第12話 八尺様に振り回される話 (前編)

 季節はめぐり夏のとある暑い日、私たちのもとに一通の手紙が届いた。その内容は、数日前に奇妙な人影を見てから、ずっと何かの視線を感じているというものだった。今回はそんな依頼主を護衛してほしいという。



 「ゲンヨウさん、どうかされたんですか?」


 「ああ、覚。さっき森の外にあるポストを確認したら、こんな手紙が入っていてな」


 「…これは…なるほど、確かに妖魔が関わっている可能性が高いですね。それと、なんとなくなんですけど急いだほうがいいような気がします。すぐに出発しますよ」


 「おい、待て覚。封筒をよく見たか?相手の住所東北だぞ。飛行機で東京に行ってそこから新幹線…時間も費用もかなり掛かるぞ」


 「ああ、それならご心配なく」



 覚はにやりと不敵な笑みを浮かべ、部屋の隅にあった大きな鏡を持ってきた。つい先日覚がどこからか持ってきたものだ。



 「これ、何かわかりますか?」


 「その鏡がどうかしたのか?…ふむ、このタイミングで鏡となると…さてはそれ、雲外鏡だろ。まだ意識は残ってるのか?」


 「はい、その通り雲外鏡です。この間はちゃんと説明していませんでしたけど、この方はこの間たまたま骨董品屋で見つけたんです。多分意識もまだ残ってるんじゃないですかね…」



 雲外鏡…映したものの正体を映したり、空間を操ったりと何かと出来ることの多い付喪神の一種だ。一般的には私と同じ妖怪として扱われている。



 「…おーい、聞こえるか?空間転移をしたいんだが…」



 しばらく待っていると、突然鏡の中にそこそこいい年をした男の顔が現れ、ゆっくりとした声でしゃべりだした。



 「ここは…あなたたちは、一体…吾輩は今まで何を…」


 「雲外鏡さん、お久しぶりです。私です、覚です」



 雲外鏡はしばらく考え込んだ後、はっとした表情を浮かべてにこやかに話し始めた。



 「…おお、覚か!いや、二百年ぶりくらいかの。近頃調子はどうだ」


 「まぁ、ぼちぼちといったところです。実は最近になって平将門が復活してしまって、今はそこにいるゲンヨウさんやわらし…座敷童、などと協力して暴走した妖魔を解放する仕事をしているんですよ」


 「将門…まさかあの怨霊が…うむ、大方事情はわかった。それで?吾輩の力を借りたいのであろう?いいぞ、何をすればいい」


 「私たちを…えっと、少し待ってください」



 覚はスマホの地図アプリで依頼主の住所を打ち込み、その場所の風景を雲外鏡に見せた。



 「ここに転送して欲しいんです。出来ますか?」


 「おう、お安い御用だ。任せておけ」



 次の瞬間、突然雲外鏡が光りだしたかと思うと、鏡の向こう側に先ほど地図アプリで見た光景が映しだされた。



 「さぁ、行くといい。健闘を祈る。帰るときはこの鏡を使ってくれ。この鏡には吾輩の妖力が込められているが故、呼びかけてくれれば吾輩の意識をこの鏡に映すことが出来る」


 「はい、ありがとうございます。…ゲンヨウさん、行きましょう」


 「…ああ」



 私たちは帰還用の鏡を受け取り、雲外鏡の中に飛び込んだ。その向こう側には、確かに先ほど見た景色が広がっていた。



 「本当に一瞬で着いてしまった…こんな奴がいるんなら最初から使ってくれ」


 「無茶言わないでください。雲外鏡さんは私だってついこの間までどこにいるのかわからなくなっていたんです。本当はずっとこうしたかったんですけど…そんなことより、依頼主のもとへ行かないとです。…確か手紙にこの辺だって書いてたはず…」



 しばらく歩くと、田園風景の隅に大きな屋敷が見えてきた。立派な門に広い庭、依頼主はかなりの名家の出らしい。



 「立派な家…インターホンを押すのもためらってしまいますね。まぁ押しますけど…」



 覚がインターホンを押すと、重厚な音がした後に少ししてから奥から一人の少年が出てきた。見た感じ高校生くらいだろうか。



 「はい。どちら様でしょうか」



 「依頼を出したのはお前か?私たちは妖魔解放戦線の者だ。身辺警護をしてほしいと聞いて来たのだが」



 私の言葉を聞いて少年ははっとしたような表情を浮かべた。



 「あ、あなたたちが妖魔解放戦線の…!意外と早かったですね。どうぞ上がってください」



 私たちは少年に案内され、屋敷の中へと入った。中は思った以上に広く、靴を何足も並べられそうな玄関には高そうな絵画や花瓶が飾られている。横を見ると覚が目を輝かせて辺りを見回していた。



 「うわぁ…すごい立派な内装ですね…ご両親は何をされている方なんですか?」


 「あ、両親は普通のサラリーマンですよ。ただ、うちの祖父が地主なんです。今俺は夏休みなんで祖父の家に滞在している最中なんですよ」


 「あーなるほど…では、詳しい内容を聞かせてください」


 「はい。じゃあ、こっちで…」



 私たちは屋敷のリビングであろう広い部屋に通され、ふかふかのソファーに腰を下ろした。どんな材質なのだろうか…とても気持ちがいい。



 「えっと、それで、依頼内容なんですけど、手紙に書いてあった通り、数日前に奇妙な人影を見てから、ずっと何かの視線を感じるんです」


 「と、言うと?」


 「俺が見たあの人影、あれは確実に人じゃありません。女の人のようでしたが、うちの塀から頭が見えるほどに大きかったんです。うちの塀は二メートル以上あるんですよ、いくら何でも身長が高すぎると思いませんか?」


 「…なるほどな…二メートル以上ある塀から頭をのぞかせる女性…でもそれだけじゃ確実に妖魔とは言えないな…覚、心当たりはあるか?」



 覚に問いかけてみると、覚はとても深刻そうな表情をしていた。



 「えっと…私、心当たりがあるかもしれません…東北出身のわらしちゃんから前に聞いた話で、東北のとある村では、身長が二・四メートルほどもある大女が住んでいて、気に入った少年をさらっていくのだと。わらしちゃんはその女のことを、『八尺様』と呼んでいました。その土地の土地神のような存在だそうです」


 「あ、それ、ネットで見たことがあります。確かネットの掲示板に投稿されてたやつですよね」


 「それは知りませんけど、わらしちゃんが言う以上確かな情報なのでしょう」


 「とにかく今はその八尺様からこいつを守るのが先決だな。ところでお前、名前はなんていうんだ?」


 「俺は高木涼介たかぎりょうすけっていいます。好きなように呼んでください」


 「…ああ、私はゲンヨウ。こっちは覚だ。じゃあ高木…いや、苗字ではお前の家族と会った時が紛らわしいな…よし、涼介。お前の祖父は今回のことを知っているのか?」


 「えっと、まだです。焦っていたので…」


 「なら今すぐお前の祖父にこのことを話そう。この地で長く生きている人間なら知っていることがあるかもしれない」



 私たちは涼介の祖父がいる部屋に向かった。部屋に入ると、大きな椅子に腰かけて新聞を広げている老いた男の姿があった。この男が涼介の祖父であろう。



 「ん?ああ、涼介か…そちらの方々は?」


 「じいちゃん、実は…」



 涼介は祖父に事の顛末を話した。



 「何だと!?八尺様に魅入られたのか!?」


 「うん…俺も焦ってて伝え忘れてたんだ…なあじいちゃん、俺、大丈夫なのか?」



 涼介の祖父は焦った表情をして涼介に詰め寄っていたが、興奮しすぎてむせてしまった。しばらく椅子に座って落ち着いた後、涼介の祖父はゆっくりと話し始めた。



 「涼介…お前が言っていることが本当ならばかなりまずい…実はな、涼介。今までわしも言ってこなかったんだが、わしの弟は八尺様に殺されたんだ。もうずっと前、ちょうどあいつがお前と同じくらいの年の頃だった。白い服を着て麦わら帽子をかぶった大女を見たと言いだしてから数日後、あいつは突如としていなくなってしまった。家族総出で探してようやく見つけることが出来たが…あいつは四肢をもぎ取られ木の枝に吊るされていて、頭部に至っては顔の識別も利かない程にぐちゃぐちゃにされていた」


 「…そんな…じゃあ、俺もそんな風に…」



 涼介は絶望して膝から崩れ落ちた。しかしそんな彼の肩を祖父は叩き大きな声で言い聞かせた。



 「涼介!よく聞け、まだ話は終わっておらん!確かにわしの弟は殺されてしまった。だがな、わしはあの後八尺様に対抗する唯一の方法を寺の住職から聞いた」


 「!それは、何なの…!?」


 「八尺様が来る夜に、部屋にお札を大量に張ってそこに一人で籠り、塩を盛って念仏を唱え続けるんだ。ところで涼介、お前が八尺様を見たのはいつの話だ」


 「確か、五日前だったかな…」


 「なら今日だ。今日の夜、今言ったことをやれ」


 「そうすれば、助かるんだね?」


 「確証はない…だがそういう時の妖魔退治の人たちだろう?」



 そう言って涼介の祖父は私たちの方を見た。孫の命を私たちに委ねると言っているような鋭い目つきである。



「…わしは涼介の祖父の高木昭次郎たかぎしょうじろうといいます。どうか孫を助けてやってください」


 「ああ、私たちが必ず八尺様を止めて見せる」



 そろそろ日が沈むころだろう。私たちは屋敷の外に出て辺りを見回した。まだ八尺様は来ていない。しかし確実に近づいているのが分かる。ここに来た時には感じなかった強い妖力が周囲に漂っているのだ。…この時水田の向こう側では「ぽぽぽぽ」という奇妙な声が人知れず響いていた。

 

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