第10話 玉藻前に振り回される話 (後編)
洞窟から出ると、そこは殺生石周辺から少し離れた場所にある森林のようだった。私たち二人をここまで運んでくるのは普通に考えれば難しいことだと思うのだが、天野クラマはどんな方法を使ってここまで運んできたのだろうか。それよりも今は玉藻前の行方が気になる。あれからかなりの時間が経っているため、もう遠くに行ってしまっているのだろうか。
「覚、現在地はわかるか?」
「はい、ちょっと待ってくださいね…」
覚はスマホを取り出して地図アプリを開いた。今の時代は本当に便利になったと心から実感した。
「…よかった、電波は繋がるみたいです。現在地は…あ、そんなに遠くはないようですね。いったん戻ってみますか?」
「そうしよう。まだ妖力が漂っているかもしれない。ただ、少し待て。この先は人間の体では危険かもしれない。幽体離脱を頼む」
「あ、そうですね。では、やっておきましょう。…沙羅仏沙羅仏…」
幽体離脱を終えた私たちは私の体を近くの安全な茂みに隠し、地図アプリを頼りに殺生石周辺へと戻ることにした。一方そのころ天野クラマはというと、私たちが洞窟を離れたことを確認し、静かに空へ飛び立っていた。
殺生石の周辺まで戻ると、そこは何事もなかったかのように静寂に包まれていた。ただわずかに妖力の気配が残っており、まっすぐ南の方へ伸びていっている。私たちはそれを辿ってみることにした。
「…かなり長いな」
「そうですね。やはりここを離れてもう随分と経つのでしょう。それにしても、これだけ時間が経っていても妖力がまだ残っているとは…玉藻前の強大さを物語っていますね」
覚と会話をしながらしばらく歩いていると、前方に一軒の民家が見えてきた。そしてそこにはかなり強い妖力が漂っている。
「覚!もしかして…」
「はい、この家の住人が危ないかもしれません!それに…もし玉藻前が住人を手にかけてしまえば…」
「ああ、玉藻前に前科が付いてしまう!」
私たちは民家へと走った。幸い鍵はかかっていなかったので勢いよく扉を開けて中に飛び込んだ。
「うわ!なっ、なんですか!?」
「突然すまない!ここに客人が来なかったか!?」
「ああ…もしかして、この女性のことですか?誰かに追われているとのことでしたので一応上げたんですが…あ、もしかしてあなたたちが!?」
「そうなんです、この人たちが私を追い回していて!」
住人の男の後ろを見ると玉藻前が白々しく怯えているふりをしている。
(ちっ…うまく利用したものだ…この男に自分を庇わせるように仕向けたのか)
「おい、あんたら!これ以上この女性に近づくようだったらただじゃおかないからな…!」
「待て、誤解だ!その女は!」
次の瞬間、こちらを睨みつけている男の後ろから、禍々しい妖力を迸らせた妖狐が赤い目を光らせた。そして大きな口を開け、男に喰らいつこうとする。
「!…まずい、避けろ!」
「避けれるわけないですよ!私に任せてください、
覚は喰らいつく玉藻前に手をかざし、眩い光を浴びせた。
「ぐわぁ!」
強い光を浴びた玉藻前は眩しがって倒れこんだ。
「なんだ!?…うわぁ!」
突然の光と背後からの声に男が振り返ると、そこに見えた光景に腰を抜かしてしまった。
「お前は騙されていたんだ。そいつは玉藻前。覚が手を回さなければお前は今頃あいつの腹の中だったぞ」
「そんな…」
「そうやってうずくまってる暇があったら早く逃げたらどうだ?今度こそ死ぬぞ」
「はっ、はい!」
男は度々足を引っかけながら家の外へと逃げて行った。
「…さてと…さっきはよくもやってくれたな…決着を着けようか、玉藻前!」
「馬鹿な輩どもじゃ…わざわざ死にに来たのかの…このまま逃げればよかったものを。よかろう、ならばこの場でお前たちを食い殺してやるとしよう」
玉藻前は全身に妖力をみなぎらせた。そして次の瞬間、周囲には真紅の炎に地面を焼かれた怨念領域が広がった。
「怨念領域…それもかなり高純度の怨念で練り上げられている。覚、厳しい戦いになるぞ。合わせられるか?」
「当然です。相手が玉藻前だろうが何だろうが、私たちは負けません!」
「愚かじゃのう…焼き焦げてしまうがいい、
玉藻前は巨大な炎の渦で私たちを包み込んできた。それに対して私は風を地面にぶつけ、覚と宙に浮きあがった。
「覚!」
「はい、光眼!」
「それはもう見飽きた。
覚が光眼を繰り出そうとした瞬間、玉藻前は私たちの足元から火柱を出した。その火柱を浴びた私たちは焼かれながら天高く飛ばされた。
「ぐわぁ!…覚、大丈夫か!?」
「はい、なんとか…それにしてもこの威力、この範囲…ただでさえ玉藻前は強力な妖魔だというのにそれに将門の怨念が上乗せされて妖魔として桁違いの存在になっています…」
「ああ、だが問題ない。打開策はある。…覚、少しでいい、隙を作れるか?」
「任せてください。三秒で十分ですか?」
「それだけあれば十分だ。…よし、行くぞ」
私の合図とともに、覚は玉藻前のもとへ駆け出した。そして懐に潜り込むと、爆発効果のある妖術を叩き込んだ。
「
妖術は玉藻前の懐で爆発し、辺りは煙に包まれた。しかしこの程度の妖術で対応できるわけもなく、玉藻前は九つの尻尾を振り回し煙を祓うと炎の妖術を繰り出してきた。
「
「この程度…!
花のように広がる玉藻前の妖術を覚は妖術を反射させる妖術で跳ね返した。その時、周囲は先ほどよりも大きな煙に包まれた。
「跳ね返したか…どこまでも小癪な真似を…」
「!…今です、ゲンヨウさん!」
爆発によって玉藻前の動きが一瞬止まった隙をついて、私は上空から妖術を叩き込んだ。
「よくやってくれた覚!…
繰り出した風の妖術は周囲の空気を巻き込みながら槍のように玉藻前の体を貫いた。そしてついに玉藻前は倒れ、怨念領域も完全に閉じた。気付けば私たちは外まで出てしまっていた。空が青い…すっかり朝になっていたようだ。
「はぁ…はぁ…やっとか…」
「手強い相手でしたね…なんとか朝の間に終わらせられてよかったです。さて、次はなんとかして保護しないとなんですが…あ、そうです!先日の天野クラマの一件で、私思ったんです。確かに妖魔が暴走から解放した後の保護が足りてなかったなって。なので津多さんに頼んで厄除けの石、今ゲンヨウさんが着けているものと一緒の物をたくさん持って来てもらっていたんです。これを使って…」
覚はかばんから厄除けの石を取り出し、玉藻前の首に掛けようとした。しかしその時、突然上空から妖力の塊が玉藻前目掛けて飛んできた。私は間一髪それを妖術で防いだ。
「これは…天野クラマ!」
「防いだか…なんとなく予測していたように見えるな。ゲンヨウと言ったか?邪魔をするな。今ならまだ見逃す」
上空を見ると、そこには天野クラマがあの時のように宙に浮いてこちらを見下すような目で見降ろしていた。
「邪魔をするなだと?断る。玉藻前を好きにはさせない」
「…そうか…残念だ。なら力づくで祓わせてもらう!
天野クラマは上空から雷の妖術を撃ち込んできた。それは木の根のように広範囲に分裂して私たちに降りかかってきた。
「覚!何がなんでも玉藻前を守れ!」
「はい!…ですが、一人で戦うつもりですか?範囲と機動力を考えるとあまりに分が悪すぎる気が…」
「大丈夫だ。どちらかが玉藻前を守っていなくてはならない。それにそれは防御妖術が苦手な俺の役割ではない。つまり、俺が戦ってお前が守るしかないんだよ」
「…わかりました。気を付けてくださいね」
「ああ…
私は降りかかる妖術をかいくぐりながら空高く飛び上がり、天野クラマに前方に渦を巻き攻撃する風の妖術を撃ち込んだ。
「遅い…
天野クラマは私の妖術をかわし、電光のような雷の妖術を私の腹部に撃ち込んできた。強い衝撃で私は遠くに吹き飛ばされた。
「ぐわっ!」
「その程度か?まだまだいくぞ!」
その後も私は雨のように降りかかってくる天野クラマの妖術に撃たれ続けた。何度も何度も撃たれ続け、段々と意識が朦朧としてきた。私の魂が限界を迎え始めているのだろう。
「…はぁ…はぁ…」
「…もういいだろう、お前じゃ俺には勝てない。これ以上やれば魂が壊れてしまうぞ」
「…ゲンヨウさん、悔しいですが、いったん引いてください。ここは私が…」
「だめ…だ!」
前に出ようとする覚を私は引き留めた。
「お前が戦っている間、俺は玉藻前を守れない。…俺が、戦うしか…!」
「ですがゲンヨウさん…もうこれ以上は、本当に魂が壊れてしまいますよ!」
「…大丈夫だ。どんなに追い詰められても、俺が負けることはない!」
私は残された妖力を可能な限り全身にみなぎらせた。するとその時、今までにないほど大きな妖力が体の芯からみなぎってきた。かなり失ってしまったと思っていた昔の妖力の一端が少しだけ戻ってきた気がする。
(この力…かつての力の一部と同じものだ…どうして今になって…だがちょうどいい。これならいける…!)
「…!なんだこの力は…こんなの、玉藻前でも…!お前を動かしているものは何だ…何のためにそこまで力を出せる…!」
「そんなの決まっているだろう。これが私の、使命だからだ!」
「ほざけっ!何が使命だ、お前たちは甘い!そんなものを使命などと語るな!…
天野クラマはこれまで以上に広範囲の妖術を繰り出してきた。雷は天を駆ける龍のように縦横無尽に私のもとへ降りかかってきた。しかし私は凄まじい速さでそれらをかわし、天野クラマの頭上に上がった。
「!…この速さ…やはりお前は…!」
「
私は空間が歪みかけるほどの強烈な爆風を天野クラマに叩き込み、地面に叩き落とした。
「はぁ…はぁ…なぜ…なぜこんな力が…これがお前の使命を果たすための力だとでもいうのか…認め、ない…俺は必ず、お前を倒し、悪しき妖魔を祓う!」
天野クラマはそれだけ言い残し、虚空に消えていった。まだ動けるだけの体力があることに驚きだが。私はというともう限界だ。すべてが終わったことに対する疲労と安心感から、私はその場に倒れこんでしまった。
「わわっ、ゲンヨウさん!?」
その後、目を覚ますと私は先ほどの民家で横になっていた。そこそこ長く眠っていたらしく、時計を見るともう昼過ぎであった。側には覚と住人の男、そして意識を取り戻した玉藻前が心配そうな表情でこちらを見ていた。玉藻前はこっくりさんのような人の姿になっている。
「…あ、ゲンヨウさん、起きたんですね」
「ああ…随分と寝ていたようだな…玉藻前も無事なようでよかった」
「はい、この通り無事に保護しました」
「こんにちは、ゲンヨウさん。さっきはお騒がせしたのう。あまり覚えていないのじゃが、なんだかすごく酷いことをしてしまった気がするぞ…」
玉藻前は申し訳なさそうにうつむいた。
「ああ、まぁそれはそれは派手にやってくれたが…まぁいい。そんなことよりお前たち、俺、決めたぞ」
「はい?何をです?」
「俺は、将門を倒そうと思う」
「将門を!?封印ならともかく、倒すですか!?千年以上誰も成し遂げられていない偉業を、私たちの手で!?」
「ああ、俺たちならいけると思うんだ。一人じゃだめでも、みんなとなら」
「そういうことならわらわも手を貸すぞ。迷惑をかけたお詫びじゃ」
「な。玉藻前もそう言ってることだし、やれるだけやってみないか?」
覚はしばらく考え込んでいたが、考えがまとまったようで私の方を真っすぐと見た。
「…わかりました。私、やります。共に将門を倒しましょう」
私たちは固く決意を誓い合った。こうして私たちは妖魔を解放することに加え、将門を倒すという大役を担うことになったのだった。
……
「…で、なんでこいつがついてきてるんだ?」
将門を倒すことを誓い合ってから、私たちは蚊帳の外で何とも言えない表情になっていたあの民家の住人に別れを告げ、封天寺に帰ってきたのだが…どういうわけか玉藻前が一緒についてきた。道中ずっと一緒にいるのでいつ別れるのかと思っていたが、結局最後まで一緒にいることになってしまった。
「仕方ないじゃないですか。玉藻前さんは行く当てがないんですから」
「そいつは俺と違って妖魔なんだからどこにでも行けるだろう?お得意の色仕掛けでも使ってさ…」
「そんな冷たいこと言わんでくれんかのう。わらわもこの時代にはいろいろと混乱しておるのじゃ…」
玉藻前は良心に訴えかけてくるような目で私を見つめる。こんなことをしてもいつもなら追い返すのだが、この時代に混乱する気持ちはよくわかる。…ということで…
「はぁ…まぁ、いいだろう」
こうしてまた一人封天寺に愉快な仲間が増えたのだった。
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