妖魔のたいしょー様が現代文化に振り回される話
白宵玉胡
第1話 目覚める妖魔大将
「…何年…経った…?」
たった今、私は目を覚ました。はるか昔、妖怪として名も知らぬ陰陽師にあっけなく祓われてしまった私は、幾年もの月日を経てよみがえった。何年たったかまではわからない。ただ果てしなく長い年月が経過したことだけはわかる。私は寝かされている体をゆっくりと起こしてみる。不思議なことにさほど辛さはなかった。寝起きのような、そんな感じだ。
「…ん?」
ふと地面に手が触れた。柔らかい。寝床に寝かされていたようだ。それにしても布団とはこのように沈み込むものだっただろうか。よく見ると今いる部屋も気味の悪い内装である。全面真っ白、木のぬくもりを一切感じない。
しばらくすると、やけに重たげな戸を開けてこれまた真っ白な装いをした女が部屋に入ってきた。
「あ、気が付いたんですね。お加減どうですか?」
「…問題ない。それより、ここはどこだ。」
「病院ですよ。河川敷で倒れてたところを通行人が通報してくれたんです。」
「びょーいん?聞いた感じ、診療所のようなところらしいな…ということは、お前は医者か?」
「私は看護師です。主治医なら、今から呼んできますね。」
そう言って女は部屋を出ていった。しばらくすると、女はこれまた真っ白な装いをした男を連れてきた。
「お前は…」
「主治医の斎藤です。お加減はよろしいようで何よりです。検査で異常がなければ退院手続きを行いますので、そのままお帰りになられて結構です。」
「…ああ、わかった。」
その後、私は訳の分からないもので体のあちこちを触れられた。一通り終えると、私はここにいる必要がなくなったらしく帰ってよしということになった。しかし帰っていいと言われても、私には帰る家がないのだが。
「あちらからお帰りください。お大事に。」
「まっ、待て。」
「はい?どうされました?」
「なんというか、その…家が、無い。」
「……はい?」
「だから、家がないと言っておるのだ。」
私がそう言うと、主治医は憐れんだ目で私を見つめ言った。
「…ああ、そういう方でしたか。すみませんでした。…山田さん、こういう人ってどうすればいいんだっけ。」
「私に聞かないでくださいよ。…えっと、警察?いや違うな、ハ〇ーワーク?生活保護の申請に行った方がいいのかな…」
主治医の隣で看護師の女が訳の分からないことをぶつぶつと呟いている。そこまで深刻にとらえることでもない気がするのだが。主治医と看護師はしばらく考え込んだ後、私に一枚の地図を渡してきた。
「ここに行ってください。」
「ん?地図?どこの地図だ?」
「ここに行けば職が見つかります。自宅がないとのことでしたので、おすすめは住み込みで働ける場所ですね。まぁなかなかないとは思いますけど。」
「…わかった、行ってみよう。」
私は二人に別れを告げ、地図に記された場所に向かうことにした。ここに行けば職が見つかるとのことだったが、今は自分で職も選べる時代なのか。と少し感心した。
しばらく歩くと、目的の建物が見えてきた。片仮名で横にクーワー〇ハと書いている。早速私は扉を開き中へ入ってみた。思えばここに来るまでにも過酷な道だった。途中何度か妙な形をした馬に撥ねられかけたりしたが、妖怪である私にとっては大した問題ではない。それにしても今の人間は霊感が強いのだろうか。会った人間全員が私のことを認識しているようだった。
「…すまない、ここで職を探せると聞いたのだが。」
「はい、さようでございます。こちらで求職申込手続きをしますので、どうぞおかけください。」
私の対応をすることになったのは若い男だった。私は彼の案内に従い、変な光る絵の前に座った。
「こちらで住所、氏名、生年月日、郵便番号等を入力していただきます。」
「これは…どうすればいいんだ?」
「はい、このようにして入力していただけると…」
「なんと、現代の技術とはすごいな!」
「えっと…あはは…」
男は引きつった笑みを浮かべた。
「…あ、そうだ。住所というのは絶対か?」
「?…はい、必須の要項となっておりますが…あ、もしかしてそういう…でしたら、お名前と生年月日をひとまず…」
「…すまない、名前はもう捨てたんだ。生年月日なら、…ええと、確か天長三年の…」
「ちょ、ちょっと待ってください。お客様、いたずらでしたらお帰りください。ここはまじめに職に就きたい方が来るところでして…」
「いや、私はまじめに…私は妖怪だ。今の時代のことは何もわからなくて…」
「……もう結構です!お帰りください、そしてもう二度と来ないで下さい!」
…結局つまみ出されてしまった。どうなっている?そもそも私の顔をなぜ知らないのだ?この姿を見れば私が何者か馬鹿でもわかるはず…」
ふと私はクーワー〇ハの透明な壁に反射する自分の姿を見た。するとそこには、かつての妖怪だった頃の私の姿はなく、若い人間の男がさえない様子で立っていた。
「これが、私…?私は…人間になってしまったのか…?」
何度も目をこすっては確認してみたが、やはり今の私は人間のようだ。ただ少しは妖力が残っているようでもある。あまりの衝撃に立ち尽くしていると、私に一人の女性が声をかけてきた。ただしこの女性、どうやら人間ではない何かのようだ。人間の姿でうまく具現化しているが、わずかながら妖力が漏れ出ている。
「あのー…心ここにあらず、といった様子ですけども。どうかされたのですか?」
「ん?…いや、なんでもない。ただ少し、人生に見通しがつかなくなっただけだ。」
「それは…何でもあるのでは?…ふむ…私、悟りました。さてはあなた、ハ〇ーワークに職を探しに来たは良いものの、いろいろと都合が合わず追い出されてしまった、といったところですよね。」
「うっ、…まぁ、そんなところだ。しかし、ここの建物はクーワー〇ハではないか?」
「…はい?…ああ!そういうこと…」
彼女は私の言葉に最初動揺した様子であったが、事情を察して丁寧に教えてくれた。
「えっとですね、あなた、恐らくこの看板を反対から読んでしまっているのでしょう。事情は、なんとなくお察しします。あなたも私と同類なのでしょうから。今の時代は左から右に読むんですよ?」
「そうなのか?…いや、文明開化直後から記憶が無いものでな。ところで、お前はすでに私の正体に気が付いているようだが、お前も俺と同類なのだろう?名はなんという。」
「はい。私の名は『
覚…この名は聞き覚えがある。数百年前、何度か山で鉢合わせた妖怪だ。しかしあの時はもっと毛むくじゃらだった覚えがあるが。
「お前…とうとう女にも化けるようになったのか…」
「?…もしかして、前にどこかで会ったことがあるのですか?よろしければお名前を…いえ、やはり結構です。あなたはきっと次に、名前はもう捨てたんだ、と、かっこつけたことを言うのでしょうから。」
「やっぱりわかるのか、人の心が。」
「はい。そういう妖怪ですから。確かに私もあなたを知っておりました。以前何度かお世話になりましたから。ですが以前の名前で呼べないとなると、どう呼べばよろしいでしょうか…」
「…そうだな…私は妖魔なんだ、ゲンヨウとでも呼んでくれ。」
「ゲンヨウさん、ですか…まぁいいでしょう。ふふっ、まあなんともお若くなられたこと…」
「うるさいぞ…悪いか?」
「いいえ?むしろそそられます…ところで、お困りのゲンヨウさんに耳寄りな情報があるのですが、お聞きになられますか?」
覚は意味深な表情をして私に顔を寄せてきた。
「ここからの情報は他の人に聞かれると少々都合が悪いですから、こちらへお越しください。」
そう言って覚は薄暗い路地へ私を連れ込んだ。
「…まだ聞くとは言ってないんだが…まぁいい。…で、その耳寄りな情報というのは何なんだ?」
「はい。この覚、この度事業を展開しまして。現代の霊媒師の方を対象に、暴走した妖魔を鎮めようと思ったのです。それで、物は試しにと求人を出してみたのですが思いのほか集まらず…仕方なく求職に来られた方を直接お誘いしようとしていたところに、あなたがいたので。」
「…なるほど…妖魔退治の仕事か…それは簡単には集まらないだろう…いやそれよりも、よくあそこがそんな求人を出すことを許可してくれたな。」
「まぁ少し脅しをかけたので。…それで、やるんですか、やらないんですか?やって損はないと思うんですけどねぇ?」
覚は私にぐっと顔を寄せて圧をかけてくる。正直やってもいいのだが、今の私はあくまで人間だ。この仕事にリスクが伴わないという確証もない。どうしようかと悩んでいると、それを察したのか覚はさらに圧をかけてくる。
「ゲンヨウさーん?どうなされるのですかー?」
「ううっ…わかった、やる!やるから!いったん離れてくれ!妖力がほとばしってお前が暴走しそうになってるぞ!?」
「あら、いけないいけない。…ふふっ、とにかく、やっていただけるのですね?よかったです。では、仕事場へ案内しますので、迷わないように着いてきてくださいね。」
そう言って覚は私を近くにある山の奥地へと連れ込んだ。途中までは普通の登山道を進んでいたが、突然草むらに入ったかと思うと道のない鬱蒼とした樹海を真っすぐに突き進んでいった。生き生きと茂った草木をかき分けながらしばらく進むと、突然視界が開け、大きな寺院のような建物が姿を現した。
「ここです。」
「これは…寺か?それもなかなか大きな…見た感じ、妖術で結界が張られているな。外部からはいかなる接触も観測も不可能なのだろう?」
「はい、さすがですね。ここ封天寺は特別な結界でおおわれていますので、ここには限られた者以外誰も訪れることが出来ません。では、中へどうぞ。」
私は覚に案内され、寺の中へと足を踏み入れた。寺の中は多少広いだけで普通の寺と特に変わったことはなかった。あるとすれば少々変わった大仏くらいだろうか。
「…変わった大仏だな。」
「ええ、この寺を建立した初代住職の姿を模しているそうです。聞いた話では、その住職も妖魔の類だったそうで、その存在はもはや神格化されているんだとか。」
「そうなのか…ところで、ここにはお前以外誰かいないのか?」
「ああ、まぁ一応一人おりますけども…」
そう言って覚は気まずそうに部屋の外へと目をそらす。
「少々やんちゃな子ですが、目を瞑ってやってください…」
次の瞬間、どこからかドタバタという足音が聞こえてきて、徐々に近づいてきたかと思うとズザーッという音と共に廊下から畳の床に一人の少女が飛び込んできた。
「覚さん!覚さん!誰?お客さん!?何話してたの!?」
「はぁ…わらしちゃん、座敷で大人しくしてなさいって言ったでしょう?あなたという子はいつもいつもいたずらばかり…今日くらいは本当に大人しくしていてちょうだい。大将が見えてるのよ。」
「え?たいしょー?…は!?もしかして、あなたが噂の…」
「ああそうだ座敷童。言わんとすることはわかる。だがその名はもう捨てたんだ。もう口にしないでくれ。」
「ええ!?どうして!?どうして捨てたの!?それに、封印されてるって聞いてたのにどうしているの?復活したの?ねぇ、どうして!?どうして!?」
「やかましい!…順を追って説明する。私が名を捨てたのは過去と決別するためだ。封印から目覚めた時、この世界のなにもかもが変わっていることに気が付いた。だからこれを機に全く違う妖怪として新しく歩みだそうと思ったわけだ。まあ実際には、今私は人間の体なわけだが。それと、私の封印が解けた理由、なぜ私が人間になったのかということは、私の知るところではない。…わかったか?」
「うん、大体わかった!つまり今のたいしょーはたいしょーだけどたいしょーじゃないんだ。」
「…まぁそんなところだ。」
「…わらしちゃん、もういいでしょう?大人しく座敷に戻って遊んでなさい。この間プライスレスステーション買ってあげたでしょ?」
「えー?もう全クリしたし…アチーブメントもキャラレベルもカンストしたし…飽きたし…」
「ならサブ垢作ってもう一回最初からやりなさい!いい加減にしないとそのおかっぱ頭をメ〇ゾーマで焼き焦がして河童さんみたいにしますからね!?」
「やだ!?河童さんはやだ!てかメ〇ゾーマなんてしたらわらし成仏だよ!」
(…何の話をしているんだ…ていうか河童に失礼だろ…別にあいつがどう思われようが知ったことじゃないが…)
結局、座敷童は覚に追い出され渋々座敷に帰っていった。その後私は覚にここ百数十年の出来事について話してもらった。どうやら最近、かの大怨霊平将門が復活したことにより、日本各地の妖魔が暴走を始めているらしい。そんな妖魔たちを暴走から解放することが覚の目的だという。その他、大きな戦のことや様々な発明品について話を聞いたが、人間が我々妖怪を創作物にしていることにはいささか驚いた。そういえば途中少し離れた部屋から座敷童の叫び声や机を思いきり叩く音が聞こえてきた。覚はいつものことだと薄く笑っていたが、大丈夫だろうか…心配になってくる私であった。
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