カクタとヨミヤの物語―ボクが書く理由―

藤堂こゆ

第1話 カクタとヨミヤ

総合病院のロビーは広々としている。

整然と並んだピンク色の薄っぺらいソファで会計を待ちながら、角田かくたは高い天井を仰いでため息をついた。


中学三年生、あるいは高校ゼロ年生の春休み。

病院の外には桜並木がある。


発作は確実に少なくなっている。

だがあともう少し、足りないのだ。


目を閉じるとまぜこぜになったたくさんの声が小波のように脳髄を浸す。


「お隣失礼」

右手から声をかけられて、角田は考える間もなく

「どうぞ」

と返事をしていた。してしまってから、はて、とそちらに目を向ける。

中学生にしては大人びていて、高校生にしてはまだがたいが足りない――自分と同じ年頃の少年が角田を見下ろしていた。

少年はにやりと笑って会釈すると角田の隣の席に腰を下ろした。


黒髪はさらさらしたストレートだが、浮かべた微笑みはどこか偏屈な性格を感じさせる。色素が薄いくせ毛気味の角田とは対照的だ。

ちらりと盗み見て、横顔が綺麗だなと思った。


「何か?」

しまった、気づかれたか。

「いえ、その、ボクと同じ年代で、一人で来てるのも珍しいなと思って」

角田はあわあわと両手を振って弁明する。書くのは得意だが話すのは苦手だ。

黒髪の少年はじろじろと角田を見ていたが、やがてふっと笑った。

「一人で来てるのはお前もじゃないか」


あっ、認定された。

心の中にぽっと灯がともる。

気安く話せる同年代だと認定されたような話し方だから。彼が発した「お前」という言葉には刺々しさが全くない。


「もうずっと通ってるから。キミもそうなの?」

言葉がするりと口から出てきた。

「ああ。ちょっと厄介な病気でな。……俺、夜宮よみやってんだ。お前は?」

「角田」

少年改め夜宮はまた偏屈そうに笑った。


『438番でお待ちの患者様』

マイク越しの受付嬢が時間切れを告げる。


角田はまたあわあわとして鞄をつかむ。

「また会おうな、角田」

そう言って微笑む夜宮に余裕なく頷いて、角田は早歩きで会計窓口に向かう。


会計を終えて振り向くと夜宮はまだ同じところに座っていて、目が合うと小さく手を振ってきた。

角田はぎこちなく笑って会釈をするとそそくさと病院を出ていった。


なぜか足取りが軽い。

爛漫に咲く桜が羨ましかった。

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