第8話 ワタシワタシ、メリーさん詐欺に気を付けよう (後編)

 結界の外に出てみると、そこには確かに妖力が漂っていた。ただ、今まで対峙してきた暴走した妖魔のような圧倒的な怨念の気配はしない。その代わりに明らかな悪意を感じる。



 「覚…メリーという妖魔について知っていることは?」


 「はい、おおよそのことは知っていますよ。メリーさん…それはある日突然かかってくる電話から始まります。その電話に出ると『私メリーさん。今どこどこにいるの』などと言われます。その後も何度もメリーさんから電話がかかってきて、その電話に出るたびに徐々に自分の元に近づいて来るんです。そして最終的には、『私メリーさん。今あなたの後ろにいるの』と言われ、それに対して後ろを振り向くと…」


 「どうなるんだ?」


 「忘れちゃいました。てへぺろです」



 覚は苦笑いを浮かべる。苦笑いを浮かべたいのは私の方なのだが。



 「ただ、これは世間に知られている表面上のメリーさんです。まぁ昔はそんな感じのことをしていたのかもしれませんが、妖魔も人間になじむことが主流になってきている昨今ですので、今のメリーさんは少し違います。前に知り合いの幽霊さんから聞いた話なんですが、どうやらその方のおばあさん(幽霊)が『ワタシワタシ、メリーさん詐欺』なるものに引っかかってしまったらしくて、それも今回のわらしちゃんの一件と同じものでした。今のメリーさんにとっては、お金の方が需要のあるものなんですよ」


 「その結果判断力の鈍い妖魔から金をせしめる悪徳詐欺師に成り下がったと。なんか…妖魔の風上にも置けないやつだな」



 その後、周囲に漂う妖力をたどって探索を続けていると、遠くの草むらに金髪で異国の服装をした少女が立っていた。どうやら妖力は彼女が放っているものらしい。彼女がメリーさんで間違いないだろう。



 「覚、あれ…」


 「はい。あれがメリーさんで間違いありません。どうしますか?」


 「さっさと捕獲するぞ。相手は大したことない。犯罪者はお縄に付けないとな!」



 私たちは勢いよく草むらに飛び込み、メリーさんの手足を縛った。



 「うわぁ!?なにすんのよ!」


 「うちのわらしちゃんをそそのかしてくれたのはあなたですか、メリーさん?」


 「え、私は…しっ、知らないわよ…?」


 「とぼけるんじゃねえこのクソアマ!!」



 覚は突然人が変わったようにメリーさんに怒鳴った。こっちがびっくりするのでぜひともやめていただきたい。



 「てめぇが余計なことしてくれたおかげでわらしちゃんに嫌われたじゃねぇかどうしてくれんだ?ああ?」


 「なっ、なによ!?あなたがあの子に嫌われたことと私に何の関係があるのよ!?」


 「なんでいちいち説明しなきゃならないんだ?そんなことよりもさっさと言え。ここに来て何をしようとしてた?」


 「待て、覚!落ち着け!お前が落ち着かなきゃ話し合いにならんだろ!」



 私はメリーの服の襟を掴んで脅す覚を引きはがした。



 「はぁ…はぁ…すみません、少し感情的になってしまいました」


 「お前はいったん黙っていてくれ。…それで?まず確認だが、お前がメリーさんだな?」


 「えっと、私は…」



 うつむくメリーに対して覚は睨みつける。



 「ひっ!?そうよ、私がメリーさんよ!」


 「じゃあ次に、金を騙し取った後わざわざここまで来たのはなぜだ」


 「それは…この後あの子を人質にとって、身代金までせしめちゃおうかなって…」


 「言っておくが、お前じゃあいつには勝てないぞ?あいつは座敷童。あれでもこの世に何百年も存在している、力のある妖怪だ。お前のような妖魔では到底かなわない」


 「座敷童!?ああ、わらしってそういうこと…じゃあどのみち私は負けていたのね。運が悪かったわ…さぁ、煮るなり焼くなり好きにしてちょうだい」


 「そうですか?なら私がこの手で…」



 覚は拳を振り上げ妖力をためる。



「おい待て待て!お前は黙っていろと言っただろう!…はぁ、そういえば、この寺ってなぜか地下に牢屋があったよな。とりあえずそこに入れておくか。」



私たちはメリーさんを縛った縄を足だけほどき、寺の牢屋に連行することにした。終始覚がメリーに無言の圧をかけていて私まで汗が出てくる。…ぜひやめていただきたい。


 時は遡り私たちが寺を出たころ、泣いて出て行った座敷童はいまだ寺の玄関付近にとどまっていた。



 「…覚さんのばか…あんなに言わなくたっていいのに…はぁ、これからどうしよう。勢いあまって飛び出てきちゃったけど行く当てもないし……あっ!?」



 座敷童は物陰に隠れた。ちょうど私たちが通りかかったのだ。



 (たいしょーと覚さんだ…メリーさんを探しに行ったのかな…わらしの心配なんてしてないんだろうな……びっくりしたらトイレに行きたくなっちゃった…トイレ行こう…)



 座敷童は寺の外にあるトイレに向かった。この寺はなぜか外にもトイレがあるのだ。昔の名残だろうか。そして座敷童がトイレの引き戸を開けた時、座敷童は本来あるはずのない顔と目が合った。



 「…あ、」


 「へ…?…ぎゃあーーーーー!」



 なんだかどこかで見たような場面である。そこにはなぜかトイレの花子さんがいたのだ。トイレの中まで学校のトイレに変わっている。これは一種の空間転移妖術なのか…?



 「うわぁ!びっくりした!あなたの声にびっくりした!…で、あなたは誰?」


 「…ちょっと待って!今トイレしてる最中なんだから!」


 「あ、うん。どうぞ…」


 「どうぞじゃないでしょ、閉めなさいよ!」


 「あ!ごめん!」



 座敷童は戸をそっと閉めた。しばらく待っていると水が流れる音と共に「開けていいよ。多分こっちからじゃ行けないから」という声が聞こえてきた。座敷童が戸を開けると、花子は恐る恐る出てきた。



 「えっと…わらし、座敷童。あなたは誰?」


 「あたしは花子。聞いたことない?トイレの花子さん。はぁ、どうせまたあの人たちのお寺なんでしょ?今回は外みたいだけど。それより座敷童って...あなた、そんなすごい妖魔だったの?」


 「まぁ、一応…」



 座敷童は気恥ずかしそうに笑う。



 「あ、でも、座敷童って家の中にいるものじゃないの?どうかしたの?」


 「いや、そうでもないよ?普通に出かけたりするし。でも、今回はちょっと特別っていうか…」


 「…詳しく聞かせてくれる?」


 「…うん」



 座敷童はこれまでに起きたことをすべて花子に話した。



 「…そう…辛かったわね…」


 「大体覚さんはいつもそう。赤の他人のくせに母親みたいな顔して…」


 「そうね…でも、それもあなたのことを思ってのことじゃないかしら?」


 「ほんとにわらしのことを思ってくれてるんだったら、馬鹿とか脳みそ詰まってないとか言わないでしょ?」



 座敷童は目に涙を浮かべながら言う。その表情には、怒り、悲しみ、失望…はっきりとはわからないがいくつもの複雑な感情が入り乱れている。



 「…ねぇ座敷童…私もね、昔友達に裏切られたって思ったことがあったの。その時はほんとに心の底から彼女を憎んだけど、すぐにこの子は私を裏切るような人じゃないって思えた。覚さんのこと、信用してたんでしょ?だったらさ、もう一回信じてみない?あなたにもその気になればそれが出来るはずよ」


 「わらしは…うん、わかった。もう一回、信じてみる」


 「そうしてみて。きっと覚さんも、いろいろ溜まってたんだわ。一度会ったことがあるけど、悪い人には見えなかったから」



 その時、ちょうどメリーを捕らえて寺に帰ってきた私たちが座敷童の近くを通り過ぎた。



 「ほら、行っておいで。あたしはまたいつでも相談に乗るわ。なぜだか知らないけど、ここのトイレはあたしのトイレに繋がりやすいみたいだから」



 そう言って花子は微笑む。座敷童もそれに微笑み返し、寺の中へと駆けて行った。


 一方私たちは、メリーを牢屋に入れた後、いなくなってしまった座敷童を探すための作戦を立てていた。



 「どこに行ったか見当がつくか?」


 「…いえ、わらしちゃんは度々外に出かけていますが、どこに行っているのかもわかりませんし…見当など...」


 「そうか…わかった、津多に連絡してみよう。いずれ見つかるかもしれない」



 私が津多へ連絡を入れようと固定電話に向かうと、ちょうど玄関の方から戸を開ける音が響いた。



 「…!もしかして!…覚!」


 「はい…!」



 私は覚と玄関に走った。するとそこにいたのは紛れもなく座敷童だった。私たちと目が合った座敷童は目に涙を浮かべたが、ぐっとこらえ話し出した。



 「覚さん…ごめんなさい…わらし…!」



 それを見てこらえきれなくなったのか覚は突然涙を流しながら座敷童を抱きしめた。


 「私こそごめんなさい…わらしちゃんのこと、本当は馬鹿だなんて思ってませんよ。この間だって、私たちはあなたに助けられたんですから。…わらしちゃんは今日も、私たちの役に立とうとしてくれたんですよね」



 「…もう…わらしが我慢してるのに、覚さんが泣いてどうするのさ…うう…うわぁーーーん!」



 とうとう座敷童も泣き出してしまった。この二人はいつ見ても本当の親子のようだ。この後数日間座敷童は覚にべったりとくっついて離れなかった。それを見て微笑ましく思えていたのは私だけではない。ある日のトイレからは「ええ話や…」と呟く声が聞こえてきたという。

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