第39話 夜の走り方
もしも全力を尽くして、すべてを賭けてそれでもダメだったら……。
きっとなにかに挑戦する時に誰もが思うことで、人生が有限である以上結果的に何も残らなくたってそこにかけた時間も労力も戻っては来ない。
ましてや、来途はそれを経験している。結果はいつまでも伴わなくてまだ次はまだ大丈夫もしかしたらきっと……そんな風に耐え続けて遂に心が折れてしまった。
だけど夢は残酷で、もうダメだと思っても自分に無理だと思ってもじゃあいいか、なんて切り替えられる人は少ない。来途もまた心が折れて投稿をやめても続きを書き続けていた。
来途がもう一度走り出す為の答えは……。
「……どうしようか。わからないや。」
「……は?」
来途が呆気にとられてこちらを見ている。
でも、本当にわからないんだ。そうとしか言いようがない。
「別にふざけてるわけじゃないよ。でも本当にわからないんだ。今は走ることしか考えられないし走った先に何があるかわからない。走り終わった時にどう感じてるかもわからない。」
来途は複雑そうな顔をして黙り込む。来途も本心ではとっくに分かっているんだ。この問いに答えがないことも意味がないことも。
「だけどひとつだけわかることはあるよ。」
「わかること?」
「ああ。例え走ったその先に何もなかったとしても、俺はまた走り始める。どんなに打ちのめされても無理だと思っても走らずにはいられないからまた走る。来途もそうなんじゃないかな。」
東の空を見ると僅かに夜が迫っていた。夜は長く、暗く、寂しい。
「いつも見ていた日が暮れて、永遠に続くと思っていた太陽は追いかけるうちに見失って夜が来た。」
これは自分の話。今も続いている長い夜の始まりの話。
「夜はこわくて何も見えなくて、それでも走って走って走り続けて、やっと大きな星を見つけた。俺を朝まで導いてくれる星を。それからすぐそばにもうひとつ、ふたつ……星を見つけた。」
この星を辿れば夜明けまで辿り着ける気がする。いつか見失った太陽にまた届くかも。
「来途、一緒に行こう。もしも走った先に何もなくても何もなかったなって笑ってまた別のところへ走り出そう。星は夜空で孤独でも繋げばひとつの星座になる。この夜空に星座を描いて夜明けを目指そう。」
寝転がっていた体を起こして来途に手を伸ばす。来途は少しの間こちらを黙って見ていたけど体を起こして手を伸ばした。
「俺を見つけたのはお前だ、夕輝。だからお前に任せるよ。」
そう言って来途と力強く握手を交わした。
気がつくと明音と紡ちゃんも屋上へ出てきていた。夕暮れの屋上で4人で手を繋いで星座を描いた。
夜は長く暗いから日暮れ前に僕ら手を取ろう。一人なら迷う道もみんながいるならこわくない。
*****
自分から生徒にハッパをかけた手前、すきにしろとは言ったものの放置できるはずもなく心配になり様子を見に来たが暮橋と物部は自分たちのやり方でうまくやったようだ。ホッと胸を撫で下ろす。
子供だなんだと思っていても大人の固い頭で想像しているよりもずっと自由に学び、考え、驚くほど早く子供たちは成長していく。そのことを教師になってから幾度となく思い知らされた。子供とは思っているよりずっと複雑に考えながら生きている。
それにしてもやはり自分には音楽と子供に縁があるのかもしれない。かつての二人の教え子の顔を思い出す。
あの二人のうち片方はこの学校に通っている。ちょうど学年も同じだ。もしも暮橋たちが音楽で何がするつもりならもしかしたら今日みたいに……、などと都合のいい妄想をしてすぐさま否定する。
教師が生徒に自分の不始末を頼ってどうする。それにもう過ぎた話だ。これはもうあの二人の中では終わった話で俺の個人的な未練でしかない。四十も近づいていまだに5年近く前の出来事を引きずっている。
「そういえば最近会ってないかもなぁ……。」
まだ小学生相手にスクールで音楽を教えていた頃の生徒の顔を浮かべながら屋上前を後にした。
*****
「それで、これからはどうするつもりなんだ?」
屋上を後にして4人で階段を下る道中で来途に尋ねられる。どう、とはつまり次の計画についてだ。最終目標がブルームアウェイであり、今年の目標は文化祭のステージということは来途も知っている。
というか、実をいうとそれ以上のことは誰も知らない。来途のことに手一杯でそこに至るまでの道程はほとんど何も決まっていなかった。
「うーん、どうしようかな……。顔を隠して活動して明音の歌でっていう趣旨は決まってるんだけど。」
「それならバンドはどう、かな?」
後ろを歩いていた紡ちゃんの言葉につい顔が強ばる。
「え、えっと……いや、でもメンバーとか揃わないんじゃないかな?みんな楽器弾けないでしょ。」
紡ちゃんの提案をもっともらしく却下する。いずれ上る話題だとは思っていたから否定する理由はあらかじめ考えていた。他にもバンドを却下するための理由を出そうとしたところで明音がウズウズしながら声をあげた。
「あのね、ずっと言ってなかったんだけど……ギター、練習してるんだ私……!!」
明音が、ギター?聞いたこともない。どうしてそんなことに……?
訝しむ俺の視線に明音が照れくさそうに白状する。
「夕輝の家にさ、ギターあったでしょ?ほら、あれを見てなんか見たことあるな〜と思って考えてたらわかっちゃったんだ。あのギター、若葉ちゃんのギターに似てるんだよ。」
「若葉ちゃん?……もしかして、ブッシュ・ド・ノエルの?」
「そうだよ。私の憧れなの。」
来途の心当たりに明音は目を輝かせて肯定する。
「でも、買ったのは最近でしょ?だったらやっぱりバンドは難しいと思う。最近買ったくらいのレベルで本番を迎えるには時間がないし他の楽器が……」
「俺は賛成かな。この辺りの地域なら探せば2,3人くらい楽器できるやつは見つかりそうだし、焦らなくてもダメならダメで明音のソロに切り替えればいい。ゴールを考えればバンドの方が向いてると思わないか?」
バンド案を改めて却下しようとするけど来途に諭される。来途の言うことも一理ある。土地柄、探せばそういう可能性も十分にある。
でも、結論を出すには少し時間が必要だった。
「……少し、考えさせて。」
結局今日はそう言って3人と別れた。
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