復元屋≠便利屋〜厄介な依頼は断りたいが報酬がいい〜
shintaco
金がない復元屋は便利屋かもしれない
第01話:復元屋OMOKAGEの来訪者
「つまり、アンタは、知らない記憶が突然見える…ってことですか?」
復元屋の店長であるシズはボサボサの髪を揺らし、インプラントが視界内に表示した問診内容を見つめ、静かに問いかけた。その声には、わずかな警戒心と冷静さが含まれていた。
この問いかけに、訪問者である金髪で端正な顔立ちを持つ女性、シャーロットは、消え入りそうに小さく返事をした。
「はい」
入り口近くには「【復元屋】OMOKAGE:あなたの大切な物、復元します」と書かれたブラックボードが立てかけられ、部屋の奥、カウンターテーブル越しに話している人影が2つ。
「うーん…そうですか」
この空間は、過去の時代を意識したレトロなデザインが施されており、壁面にはかつての地球文化を彷彿とさせるホログラフィックアートが投影されている。壁の棚には現在では用途がよくわからない実物の機器が整然と並んでいる。
ボーン!ボーン!ボーーーン。
その時、大きな古時計が響き渡った。不安を掻き立てるような音がシャーロットの華奢な肩をビクッとさせる。針は22時を指していた。シズは時計にチラッと目を向け、眉を顰める。普段ならもう閉店している時間だ。もし相手が金髪でかつ、切れ長の目に愛らしい唇を持つ美人でなかったなら、丁重に断っていたかもしれない。
「普通、そういうときは病院に行くもんじゃない? いや、行くべきじゃ? 医療は常時対応可能なんだし」
シズの言葉には、ここが病院ではなく、下町の復元屋であることを示す、少し気だるげな雰囲気が漂っていた。
復元屋は主に過去の遺物や空間の再現、記憶体験データの販売、文化の復元を扱う場所であり、現在の人の記憶やデータを診察するのは通常、医療機関が行うべきだからだ。しかし、ここに訪れる依頼者は、下町の住人を除くと訳ありや資産家が多く、手っ取り早く解決したいか、秘密にしたいことがあるのが通例だった。
「いえ、昔から病院がどうも苦手で。それに、拘束時間が長いのが嫌なんです。今の仕事が好きなので、長期で休むと今のチームにもいられなそうで」
シャーロットは不安げに答えた。彼女の仕草や佇まいからは、上品で控えめな性格がうかがえ、揺れる金髪の隙間から見えたその表情には、深い悩みが見え隠れしていた。
「最近、頭痛が起きたかと思うと変な記憶が見えるんです。銃声のような音がしたかと思うと、激しく走っていたりするビジョンが見えたりして、一体…」
シャーロットの目が一瞬シズの目を捉え、すぐに目をそらす。最後は言葉にならないかのように尻すぼみになり、彼女は両手でこめかみを抑えた。
シズは軽く肩をすくめ、
「うーん、まぁ、いいでしょう。ウチにも深層スキャナーと、それを操作できる腕のいい技術士がいます。長期の通院や入院も必要なく、すぐに検査できますよ。ただし、保険は使えないので、高額になりますし、アフターフォローもありませんが」
「それで構いません!」
シャーロットは即答し、続けた。
「どうかお願いします! 今日も突然目眩がしたと思ったら、怪しげなビジョンが見えて」
シャーロットは急に感情が昂ぶったかのように声を荒げるが、言葉に詰まり息を整える。
「何かおかしな電脳障害じゃないかって」
彼女が身を乗り出してきた時、シズは内心で動揺を隠せなかった。近寄る彼女の瞳が潤み、くっきりした二重が上目遣いで見つめてくるその瞬間、彼は一瞬息を飲んだ。上品な振る舞いの裏に、挑発的な服装と形の良い曲線が隠れておらず、男心をガシッと両手でくすぐってくる。いや、実際に両手でシズの手を握っていた。
しかし、シズは表情は崩さない。冷静さを保ち、無言で頷いた。ポーカーフェイスは得意だが、心臓はかなり高鳴っているし、目線は彼女のある部分に吸い込まれていた。
「…わかりました。過去にもそういったケースはありますから、まずは検査してみましょう。ほら、お茶でも飲んで」
既に出されていた、これはまた古風な湯呑みに入ったお茶を勧めると、シャーロットは様子を伺うように一口飲んだ。
「あ、美味しい」
彼女はそうつぶやき、少し落ち着きを取り戻した。そして、一息ついてから、
「300万ユニカ、一括で検査できますか?」
「ん?」
シズは思わず聞き返した。
「300万ユニカです。これくらいあれば電脳の当日検査と対処ができるって聞いたことがあるのですが…」
300万ユニカという金額は、保険なしの検査費用としては相場の約3倍にあたる。シズはどう返答するべきか一瞬迷ったが、
『カモが来たわ!』
そこそこ長い付き合いである助手のクロエが、シズのインプラントに直接思考通信を送ってきた。彼女は会話をずっとモニタリングしていたらしい。部屋に籠って接客しないと思ったら覗いていた。
『一応適正価格ってものがだな』
シズが年上として常識人ぶった返答をする。
『製薬会社勤務でしょ? どっかの資産家の金銭感覚アホの娘よ。いい勉強代ね』
『淑女に向かって酷い言い草だ』
クロエの毒の混じった応答に返事を返したと思うと、さらなる猛毒が飛んでくる。
『どこが淑女よ! 淑女はあんな服着ないわ、あざといったらない。見た目にしか気を使えないって、薄っぺらいわね』
『厳しくない?』
『相場も調べないで依頼するなんてカモでしかないわね。そうそう、金銭感覚といえば、シズの管理が適当なせいで』
シズは飛び火が来たのを察すると、すぐさま通信を切り、目の前のことに集中しようと切り替えた。復元屋の腕のいい技術士であり助手であるクロエは、この店舗の会計全般を一手に引き受けているのだ。
正直なところ、この店は借金に追われている。シズも適正価格と言いはしたが、もらえるなら多くもらいたい。いや、もらおう、客から提案してきた金額だし、それが正解だ。
しばらく返事をしないシズを見て、シャーロットが不安そうに尋ねた。
「どうかしましたか?」
彼女の不安げな瞳を見て、シズはニヤッと微笑みながら答えた。
「いえ、当日検査ですね。全く問題ありません! こちらが略式の契約書です」
インプラント経由で送信した契約書にシャーロットは一通り目を通した後、静かにサインをした。
「うん、こちらお預かりしますね」
シズは、なんだかんだ割のいい仕事になりそうで、嬉しそうにした。閉店間際の迷惑な来客に雑な態度をとっていたが、どうやら今日はついてる。
『カモ一丁よろしく』
適正価格と言ったシズが、皮肉を込めてクロエに通信で伝えた。「どの口が」と聞こえてきそうだが、契約も済んだことだし、クロエに美味しく料理してもらおう。
すると、奥の部屋から助手のクロエが現れた。彼女は日本古来の着物を身にまとい、ジャケットスタイルのシズとは一見アンバランスに見えるが、どちらかというと着物を着ていないシズの方が異物感があるかもしれない。
クロエは、銀髪をなびかせ、毒とは無縁そうな穏やかで明るい笑顔を浮かべてシャーロットに向かって優しく言った。
「では、こちらのお部屋へどうぞ~」
クロエはシャーロットを深層室へと案内しながら、シズに流し目を送り、鋭く睨んだ。背は小さいが、シャーロットに負けずとも劣らない美人という表現がクロエには相応しい。しかし、美人というのは睨むと怖い、いや幼さが残る彼女は、美少女という表現の方が正しいかもしれない。睨まれたシズは、薬を間違って噛んだような渋い顔をした後、やれやれといったポーズをした。クロエは借金のせいで常に機嫌が悪いのだ。
そんな二人を見送りながら、シズは「知らない記憶」というシャーロットの言葉を頭の中で反芻していた。
…シズにもあるのだ「知らない記憶」が。いや、正確にいうならば【あるはずなのはわかっているのに、覚えていない記憶】なのだが。
「あ、そうでした。これを」
「はい?」
シャーロットはふと立ち止まり、シズに1枚の紙を差し出した。
「これがウチの玄関に貼ってありました。こんなやり方があるんですね」
シズは近寄って受け取ると、シャーロットは軽くお辞儀をし、クロエと共に奥の部屋へと消えていった。奥の深層室はリラクゼーションルームのような雰囲気が漂い、クロエはシャーロットを安心させるように会話を続けていた。
「何これ? ハガキ?」
意味深なセリフと共に渡されたハガキには、レトロな日本文化のイラストと「お得」という文字が描かれていた。何かの宣伝広告のようだが、エクサネットの時代に、紙はアナログすぎる手段だ。
しかし、最近は電子スパム対策が徹底されているし、個人の趣味趣向外の宣伝が難しく、逆にこうした手法が意外と効果的なのかもしれない。
「ふーん、いいセンスしてるな」
ウチも下町でやってみようか、そんなことを呟きながら裏面を見てみると、【レトロな物や文化や記憶の調査や復元までお手のもの、あなたの心に寄り添う復元屋OMOKAGE】
「って、これ、ウチの名前…」
あまりにも露骨に自分の店が宣伝されているが、記憶にはない。クロエならなおさらこういうアナログなことに手を出すことはない。
『ウチ以外に、復元屋OMOKAGEってある?』
シズは店に組み込まれているAIに確認させるが、合成音声による冷静な声が返ってきた。
『登録されている復元屋で、該当はありません』
裏面には所狭しと、たくさんの神道系の宣伝文句が敷き詰められていた。
【繁栄繁盛、良縁成就、金運向上、無病息災! 渋い店長による親切丁寧な対応がモットー! この紙をお店の人に渡すと良いことがあります】
色んな意味で怪しすぎるハガキが、シズのこめかみを引きつらせた。
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