、使用人面接のときのことを思い出して腹立たしくなる。
でも、同時に良かったとも思う。
ヴァレリオの本当の良さを理解する人がいたら、今頃ヴァレリオは私とこうして夜会に行っていない。
こんなに優しくて素敵な人なんだもの。
今までは見る目のない人たちだったのだろうけど、ヴァレリオの良さに気付く人はいるに決まっている。
その人よりも先に、私に順番が回って来たことを神に感謝したい。
馬車を降りると、無意識にいつもしているように目を伏せてしまう。
ヴァレリオが腕を差し出してエスコートしてくれた。
そっと腕に手を添えているだけなのに、すごく逞しく感じられ、側にいるだけで安心感がある。
ザワザワとすでに賑わい始めている夜会会場にふたりで足を踏み入れると、何故か次第に静かになって行く。
不思議に思って下げていた視線をあげると、皆に注目されていた。
陛下の後ろで護衛をするはずの総騎士団長が、みんなと同じ入口から入って来たから、驚いているのかもしれない。
だけど、いつものようにすぐに近寄ってくる男性がいないのは助かった。このまま最後まで何事もなく過ぎてほしい。
ヴァレリオにエスコートされるまま、会場の奥の方に進んでいくと、私たちが進む方向が静かになり、今度は入口付近からどんどんざわつき始めていくのがわかった。
「とりあえず、陛下の下へ挨拶に行こう」
入り口付近を気にしていると、直ぐに陛下のところへ行こうとヴァリオが声をかけてくれた。
もしかして、私ではヴァレリオに釣り合わないと思われて噂されているのだろうか?と少し不安に思い始めた時だった。
タイミングの良いヴァレリオの声は、私を励ましてくれているようにも聞こえた。
皆に釣り合っていないって思われても、ヴァレリオから申し込んでくれたんだもん。それだけははっきりとした事実だから、大丈夫。と自分を励ました。
陛下の下に挨拶に行くと、陛下はとてもフランクな方だった。
今までお父様が代表して挨拶する時に私は後ろにいるだけで会話したこともないし、国王って感じの人だと思っていたのに。
意外なほど親しみやすい雰囲気なのは、ヴァレリオの前だからだろうか?
だけど、この国の頂点に立つお方。
いつも纏っている色はとても複雑で、悪い色はないけれど、別の意味で接するのが怖い方。
ヴァレリオに向けている色は良い色。
信頼関係がよくわかる。
だけど、私に話された言葉は、そのまま鵜呑みにしてはいけなさそうだと思った。
陛下への挨拶が終わって移動すると、お父様とお母様がやって来た。
ヴァレリオは「リラ嬢には居心地の悪い思いをさせてしまって」なんて申し訳なさそうに言うけどそんなことはない。
お母様が「あら。リラはかえって良かったわよね?不肖のご令息様方が不用意に近づいて来なくて。公爵様様ね」なんて、余計な事を言う。
私が貴族令嬢らしいあしらいが上手にできない事をわざわざヴァレリオにばらさなくても良いのに。
……ヴァレリオと結婚できることはすごく嬉しい。
だけど、最近強く思う。
私は、今のままの私では、ヴァレリオに相応しくないのではないか、と。
公爵家に嫁ぐのだから、社交は必須。
貴族夫人は社交をして人脈を広げ、情報交換をするのも大切な仕事の一つ。
人が怖いと言っている場合ではないのは理解している。
少しずつでも、どうにかしなければならないけど、私にできるのだろうか。
まずは、騎士の妻としての心得をお母さまに聞いてみようか――――
暫くして、ダンスの曲が広間に流れ始めた。
ホールの真ん中では陛下が王妹殿下と踊っていた。兄妹だけど美男美女で絵になる。
王族のお二人が踊り終わると、次々に踊り始める人たち。皆ダンスが上手で尻込みしてしまいそうになる。
「リラ。俺と踊っていただけますか?」
「もちろん喜んで!」
ヴァレリオが胸に手を当てて急に気取った感じで誘ってくるから、思わず笑ってしまった。
正直、ダンスは得意ではない。
王宮での夜会の時は、誰かに誘われても全て断って来た。踊るとしてもお父様とだけ。
お父様とお母様がダンスを踊っている時はいつも一人になってしまうから、誘いから逃れるために女性用のサロンへ逃げ込んでいた。
ヴァレリオと夜会に参加できると決まったその日から、お父様や男性使用人を相手にダンスを猛特訓した。
明らかに付け焼刃だから、ヴァレリオに恥をかかせてしまうかもしれないと思ったけど―――
『リラ、ごめん。実は俺、ダンスは上手くないんだ』
『そうなの?……実は、私も』
『そうなのか?俺は最近アントニオに紹介してもらった講師と特訓したんだけど、漸く形になったくらいのレベルなんだ』
『私もヴァレリオと踊りたくてお父様や使用人と練習したの。上手くないどころか下手かも……私』
『もしかして俺たちは同じくらいのレベル感なのか?いや、俺は本当に付け焼き刃みたいなものなんだ。怪我だけはさせないようにするから。下手同士かも知れないけど、楽しめたら良いな』
馬車の中でヴァレリオもダンスは得意じゃないと言っていたから少し安心した。
「あっ…………!」
「!?」
ステップが乱れてヴァレリオの足に躓きそうになると、いきなり体を持ち上げられてびっくりした。
ターンと見せかけて軽々と持ち上げながらくるりと回るから、びっくりした。
だけど、何事もなかったように続けるから吹き出してしまった。
くるり。ひらり。ふわり。ひょい。
くるり。ふわり。ぴょん。ひらり。
私たちのダンスには、普通のダンスではあり得ない動きがたまに入る。
だけど、ヴァレリオの『楽しめたら良いな』の言葉通り、こんなに楽しいダンスは初めてだった。
二人とも全然上手くはないのに、楽しい。
好きな人と目を合わせて踊るダンスがこんなに楽しいなんて知らなかった。
ヴァレリオも笑顔になってくれている。
結婚したら、屋敷でたまにはダンスをしてみようか。
夜会の前には練習と称してダンスに誘うのもいいかもしれない。
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