お姫様になれない私たち 番外編&SS集

青月クロエ

第1話 今宵の月のせい①

 ※時系列は第五章~第六章の間。ミアが謹慎処分受けている頃の話。

 ※一話早々、性的描写匂わせています。





 部屋の奥、大窓を背に、ノーマンは執務机に両肘つきつつ、にこにこと耳を疑う発言を繰り出した。


「単刀直入に伝えるねっ。吸血鬼の刑務所に収監中の……、えっと、なんだっけ。ああ、そうだ!マリウスって吸血鬼との面会に応じて欲しいんだねぇ」

「どうしてぇ?何のためにぃ?」


 どれだけ説明不足であっても、ノーマンの命令には「はいヤー」の返事以外許されない。それに、その時は訳がわからなくとも、あとできちんと説明してくれるし、内容も納得できるものばかりなので、素直に首肯できる。そう、普段であれば。


「あっ、やっぱり納得できない?」

「うーん、理由次第、かなぁ?」

「そっかー、そうだよねぇー。いくらロザリンドが組織うちの子の中で素直な部類でも、今回ばっかは説明欲しいよねぇー」


 だよねぇー、やっぱりねぇー、ともったいつけるように、ひとしきり何度もつぶやくと、ノーマンは少し真面目な顔でロザーナに向き合い、以下の言葉を続けた。



『ロザリンド・ヴァイデンフェラーとの面会を望む。拒否するなら、メルセデス邸及び関連する事件への証言を黙秘する……、だってさ』

『僕個人としてはね、彼は言う程大した証言できないと思うんだよねぇ。でも警察はそう言う訳にもいかないしさーあ』

『ロザリンドには精神的負担めちゃくちゃかけるから、ほんっと申し訳ないと思ってるよっ!ごめんねっっ!!』




 ……別に、伯爵グラーフには何の文句もないんだけどなぁ。



 心中の独白通り、結局、ロザーナは説明された理由に納得し、吸血鬼ばかりが収容される刑務所へ足を運んだ。うっすらと黴臭く、薄暗い廊下を二人の刑務官に挟まれる形で進み、面会室の前まで来た。


 ぞわっと、人知れず肌が小さく粟立つ。

 刑務官に悟られないよう、そっと右腕を左手で押さえていると、刑務官の手で扉が開かれる。


 四方すべてがつるりと無機質な室内、部屋の真ん中には服役囚と面会者を仕切る硝子板、パイプ椅子。その透明な板越しに、囚人服姿のマリウスが腕組みしながら、鷹揚にロザーナを待っていた。


「やあ、ひさしぶり!僕の愛しのロザリンド!!」


 白髪混じりのプラチナブロンドが古い白熱球の光で淡く輝く。皺やたるみが少し目立つも彫刻のような端正な顔立ちは変わっていない。

 芝居がかった動きで腕を大きく広げ、今にも立ち上がらんばかりのマリウスに、返事の代わりに無言の一瞥をくれる。


 ミアの血が洗脳を解くカギになるかもしれないと、秘密裏の実験で彼女の血を彼に与えたとは聞いていたが……、ロザーナにとっては良かったのか悪かったのか。否、正確な事情聴取を行うためには必要なこと。私情は挟むべきじゃない。


「ひさしぶり、ねぇ」

「ロザリンド、君はいつ見ても美しい。髪も銀髪に戻したんだね!黒髪も悪くなかったけど、元の銀髪の方が君本来の美しさを際立たせてくれる……」

「そんな話はどうでもいいから」


 斬り捨てるように話を遮る。

 自分でも驚くほど厳しい口調に、マリウスの秀麗な顔が歪む。


「どうでもよくないよね?せっかく僕が褒めてあげてるんだから、最後まで聴いてくれなきゃ。性急なのは嫌われるよ」


 席を立ち、今にも硝子越しに飛びかかりそうなマリウスの異変に、彼の背後に控える刑務官たちの制止の声が飛ぶ。それを忌々しげに睨むと、一旦息をつき、マリウスは再びパイプ椅子に腰を下ろした。


「言葉には充分気をつけなよ。せっかくの美人なのに、生意気だと魅力半減だ」

「……ご忠告ありがとー。ところで、あたしへの用件ってなにかしらぁ」

「用件?そんなのないよ?ただ君と他愛もないおしゃべりでもしたかったんだ」


 ガタッ!と、わざと大きな音を立て、席を立つ。

 ノーマンには悪いけれど、正直やっていられない。


「ごめんねごめんねぇ。あたし、こう見えて結構忙しいしぃ、興味ない人と無駄なおしゃべりするの、あんまり好きじゃないのぉ」

「ロザリンド!!」

「刑務官のみなさんも忙しいのにごめんなさいねぇー」

「興味ない?そんな訳ないだろう?僕と君とはあんなに愛し合った仲じゃないか!!君の初めてを何もかも僕に捧げてくれたじゃないか!覚えているだろう?!君はあんなに積極的に動いてくれただろ……」


 そのまま無視しておけばよかったのに。

 身体は勝手にガラス板を割れそうな勢いで殴っていた。

 刑務官が慌てふためき、ロザーナを取り押さえようとしてくる。


「この際はっきり言わせてもらうねぇ?あたしから捧げたんじゃなくて、無理矢理奪われただけ。あたしから色々したのはあなたとのアノ時間を少しでも早く終わらせたかっただけ。あなたとのアレで良かったことなんて一度も、一瞬たりともなかった。ひたすら痛くて気持ち悪くて不快だった。あなただけが悦にはいってることが一番気持ち悪かった。あなたはあたしを愛しているんじゃない。あたしを愛する自分を愛しているだけ」


 自分の声とは思えぬ低く、冷たい声が喉の奥から流れてくる。きっと表情も声と似たような冷徹な顔に違いない。

 取り押さえにかかった刑務官もロザーナに気圧され、触れるか触れないかの位置で手を止めている。


 止まってくれてよかった。

 でなければ、今の自分は触れるものすべて薙ぎ払いかねない。



「うーん、あたしったらダメねぇ。せーり前だからカリカリしちゃったのかしらぁ?」


 刑務所からの帰路を辿る道中、気分が落ち着いてくるなり深く反省する……、反省はするものの、もやもやは晴れない。


「よぉし!今日はパァッと一人飲みして元気出そ!」


 飲むと決めたら、一気に元気を取り戻していくあたり、我ながらゲンキンな性格である。

 しかし、この後、ロザーナの一人飲みがちょっとした騒動に発展するとは当人すらも予想だにしていなかった。

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