悪役令嬢になったら騎士団長の息子に救われて愛されました

大井町 鶴

悪役令嬢になったら騎士団長の息子に救われて愛されました

氷の微笑を浮かべる公爵令嬢のレイアは、今や“悪役令嬢”と呼ばれていた。


肌の色は白く、入念な手入れをされた肌も髪も艶やかで美しい。髪の毛はハチミツみたいに金に輝いている。顔も小さく、クリっとした目が印象的な美人だった。


だが、口を開いた途端、皆、ガッカリする。


「気の利かないメイドね!早くお茶の用意ぐらいできないの!?」

「その汚らしい騎士!不快だから二度と私の前に現れないでちょうだい!」


彼女は、ほぼ文句しか言わない。心無い言葉を言われたメイドや騎士達、貴族達はレイアを避けるようになっていた。


といっても、この状況は最初からではない。


(なぜ、こんなことに.........)


レイアがうつむいていると、第二王子のシャンルがルプルを連れてやって来た。


「おい、レイア!ルプルをいじめているそうだな!」


レイアはシャンルの婚約者である。シャンルはルプルを可愛がっており、彼の愛人を虐めるレイアはいつの間にか悪役令嬢と呼ばれるようになったのだ。


「先日は、ルプルの頬を扇で叩いたらしいな!」

「...あまりに憎々しかったので」


言いながらレイアは顔を歪める。


シャンルの腕に抱きついたルプルは震えながら涙を流していた。


「私、レイア様が恐ろしくたまりませんわ」

「大丈夫だ。ルプルのことは僕が守るから。 レイアは以前から腹黒いところがあると思っていたんだ。いつも僕がすることを咎めるように見ていて..........。皆の前ではうまく装っていたようだが、ルプルが現れたことでやっと本性を出したのさ」


(私のことをそんなふうに思っていたなんて.......)


レイアはいつも優しいと思っていたシャンルの言葉に愕然とした。レイアはシャンルを心から愛していた。


..........半年前にルプルが現れてから状況がおかしくなった。


隣国からキレイな令嬢が留学してきたと当時、話題になっていて、レイアもルプルを始めて見た時になんてキレイな令嬢だと思った。


何故かルプルは、シャンルとレイアの前に姿を多く現すようになり、シャンルに接触を図ってきた。最初はシャンルも“あの子、おかしな子だね”といって相手にしなかったのに、ある時からシャンルはルプルに構うようになった。


シャンルがルプルに構うようになりレイアの言動がヒドイものになると、皆、レイアがルプルに嫉妬しているのだろうと思うようになった。


だが、違う。ルプルは奇妙な妖術を使った。


レイアはルプルに呪いを掛けられていたのだった。


レイアはある日、ルプルに“シャンル様のことで話がある”と言われて城の一角に設けられている留学生用の部屋に呼び出された。


レイアはシャンルにまとわりつくルプルを注意しようと思っていたのもあり、ルプルの部屋を訪れた。


今、思えば婚約者の自分がルプルの部屋に行くのではなく、呼び出すべきだったと後悔している。人目があれば、にはならなかった。


レイアが、ルプルの部屋に入ると突然、ルプルは妖術らしき技でレイアの身体を拘束した。動けなくなったレイアはそのままソファに押し倒される。


「どこがいいかしら?見つかりにくいところがいいわよねぇ~」


ルプルはレイアの身体を舐め回すように見た。遠慮なく胸元のドレスの布を引っ張り、胸をのぞく。


「あんた、そこまで胸が大きいわけじゃないし胸元じゃ隠せなさそうね。じゃ、下かなぁ」


ルプルが狙いを定めたのはレイアの脚の付け根だった。


(な、何をするの!)


必死に声を出そうとするが妖術のせいで全く声も出ない。ルプルはレイアのスカートをまくりあげると、脚の付け根脇に指をかざして円を描いた。


チリチリと焼けるような激痛が走ったかと思うと、脚の付け根わきにドス黒い百合の印が浮かんでいた。


「これはね、あんたが乱暴な言葉を言ったり行動しかできなくなる呪い。あの王子、魅了対策されていて全くアタシに関心を持たないんだもの。だから、作戦変更。あんたが自滅すればいいんだわ」


呪いを掛けられたと知って、レイアは焦った。


(ルプルは魔女!シャンル様が危ない!)


「あ、ちなみにこの呪いはね、誰にも伝えられないから。アタシにつながることももちろん言えない。言おうとすれば身体に激痛が走る。……シャンル、イケメンよねぇ? アタシも長く生きてるけどさ、久しぶりにいい男で欲しいからあんたは邪魔」


一方的にルプルが話すと、レイアを部屋から放り出した。拘束は解かれている。


(このままではシャンル様が危ない!)


すぐに事情を説明しようとシャンルの部屋に訪れたが、口を開くとルプルの悪口や目に入る人の悪口ばかり。困惑したシャンルは、レイアの体調が悪いのだろうと心配してくれたが、幾日もそんなことが続くと、温和なシャンルも次第にレイアに冷たくなっていった。


「.....聞いていれば、君は口汚く何の罪もないルプルを罵ってばかり!ルプルが可哀そうじゃないか!今後一切、僕とルプルの前に顔を見せるな!その顔を見るだけで不快だ!」


愛していたシャンルに嫌われ、レイアはひどく悲しんだ。あまりに辛くてレイアは教会で祈ることが日課になった。


呪いのことを話したいが誰にも伝えられない。百合の印を両親に見せようとしてドレスの裾をまくり上げようとしたが、“はしたない!”と奇人扱いをされた。口を開けば、罵る言葉ばかりだったのも状況を悪くさせていた。呪いは文字を書くことにも影響を与えていてどうしようもなかった。


レイアは、生きることが辛くて仕方なくなっていた。


教会通いをするレイアを知る人は、悪態をつくくせに何を祈るのだ、と蔑んだ。レイアは独りぼっちになっていた。


.......そんなある日、レイアは教会でひざまずき、一心に祈っていた。すると、珍しく一人の男性に声を掛けられた。最近はレイアに声を掛ける者などいなかったからレイアは驚いた。


「涙が……これを使って下さい」


見ると、騎士団長の息子のライブであった。ライブは侯爵の嫡男で恵まれた体躯に、優れた剣術が評判の子息である。やがて騎士団長を引き継ぐだろうといわれていた。見目も良かったから若い令嬢から相当人気がある人物だった。


レイアは直接、ライブと言葉を交わしたことは無かったが、シャンルの良い臣下になるだろうと思っていた。


レイアは声を出そうとすると悪態をついてしまうので、頭を下げハンカチを受け取る。久しぶりに優しくされてさらに涙が出た。


「大丈夫ですか?その、普段のあなたとは様子があまりに違うから声を掛けてしまいました」


(この人も私を悪く思っているのね......無理もないわ)


レイアが顔をうつむかせると、ライブはためらうように言った。


「ルプル令嬢が現れる前はあなたは心優しい人であったはずです。彼女が憎いのは分かりますが、横暴な振る舞いをすれば皆、あなたから離れていきます。憎しみで自暴自棄にならないで下さい」


(私は......!呪いに掛けられているだけなの!)


思わず顔を上げて本当のことを伝えようとするが、言葉を出そうとすると途端にノドが締め付けられて何も言葉が出てこなくなる。それでも呪いのことをどうにか伝えたいと、口をパクパクさせているレイアを見たライブは、レイアがノドが乾いて声が出せないと勘違いした。


「ノドが乾いて声が出せないのですか?水を持ってまいりましょうか?」


ライブは親切に言ってくれる。首を振ると、拒否されたと思ったライブは立ち上がった。


「......余計なことを言いました。話しかけてすみませんでした」


レイアは彼が去ってしまうと焦り、思わず彼の隊服の袖を掴んだ。


「どうしたんですか……? どこか体調が悪いのでしょうか?」


ライブは困惑した様子だったが、もう一度聞いてくれた。レイアは、この優しそうなライブなら自分の言いたいことを分かってくれるのではと、縋りつきたいような気分になった。


一瞬、ためらったが、レイアは思い切ってライブの腕を掴むと、教会の外へと連れて行く。


「レイア嬢?オレをどこへ連れて行こうというのです?」


掴んでいた腕を逆に掴まれて聞かれる。レイアは声が出せないということをどうにか伝えようと自分のノドを指で指し、両手でバツのジェスチャーをした。


「声が出ない……ということですか?」


うんうん!とレイアはうなずく。


「では急ぎお屋敷に戻り医師に診てもらわねば……」


屋敷に戻るのはダメだと、また胸の前でバツのジェスチャーをする。ここのところ悪態をつくようになってから屋敷に帰るなり、お説教タイムが始まるのだ。帰るわけにはいかなかった。


「戻るのはダメ、なのですか?」


うんうん。またレイアはうなずく。


「……では、オレの屋敷にお連れしましょうか?」


王子の婚約者としてそれはさすがにマズイと思い、またバツのジェスチャーをする。


「.....その、もしかして人に聞かれたり、見られたりしたらマズイということでしょうか?」


うんうん!とレイアがうなずいた。


「やはりそうですか! では、ここでゆっくりとしているのもマズイわけですよね?とりあえず馬車に乗りましょう」


ライブはレイアの乗って来た馬車を帰らせると、自分の馬車にレイアを乗せた。御者に何事か告げて街はずれへの方面へと馬車を走らせる。馬車は街を抜けて小高い丘へと進んでいるようだった。


「声が出せないとなると筆談はどうですか?」


ライブは軍服の内ポケットからメモと鉛筆を取り出して差し出した。直接的な言葉でなければ文字は書けるのは分かっている。レイアは鉛筆を握るとメモに簡潔に書いた。


≪悪役令嬢は自分の意思ではありません≫


ギリギリの言葉だ。これ以上踏み込んだ内容を書くと、全身を刺されたような激痛がするのだ。


「え……それはどういうことですか!?まさか誰かに呪われているとか……?」


“呪い”という言葉を聞いた途端、レイアの身体は激しい痛みに襲われた。あまりの痛みにレイアは両手で身体を包むようにしてうずくまると馬車の床に崩れ落ちた……。


「レイア嬢!?」


意識が遠のきながらも必死に自分の名を呼ぶライブの声が耳に残る。


……気付くとレイアは見慣れない部屋のベッドで寝ていた。


「大丈夫ですか?」


すぐ側で様子を見守っていたライブに声を掛けられる。


「あなたは突然、意識を失ってしまったんです。慌てて近くの宿にあなたを連れて来て寝かせていたのだが……調子はどうでしょう?」


(私が目覚めるまで、ずっと側で見守ってくれていたの……?)


レイアが倒れて数時間が経っていたのか、太陽が西に傾いている。


レイアはライブが誠実な人物であると見込み、呪いについて打ち明ける決意をした。


(彼に……彼にどうにかして呪いのことを気付いて欲しい)


レイアは半身を起こすと、ライブに向き直って布団をまくる。


「もう起きるつもりですか?医者を呼んでこようかと考えていたのですが……って、何をしているのです!?」


レイアは自分のドレスの裾を掴むと大胆にまくり上げていた。とても恥ずかしいが、呪いの印を見せねば理解してもらえない。


「あ、あの!オレはシャンル様に仕える身でありまして、あなたと決してそのような関係になるわけには……!!」


ライブは勘違いしていた。


無理もないとレイアは思う。だけど、どうにかして印を見せねばとレイアも必死だった。


レイアは部屋を出て行こうとするライブの腕を掴んで、誘惑しているのではないという意味を込めて首を振る。


ライブは何とか意味を読み取ろうとしてくれるが、レイアの意図がよく分からないらしい。


レイアはライブの腕を掴んだまま、もう一度、ドレスの裾を太ももまでまくり上げた。ライブは顔を背ける。


「おやめください!いくらシャンル様がほかの令嬢に夢中だからと言ってオレを誘惑するなど……!」


(この方、本当にとても良い人だわ。ずる賢い人ならばチャンスだと思って、抱きついてくるかもしれないもの.......)


レイアはライブの腕を引っ張り、自分の方に顔を向けさせると、空いている方の手で自分の脚の付け根を指さした。


ライブは真っ赤な顔をしていて顔を背けようとする。レイアの脚はガーターベルトも丸見えで、レイア自身も卒倒しそうなほど恥ずかしい。


「レイア嬢!オレとて男なのです!いつまでも理性が持つわけじゃありません!」


混乱しているライブはレイアの方を見ようとしない。


レイアが涙目で、必死に脚の付け根の印の方を指し続けると、ようやくこの異常な状態をおかしいと感じたようだった。アワアワと色々と言っていたライブが静かになる。


レイアはライブが落ち着くと、ベッドに腰掛けて印が見えるように脚を開いた。羞恥のあまり気を失いそうになるが、仕方がない。


ライブも顔を真っ赤にさせたままだったが、レイアの指さす部分を見ると、顔色をサッと青くした。


「これは.......!本で見たことがある、の......」


ライブがうっかり“呪い”と言いかけるとレイアが苦しみ出したので、ライブは口を閉じた。


「……これは先ほどあなたが“悪役令嬢は自分の意思じゃない”ということとつながることですね?」


レイアはようやくライブが分かってくれたのだと、涙ぐみながらうなずいた。


「ヒドイ勘違いをしてしまい……その、申し訳ありませんでした」


気にしないで、というようにレイアは首を振った。


「あなたがそれのせいで全く異なる発言をしていたということで良いのでしょうか?」


レイアはうなずく。


「そして……このことは誰にも言えない、ということですよね?」


レイアは力強くうなずいた。


(ライブ様は私のことを理解してくれた.......!)


レイアは嬉しくて涙を流し続けた。


涙するレイアを見たライブは、レイアがずっと苦しんでいたのだと知ると、どうにかしてあげたいと思った。


ライブはひとまずレイアを屋敷まで送り届けると、レイアの家族には体調を崩したらしいので送って来たと伝えた。家族はライブは送り届けてきたことに驚いたようだが、シャンルの側近でもあったので、特に問い詰めることもしなかった。


ライブはそのまま王宮へと急いだ。まずは、今起きている事態を王に報告するつもりだった。


王宮に着くと、ルプルの肩を抱いて庭を歩いているシャンルを見かけて苦々しい思いになる。


(レイア嬢は呪いを掛けられて苦しんでいるというのに........)


ライブは、ルプルと楽しそうに話しながら庭を歩くシャンルに腹を立てた。


ルプルが現れてからレイアの態度が変わったところを見ると、ルプルが怪しいと見て間違いないだろうと、ライブは考える。


(自分の婚約者が急におかしくなったら不思議に思うのが普通だ。なのに、なぜ楽しそうにしているのだ?)


もしかしたら、シャンルもおかしな妖術を掛けられているのかもしれない。一刻も王に知らさねばならなかった。


ライブは王に急ぎ面会を求めると、王はすぐに会ってくれた。王はライブを気に入っていた。


「一体どうした?」

「陛下、どうか人払いをお願い致します」

「お前が慌てるとは相当、急ぎらしいな」


ライブは王と2人になると、公爵令嬢のレイアと教会で会ったことから細かく話した。途中で倒れ、レイアから呪いの印を見せられたと伝えた時には、印の場所が場所だけに冷や汗をかいたのだが..........。ルプル嬢が怪しいということも告げる。


「何と......!レイアの脚の付け根に呪いの印だと?」

「はい。犯人はわざと人の目に触れないような場所を選んで印をつけたのです」

「なぜ、シャンルには見せずにお前に見せたのだ?」

「........シャンル様はいつもルプル嬢といます。シャンル様に知らせるチャンスが無かったのでしょう」

「ううむ。最近、シャンルとレイアはうまくいっていないようだとは思っていたが、まさか呪いによる影響だったとは。分かった。急ぎルプルという娘の正体を調べさせよう」


王は直ちにルプルのことを調べさせた。留学する前にいたという国にルプルのことを問い合わせると“そんな令嬢は”いないと返された。留学の発効手続きをした人物は発行手続きをしたことさえ覚えていなかった。


レイアの元へは女医をやり、容態を診るといって脚の印を確認させた。百合の印は大昔、王族に呪いをかけた際に現れた印として記録に残されていたので、印があることが分かると王はレイアが呪いにかけられていると断定した。


「ルプルという女は恐らく魔女だ。シャンルを狙うとは......許さん!」


王は魔女を誅殺するために、滅し方も徹底して調べさせた。ライブはレイアの様子を案じながら事態を見守ったのだった。


........そして、今、王の間では物々しい雰囲気に包まれている。


シャンル、ルプル、レイア、ライブが呼び出され、その他にも多くの貴族達が呼ばれていた。レイアやライブの両親もいた。


王が王座から立つとシャンルに聞いた。


「シャンルよ、お前の愛する者は誰だ?」

「それはもちろん、ルプルです」

「お前の妃となる者はレイアではないのか?」

「間違ってもそのようなことはありません!」


シャンルの言葉は予想通りだったが、改めて言われるとレイアの胸は抉られた。


「ルプル、お前は隣国からの留学生だといったな。だが、隣国に問い合わせたところ、お前のことを知る者は誰もいなかった」


広間にざわめきが起きた。


「そ、それは勘違いでしょう」

「勘違いではない。お前は妖術を使って思い違いを皆にさせたのだ」


王の“妖術”という言葉に広間はいよいよ大騒ぎになった。シャンルは王の言葉に驚いている。


「シャンルの様子を見るに、お前は妖術にはかかってはいるわけではない。お前は自分の意思でルプルといたのだな」


王は力なく言うと、玉座に座り込んだ。


「魔女よ、シャンルの心を手に入れて満足したか?」

「私は魔女ではありません! シャンル様、王はどうされたのでしょう?」

「父上はきっと考え違いをしてらっしゃるんだ。父上こそどうされたのです......!」


王はタメ息をつくと、ライブに手を振り、合図をした。


ライブはルプルの前に出るといきなり剣を振りかざした。


ライブの剣攻撃をまともにくらったルプルは倒れる。隣にいたシャンルは腰を抜かして床に座り込んだ。


切られたはずのルプルからは血は一切出ずに黒いモヤが立ち上がる。その様子に皆はやっとルプルが人ではない者と認識したようだった。


「おのれ...........!いきなり剣を振り下ろすとは! 私の姿が維持できなくなったでは無いか!恥をかかせおって......!!」


シワシワの肌になり白髪の老婆の姿になり果てたルプルはおぞましい声を出した。座り込んでいるシャンルは恐ろしさに床を這って逃げる。


「シャンル!どこへ行く! お前は私のものだ。大人しくしていろ!」


魔女はシャンルの首元を掴むと自分の側に引き寄せた。シャンルは失禁し、白目を向いて気を失ってしまった。


(王子が側にいると攻撃できないぞ)


ライブは焦る。王がサッと手を挙げると、王宮魔術士達が前にズラリと並んだ。魔女に向けて攻撃呪文を唱える。


「バカだねぇ。魔女の私に魔法で叶うワケないだろ」


魔女は手を挙げると攻撃呪文を一瞬でかき消してしまった。


魔術師達は攻撃が効かないとなると、王を守ろうとシールドを張り始める。


魔女はつまらなそうに、シールドも一瞬でかき消してしまった。


「諦めな。王子はもらっていく。それでこの私にしたことは許してやろう」


魔女は気を失って倒れたシャンルを指先で引っ掛けるように持ち上げるとニヤリと笑う。


「失禁して倒れるなんて仕方がない子だねぇ。連れ帰ったら記憶を操作してやる。私もシャンルの前では可愛いルプルでいなくちゃいけないしね」


魔女はシャンルの顔を見るとウットリとする。どうもシャンルの見た目をかなり気に入っているようだった。


ライブは魔女がシャンルの顔にウットリとしてる隙をついて、魔女の前に飛び出し大きく跳躍した。


「お前に魔法が効かなくても、物理攻撃に弱いことは分かっている!」


魔女を右肩から斜めに大きく切り下げた。


先ほど切りつけた時は手ごたえが無かったが、今度はしっかりと肉を断つ感覚があった。赤黒い血があたりに飛び散る。


魔女はシャンルを放り投げ、その場に倒れた。またもや黒いモヤが立ち上る。モヤが全て消えた時には赤黒い飛び散った血もキレイに消えていた。


すぐに、兵士達が倒れているシャンルに近寄る。シャンルは兵士達が呼びかける声に意識を取り戻すと、茫然としていた。王の命により、シャンルはそのまま自室へと連れて行かれる。


王はレイアとライブ、各々の家族に残るように言うと、貴族達を下がらせた。


「レイア、もう普通に話せるだろうか?」


口を開いた瞬間に意思に反して暴言を吐いていたレイアは声を出すことに慎重になる。万が一、王に失礼な言葉を吐いてしまったらと、怖くて声を出せないでいた。


「心配ならばまずはオレに話してみてくれ」


ライブが言ってくれたので、レイアはライブを見ながら礼を述べようと口を開いてみる。


「ライブ様、色々とありがとうございました.......あぁ、普通に話せます!」


普通に話せるようになりレイアが涙を流す。


「元に戻って良かったの」

「王様、心配をおかけして申し訳ございませんでした。数多くの無礼もどうかお許し下さいませ」


レイアが深々と頭を下げると、レイアの両親が声を掛けてきた。


「レイア.......すまなかった!お前が呪われていたとは......」


何度も“呪い”について伝えようとしたのに、分かろうともしてくれなかった両親の調子の良さを責めたい気持ちもあったが、呪いにかかっていた自分の言動はひどかったから仕方がないと、レイアは割り切ることにする。


「ご心配おかけしました。 でも、これからは私の意見をきちんと聞いてくださいませ」

「ああ、聞こうとも!」


(もう、お父様ったら本当に調子が良いのだから....)


そんなことを思っていると、着替えを済ませたシャンルが急いでやってきた。


「レイア! 僕は洗脳されていたんだ!許してくれ......!」


シャンルがレイアの手を握る。握られた手が痛い。レイアはシャンルの手を静かに振り解いた。


「レイア!何故、僕の手を放すんだ!あの魔女に嫉妬していたからか!? 思い出してくれ!僕達は愛し合っていたじゃないか!」


グイグイ、寄って来るシャンルにレイアは引いていた。


「........シャンル様、私は確かにあなたを心から愛していました。ですが、今回のことで思わずあなたの本心を知りました。私はシャンル様の側にいるべき者ではありません」

「そんなことを言わないでくれ!」


シャンルの頭は悪くない。むしろ優秀だ。優秀だからルプルが魔女であったことが分かると、公爵令嬢であるレイアを失うリスクについて冷静に考えたようだ。


婚約者として必死に留まらせようとする姿は見苦しかった。王が口を開く。


「お前は、レイアの呪いに気付くことは無かった。だが、そこにいるライブは呪いかけられていることに気付いたぞ。ライブが気付かねば、レイアは一生呪われたままであっただろう。お前の罪は重い」

「そんな、父上!ルプルにレイアが悪者だと信じ込まされていたのです!」

「だとしても、自分で真偽を確かめるべきだ。お前は将来、国と率いていく立場にあるのに、表面しか物事を見ようとしないのは非常に問題だ。.......私はお前に大きく失望している。お前はしばらく北の塔で謹慎しろ」


王の言葉を聞いたシャンルは、大きく取り乱した。今まで優秀で品行方正な王子としてやってきた分、王の厳しい言葉は堪えたようだ。


暴言を吐いて王の間を出て行くシャンルをレイアは冷めた気持ちで見ていた。


(あれほど恋焦がれていた人だったのに...........)


「.....さて、レイアよ。息子が迷惑をかけた。すまない」

「いえ、もったいないお言葉です。私は陛下の賢明なご判断により元の自分を取り戻すことができました」

「いや、ライブに感謝するべきだ。ライブが呪いのことを知らせてくれたのだからな」


王に言われてレイアはライブを見る。ライブもレイアを見ていた。


「レイア嬢.......本当に良かった」

「ライブ様、あなたにはどうお礼を申し上げたら良いか........」


王は見つめ合う2人の姿に愛情が芽生えているのを感じ取ると、シャンルとはどうしたものかと考えていた。


「陛下にお願いがあります!」


突然、ライブが王に向かってひざまずく。


「何だ?突然」

「その......レイア嬢は殿下の婚約者ではありますが、どうか私にもレイア嬢に結婚を申し込む資格を与えては頂けないでしょうか?」

「..........構わん。もうシャンルとレイアはうまくいかぬであろうと思っていたところだ」

「ありがとうございます!」


ライブは王に深く頭を下げた。あまりに長い礼に王が手を振ると、側にいた騎士がライブの頭を上げさせる。


ライブは改めてレイアの前でひざまずくと、レイアは口元に手を当てた。


「レイア嬢、良かったらオレの妻になって頂けないでしょうか?」

「.......はい」


王は優秀なレイアがシャンルではないライブと結ばれることに残念な気持ちにはなったが、若い2人の幸せそうな顔を見ると温かい気持ちになった。


レイアの両親はシャンル王子ではなく、侯爵令息との結婚に思うところがあったようだが、娘を救ってくれた恩もあるので特に何も言わなかった。


..........求婚した日の翌日、さっそくレイアとライブは馬車でデートに出掛けていた。


「ライブ様がいなければ、私は生きるのが辛くて自ら命を絶っていたかもしれません。本当にありがとうございました」

「命を絶とうなどとは.......二度とそんなことを言わないで下さい。あなたがオレを信じてくれたからオレは呪いに気付けたんです」

「ライブ様は、信じられる方だと思いましたから」

「そんなに簡単に人を信じてはいけませんよ。オレだったから良かったものの..........ところで、呪いの印はきちんと消えましたか?」

「ご覧になります.......?」


馬車の中は2人きりだ。レイアはドレスの裾をそっと持ち上げる。


途端に、ライブは真っ赤になってドレスの裾を持ち上げようとするレイアを止めようと、手をブンブンと勢いよく振った。


「それは! そこまでは!」

「ふふ......冗談ですわ」


レイアがイタズラっぽく言うと、焦っていたライブは口を尖らす。


「そ、そういう心臓に悪い冗談はやめてください......!最初に印を見た時だって、オレはどうにかなりそうだったんですから.....!」

「しっかりと勘違いされていましたよね? 私もとても恥ずかしかったです」


クスリとレイアが笑うと、ライブは恥ずかしさからそっぽを向いた。


「あれは......勘違いしても仕方ない状況で.......」

「心配なさらないでも分かっていますから大丈夫です。 結婚したら、じっくりと確認していただこうと思っておりますから......」

「.......!!」


レイアがそっとライブの手を握ると、ライブの赤い顔がさらに真っ赤になる。


慌てふためくライブの肩に、レイアはそっと頭を乗せた。


「これから宜しくお願いします。未来の旦那様」


レイアがライブに甘えるように言うと、ライブはレイアに優しくキスしたのだった。

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