朝焼

小狸

短編

 *


 盆は実家に帰った。


 仕事の休みが思ったより多く取れたので、久方ぶりの帰省であった。


 一人暮らし先から実家まで、電車に揺られて3時間であった。


 うだるような暑さの中、田舎の電車特有の強めの冷房で突き抜けて行った。


 人は、思ったよりも少なかった。

 

 盆休み後半には、関東に台風が直撃するという。それを危惧して、早めに行動するのが吉と踏んだ。皆もそう行動すると思い、混雑を予想していたのだが、それほどでもなかった。むしろ普段より少ないくらいだった。


 まあ酷暑の夏である。わざわざ手間を掛けて外出する者というのも少ないのだろう。ひょっとしたら「盆休みに帰省する」という文化そのものが、消失しかけているのかもしれない。それはそれで、何だか民俗学的に興味深い事象である。


 そんな風に、私は適当に理解した。


 読みかけの小説を片手に、ぼうとしていた。

 

 一行を読むのに大層時間が掛かったり、同じところを何度も読み返したり、うつらうつらとしていた。


 多分、疲弊していたのだろう。


 最寄り駅に到着した。


 自動改札もない、田舎の駅舎である。申し訳程度に置いてあるパネルにICカードをタッチして、改札を出た。


 南口から駅まで、徒歩で15分。そう聞くと近いように見えるけれど、急勾配の上り坂と、生憎の暑さである。20分以上掛かってしまった。


 両親は、あまり変わっていなかった。普通に私を迎え入れてくれた。思春期の頃はそれこそ反発したものだったけれど、良い両親である。大学生の妹は、サークル活動に明け暮れ、帰省はしないのだという。全く親不孝者だと思ったが、怒りより先に寂しさが来た。


 家の中も、変化を感じなかった。前回帰省したのが年末年始だったからだろうか。


 その日の夜は、父と母と仕事の話をした。とは言っても、大半は私の愚痴を聞いてもらう形になってしまった。寝る前に少し反省した。


 ゆっくりお風呂に入って、寝転がってテレビを見て、家族と話して。


 一人暮らしも大抵自由だけれど、実家というのも、居心地の良いものである。


 私がここで暮らしていた部屋は、ほとんど物置状態になっているので、夜は和室で寝た。


 次の日、これも社会人の宿命のようなものなのだろうか――いつも仕事に行くのと同じ時間に起床してしまった。


 朝5時である。


 両親はまだ寝ているようだった。物音を立てないように、水をコップ一杯飲んだ。


 そろそろ夜が明ける。


 せっかくだから朝日を見ようと思ったのは、それからしばらくスマホを見てからの話である。寝間着からジャージに着替えた。靴箱の奥にあった、高校時代使っていたランニング用のシューズを取り出した。古いが足にピッタリで、そこそこ丈夫なものである。


 そのまま玄関を出、鍵を閉めて、私は歩いた。


 走っても良いのだが、社会人になってからほとんどまとまった運動ができていない。できてネットに載っていた腹を凹ませる体操くらいである。下手に動いて、足腰を痛めても仕方がないと思ったのである。


 駅とは反対方向に歩く。すぐに急な下り坂があり、そこを抜けると、一面が田んぼに面した道になる。既にわずかながら日光がこぼれ始めていて、光の筋が道に差していた。


 そこから田んぼ道を行って帰って来るのが、いつも走っていたルーティンである。


 朝日が綺麗に見える。


 山裾やますそから顔を出す朝日と、丁度そこに程良くかぶさる木の陰が、また良い味を出している。


 そう思って少し歩いたところで、区画整理がなされていた。元々空き地だったところが売られていて、新たな住宅が立っていた。


 少なくとも、私の高校時代には無かった道である。


 そうか。


 この寂れた街も私と一緒に、生きているのか。


 盆とは、祖先の霊を祀る行事、である。


 ならば、ふるい道を、かつての街を、まつることもあるのだろうか。


 それらは、霊になるのだろうか。


 懐かしい景色は、いつまでも残っていてはくれない。


 それを悼むこの気持ちは、どこに運べば良いのだろうか。


 そんな時、丁度日の光が木々と雲の隙間からあふれ、辺りが急に明るくなった。


 自然、私は目を伏せた。


 すると――ほんの一瞬だけ。


 いや、きっとそれは幻覚で、都合良く記憶を反芻しているだけなのだろうが。


 かつて私が走った道が、見えた気がした。


 学校も、部活も、何もかも上手くいかず、両親にも意味もなく反抗し、もがいて、あがいて、悔しさをバネにできず、駄目なまま駄目以上になれなかった私は、ほとんど毎朝、走っていた。


 それはストレス解消で、鬱憤晴らしで、辛い思いを払拭するための方法でしかなかったからである。


 泣きながら、がむしゃらに走ったこともあったっけ。


 そう考えると、大人になったものだ。


 大人に、なれたものだ。


 そんな自分を、少しではあるけれど、褒めてあげることも、できるようになった。


 そうだ――私は、私を見つけたのだ。


 幻想は一瞬で途切れ、小綺麗な元の住宅地に戻った。


 帰って来て良かった。


 そう思って、私は歩みを進めた。


 太陽に向かって。




(「朝焼あさやけ」――了)

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朝焼 小狸 @segen_gen

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