「リベンジしてみない?」 高校を卒業して5年。久しぶりに再会した当時の野球部マネージャー、美亜田天響の選んだ球種がまさかの魔球だった件
若菜未来
プロローグ① あの夏のリベンジを?
ワシワシと
七月も下旬に差し掛かり、そろそろ本気を出し始める灼熱の太陽を恐る恐る見上げた俺は逆光に目を細めた。
チュートリアルのボスに14時間はさすがにないだろ……。
積みゲーの死にゲーに詰みゲーした俺は気分転換にふらふらっと外へ出たのだけど、今更ながら後悔している。
というのも徒歩で出歩いたということはつまり今いる場所から家に帰るために同じ労力を要するのだ。そんな単純なことに初めて気が付いた21歳の夏。
これが質量保存の法則ってやつなのかな。
肩で息をしながらここらが限界かとコンビニを探し始めた矢先、ちょうど母校のグラウンドに差し掛かったところだったらしく、景気の良い熱声が耳に飛び込んできた。
直径74mm、重さ150グラム。グラウンドのフェンスまで立ち寄った俺は白球を懸命に追いかける高校球児達に5年前の自分を重ねる。
もうとっくに甲子園の県代表は決まっている頃合いだ。
当然弱小校である
今年のキャプテンはどんな子かな。興味が湧き目を凝らしていると、俺と同じようにフェンス脇の木陰でひとり佇む女性を広角視野に捉えた。
あれは——、
恵まれた容姿と明るい性格で、いつだって彼女の周りには誰かがいた。
そして、
そういえば、当時彼女が好意を寄せていた
万年補欠だった俺は球拾いに勤しみつつ、いつだって岡田に羨望の眼差しを向ける彼女を横目に眺めていたものだ。
そんな俺たちの距離は凡そピッチャーからキャッチャー間。つまり18メートル強といったところか。
グラウンドを一心不乱に眺める彼女は物憂げな表情で。
もしかしたら今まさに岡田のことを思い出し黄昏たりなんかしているのかも知れない。
まあなんにせよ俺なんかの出る幕じゃない。
そう思い、さっさとその場を後にしようとしたのだけど……。「
しまった、気付かれたか。
所在無げに振り向いた俺。
距離を詰めてきたのは
「ひさりぶりだね、
「いや、そういうわけじゃあ……あります」
彼女の刺すような半眼に即時全面降伏を告げた俺はひとりの大人として、
なんなら地面に手をついてもいいくらいだ。地面は母なる大地、お母さんなのだから。
「素直でよろしい。ほんと相変わらずだね、
そう言うと両手を背中の後ろで組み、妙に嬉しそうな
「こんなところで会うなんて偶然。散歩?」
「まあ、うん。地元だしね。
「うん。高校の時のこと思い出して。つい脚を止めちゃった」
はにかむような笑顔。相変わらず抜群の可愛さは健在だな。
彼女は軽やかな白地花柄のプリーツスカートにデニム素材の涼しげなスリーブシャツを合わせた夏らしい装いで、まさかのビーチサンダルがちょっとそこまで感をこれでもかと
「そっか。でもそれにしては思い悩んでるというか、そんな風にも見えたけど」
彼女が好きだったのは岡田だけだったのか、それとも野球もだったのか。
未だにその答えは分からないままだ。
もしかしたらそういった
「顔に出ちゃってた? なんだか恥ずかしいな」
そんな前置きを挟むと、彼女が次に
「大変だなぁと思ってね」
そう言うと
「大変? って、何が?」
「生活が、だよ」
的を射ず、ただ首を傾げるばかりの俺に彼女は流し目で苦笑いを
そして少しの間、途切れる会話。
繋いだのはまた
相変わらずグラウンドに視線を置きながら彼女は続ける。
「私、この春から一人暮らしを始めたんだ。
「会社も近いし、俺は実家にいるけど。
「ううん、すぐそこの市役所。実家から歩いて5分の」
「そ、そうなんだ。えっ、でも、じゃあ一人暮らしなんてしなくてもさ——」
言ってから後悔する。
そうじゃないだろ。
「ごめんっ。
あたふたと手をバタつかせる俺が可笑しかったのか、彼女は「大丈夫だよ」と
「家庭環境は円満そのものだから安心して。ただ単に憧れてたっていうか、ね。でもまさかこんなにも生活が苦しいなんて思ってもなくて。そう、いま私は社会の厳しさってやつを身をもって痛感してるとこなんだよ」
遠くを見つめる
その儚げな
とっとと帰れ、実家に。
「そっか」
そういえばこういう奴だったな。
高校時代の記憶が急速に蘇り始め苦笑いを浮かべていると、何を思ったのか
俺は詰められたのと同じ分だけ彼女から距離を取る。
「ちょ、どうして逃げるのよ?」
「いや、逆にどうして近づいたのさ? さっきまでの距離感で十分会話は成り立つと思うんだけど?」
「ばかね。誰にも聞かれたくない話をする時は耳元で囁くっていうのが古来から伝わる伝統的な手法なんだよ?」
周りには誰もいないけどな。気のせいかな?
よく分からないが優し気にフっと頬を緩めると、改めて距離を詰めてくる
対する俺は改めて周囲を見渡す。やっぱり誰もいないけどな。
そうは思いつつも今度こそ言われた通りじっとしていると、ふわっと鼻先を突いたのは柑橘系の爽やかな香り。
俺のすぐ傍で両足の踵を持ち上げた彼女は耳元でそっと囁いた。
「リベンジしてみる気はない?」
と。
「リベンジ?」
要領を得ない俺に
「さて問題です。高校2年の7月20日。終業式の日に
「え……」
なんだっけ。あの日、俺が
考えること数分。そろそろ美亜田もイライラしてきたようだ。
思い出せ思い出せ。
……っ! そうだ。
たしか岡田から頼まれて、彼女の夏休みの予定を聞きに行ったんだ。
だよなっ。うん、それに違いない。
でも、それがリベンジとどう繋がるんだろう?
って、待てよ。もしかしてこいつ、俺が個人的に自分の予定を聞いて来たって。
つまりある種告白したみたいな感じで捉えてるんじゃ?!
だからか。あの後、部活の時に何度も謝って来て。変だなって思ったんだ。
「思い出したみたいだね。ちょ〜〜〜っっと長かったけど」
恨めしそうな顔を向けてくる
「うん。あのさ、そのことなんだけど——」
「待って。それよりもまず私の提案を聞いて欲しいの」
「提案?」
「そう、提案。と言ってもそんなに難しいことじゃないから安心して」
一瞬視線を外した
彼女の表情は真剣そのものだ。
だけど、こいつのこの
今度はなにが来る? 球種はもちろん変化球だろうけど。
捕球できる自信などまるでない。
そもそも誤解が解けてないし、恐いな。
でも、俺だってキャッチャーの端くれ。
どんな球でも捕ってやるさ。そんな意気込みで心のミットを構えた。
のだけど、
つまり、
「
こともあろうか、彼女は俺にそんな提案をしてきたのだ。
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