番外編(リラ視点)2
夜会会場に入ると、すぐに壁際に立つ騎士たちに視線を巡らせる。
サッと見た限りでは入り口付近から見える範囲にあの優しい色は見当たらなかった。
(奥の方にもいなかったらどうしよう……怖くなってきた…………)
いない可能性も充分に考えてはいたけど、心のどこかで無事な姿を見たいと願っていた。
まだ全ての騎士を確認したわけではないが、ドクドクと心臓の音が聞こえるようだった。
昨年見た時には王族の席に近い場所にいたから、いるとしたらここからは確認できない会場のもっと奥の方かもしれない。
あの騎士様を一目見たいとの願いだけで参加したのに、この夜会では予想外の事が起こった。
一人の貴族の子息が話しかけてきたと思ったら、次々と集まりだして人に囲まれてしまった。
(な、なに?急に……!?)
以前、古くから付き合いのある貴族家から招待されて両親と夜会や茶会に参加したときに、どこかの子息に話しかけられることはあったけど、こんな風に囲まれるのは初めてで困惑してしまう。
子供の頃から社交を極力避けていたため、貴族令嬢らしいあしらい方を知らないから困った……。
しかも、囲んでいる子息たちの中には内面から嫌な色を発している人もいる。
色の濃さが薄いから、女性軽視をしている人や単純に性格が悪い系の人だろう。
と思っても、やっぱり怖い。
「サランジェ伯爵令嬢、私とあちらでお話ししませんか」
「僕と踊っていただけませんか」
「サランジェ伯爵令嬢!私と是非」
「僕と!僕が先です!」
(どうしたらいいの!?怖い……)
困った結果、伏し目がちに視線を下げ、微笑んで、話しかけられたことには全て「はぁ」「いえ」と曖昧に答えることにした。
無視したい位だったけど怒り出す人もいるかもしれないし、変に応えて勘違いされても困る。
身動きが取れなくなり始めた頃、見かねたお父様が陛下への挨拶を理由に割って入って来てくれて、漸く輪を抜け出すことができた。
「リラはお母様に似ているから、苦労しそうだなぁ」
「よくわからないけど、困る……何?今の人たちは」
「何って。皆、リラと仲良くなりたいと誘っているんだよ。夜会とはそういうものだからね」
「…………」
「今、来るのではなかったと思ったね?」
「……うん。だけど、まだ帰れない」
「そうだ。少なくとも陛下へご挨拶しなければ」
そして、陛下への挨拶の列に並びながら、あの優しい色を探して壁際に立つ騎士達を確認するが、奥にいる近衛騎士の中にもあの色は見当たらない。
『この人じゃない。あの人も違う』と沈んでいく心に、(もう帰りたい……)と心底思うようになった頃、陛下の後ろに立つ人物が例の騎士様であることに気がついた。
(あっ!いた!!彼だ!……生きていた…………生きている!)
例の近衛騎士が生きていたと知った安堵感から涙が溢れそうになるが、これから国王への挨拶が待っているので下唇を噛んで耐えた。
お父様が代表して陛下に挨拶をしている間、両親の後ろからこっそりと陛下の後ろに立つ近衛騎士を見る。
(おでこと頬に傷ができてる……去年はなかったのに。やっぱりあの時に切られたのかな。でも、生きてた。生きてる。良かった…………生きていた!)
陛下への挨拶が終わっても、名残惜し気に彼へと視線を送った。
陛下の後ろに立つ近衛騎士は、ホール全体に目を配っているようで、私には一瞥もくれない。
目の前にいるのに。
お父様が陛下に挨拶をする直前、一瞬お父様のことは見たけど、ただそれだけ。
挨拶しに来た人物が誰であるかを確認しただけ。
挨拶をしている間中、一度も私と視線が交わることはなかった。
こちらを見てくれないことを残念に思いながらも、相変わらず優しく温かい色を内面に持つ彼の姿を再び見られたことが嬉しかった。
「新しい総騎士団長様は、まだお若い方なのね」
「だけど、クローデル公爵家の当主だよ。若いが、順当だろう。私は直接話したことはないが、騎士としての能力は申し分ないし、性格も悪くないらしい。幼馴染ということもあるが、陛下からも信頼されている」
「あぁ!あの方がそうなの。ねぇ、リラ。新しい総騎士団長様は、ヴァレリオ・クローデル公爵様だそうよ」
「え?新しい総騎士団長様?」
「そう。さっき陛下の後ろで警護されていた方よ」
「あの方が!?ヴァレリオ・クローデル公爵、様……」
「ふふふっ。凛々しい方よね?」
「え。な、なに。お母様ったら、何を言っているの」
「ふふふっ。あなた、クローデル公爵様はまだ独身でいらっしゃるのかしら?」
「お、お母様!」
「ん?そのはずだけど、どうしたんだい?」
「な、なんでもない!」
この王族主催の夜会では王の後ろに総騎士団長が立つのが決まりで、新しい総騎士団長の名はヴァレリオ・クローデル公爵だという事を知った。
(そういえば、新しい総騎士団長が就任したと新聞で見たけど、あれは彼の事だったんだ。あ!ということは、彼が総騎士団長を務めている間は王族主催の夜会では必ずあそこに立つってことよね?)
それから、年に一度の王宮の夜会でクローデル公爵様を見ることが私の楽しみになった。
年々貴族の子息らに囲まれる人数が増えていって鬱陶しいし、悪い色を纏っている人も多い夜会は怖かった。
だけど、確実にクローデル公爵様を見られるのは王宮の夜会しかない。
もしかして街のどこかで会えたりしないだろうか?と、使用人にクローデル公爵様について調べてもらったけど、真面目な性格なのか、基本的には城と屋敷の往復ばかりで街へ繰り出すことはあまりないらしい。
いつもは街も怖くて行くことはないけど、彼に会えるなら行っていたかもしれないのに。
その為、王族と共に出てくる総騎士団長を見るために王族が出て来る頃合いを狙って夜会会場に行き、王族が捌けるとそれ以上粘っても総騎士団長は出てこないので帰る――というのを繰り返した。
年に一度しか見ることができないクローデル公爵様を、唯一見られる機会を逃したくなかった。
あの見るだけで心が温まるような優しく深みのある色を持つ彼を見ると、生きる活力が湧いてくる気さえした。
あれから数度、王宮の夜会に参加しているけど、総騎士団長の彼はいつも会場全体に目を向けている。
私は彼にばかり視線を送り続けているのに、私とは一度も視線が交わることがない。
我ながら一方的に見続けているなんて気持ち悪いと自覚しているけど、年に一度、一方的にでも彼に会えることが私には幸せだった。
◇
それは突然、何の前触れもなくやって来た。
珍しくお父様に呼ばれて執務室に行くと、そこにはお母様も揃っていた。
「どうしたの?」
「リラに縁談の打診が来たんだ」
(改まって言うなんて、断れない相手って事?)
社交界デビューをしてからというもの、我が家には多くの縁談が舞い込んできていた。
変な目を持ってしまって、誰かと結婚できるとは思えなかった。
だけど、貴族令嬢に生まれたからには、政略結婚も覚悟しなければならない事もわかっていた。
それでも悪い色を持っている人とは結婚できないとお父様に頼み込んだ。
幸いにして社交界には病弱で通っているため、格上の相手であろうと断り文句には困らない。
お父様も今では私の特殊な目のことを良く理解してくれているから、無理に結婚しなくて良いと言ってくれていた。
一応、縁談が来た家については夕食の席等で『今日はどこどこの家から縁談が来たけど、全部断っていいね?』と軽い感じで聞かれていた。
貴族の家名は情報として知っていても、そこの御子息がどんな顔なのかもよく分からないし、お父様も言ってくれているので、甘えて全て断ってもらっていた。
そのおかげで、もう二十二歳。
この国の貴族令嬢の結婚適齢期は十八〜二十二歳と言われているので、焦らなければいけない年齢だろう。
今まではたくさん来ていた縁談も減ってきている。
父からの報告の回数が減ってきているのでそれは私にも分かる。いつまでも子供ではいられなくなってきた。
お父様のいつにない真剣な様子は、だからだろうか?
今までは私の気持ちを尊重してくれていたけど、いよいよ嫁ぎ遅れになりそうだから縁談をまとめようとしているのかもしれない。
それならそれで、覚悟を決めるしかない。
クローデル公爵家に縁談の申し込みをして欲しいと冗談めかしてお父様に言った事もあったけど、私と彼では何の接点もないし、あんなに見つめても目が合わない位だから、本気で申し込む勇気はなかった。
それに、女性側から申し込むなら面識のある相手というのがセオリーらしいし、お父様も動いてくれる様子はなかった。
(ついに、結婚か……。縁談の打診なんて、回りくどい事をする人なのね。だけど、顔と名前が一致しないのにいきなり申し込みをしてくる人よりは、私の事を考えてくれている人なのかも)
「お父様はお話を纏めたいのね?」
「決めるのはリラだよ」
縁談の申し込みと思われる書状を差し出された。
自分の目で見て相手を確かめろという事なのだろうか?
勿体ぶるのは何故?
声に出して言うのが憚られる程の相手?となると相手は王族?
だけど、身分差を考えると、王族からたかが伯爵家の娘に縁談が来るとは思えない。
疑問に思いながらも、お父様から書状を受け取る。
書状に目を通すと同時に、あまりにも信じられない相手に目が見開かれていく。
何度も何度も同じ個所を繰り返し読んだ。
このお話のお相手が見間違いではない事を、何度も確かめなければ信じられなかった。
十回は読み返して、書かれていることに間違いがないと漸く飲み込めたら、勢いよく立ち上がった。
そして、書状を胸に抱いて、何度も頷く。
「私!お受けします!!」
「わかったから、落ち着いて。座りなさい」
目に涙を浮かべて宣言した私を見て、お父様は少し寂しそうに笑った。
お母様が私の横に移動してきて、肩を抱きながら「良かったわね」と喜んでくれた。
この数年の間に、お母様だけでなくお父様にも私の気持ちはバレてしまっていたのだ。
お父様にはすぐに了承の返事を送ってもらうようにお願いした。
「もしも、のんびりしている間に気が変わったり、我が家より格上の家から先方に縁談が舞い込んだりしたら大変じゃない!お願い、お父様!急いで!早く!早くお返事を!」
そう訴えて催促すると苦笑いしながらも、「わかった。すぐに返事するよ」と言ってくれた。
一方的に見ているばかりだったのに、まさか縁談の申し込みが来るなんて夢みたい。
現実感がないまま私室に戻ったら、夢ではない事を確かめるようにすぐに侍女に報告した。
「聞いて!ヴァレリオ様から縁談の申し込みが来たの!嘘みたいでしょう?でも本当なの!」
「まぁ!公爵様から!?それは、本当に良かったですね」
「うん!本当に夢みたい!あぁ……早くお会いしたい」
「ふふふ。楽しみでございますね」
「うん!お顔はちょっと恐め?だって噂されているみたいなんだけど、とーっても優しく深みのある色を纏っている方なの!見ているだけで温かな気持ちになるんだもの、絶対に素敵な人だと思うの!」
侍女はヴァレリオについて、何度も何度もリラから聞かされていた。
――母親が乳母をしていた関係で、私も十五歳から専属侍女としてお側に居させていただいているお嬢様。
人には見えないものが視えることで、他人と関わるのを恐れて避けてきたこのお嬢様が、ここまで言う程の相手だ。
見た目なんて関係なく、きっとお嬢様を幸せにして下さるお方なのだろう。
世間では『凶悪騎士団長』と呼ばれているらしいと使用人仲間から聞いたことがあるが、お嬢様は「ちょっと恐め?」としか感じていないようなので、逆に興味がある。
と、侍女は思った。
こうして、サランジェ伯爵家の両親や使用人にはリラによってヴァレリオの素晴らしさが伝わっていた。
両親はもとより、天真爛漫で使用人からも愛されているリラが年に一度の夜会から帰ると嬉しそうに『今年も素敵だった。職務に忠実でね、凛々しくてね。まるで軍神みたいに格好良いの!』と語る相手だ。
自然とサランジェ伯爵家の使用人たちからヴァレリオへの好感度も期待値も高まる。
果たして、何も知らずにやって来たヴァレリオは使用人含めサランジェ伯爵家一同から大歓迎で迎えられるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます