第15話 13 目標、フジヤマ島!
出港から3日目の朝。日の出前。
ミカサの幹部士官たちがすでに薄暗いブリッジに詰めていた。
まだ赤い夜間灯が必要なほど海は暗かったが、左舷に見えるほの明るくなった東の空を背景に黒々とした巨大な影。あれがフジヤマ島なのだろう。
眠い目を擦りつつ、通信機の状態をチェックしていたヤヨイに、通信長であるデービス大尉がサーバーのコーヒーを淹れてくれた。
「まだ司令部は来ていない。今のうちに目を覚ましておけよ」
「ありがとうございます」
ヤヨイは大尉に席を譲り、
「機器、
「ん。ご苦労」
ブリッジの後ろに控えた。
そこへ、寝ぼけた顔のミヒャエルがあくびをかみ殺しながらやってきた。彼のすぐあとにワワン中将を先頭にしてルメイと第一艦隊幕僚たちがやって来た。帝国海軍でもっとも広いブリッジを持つミカサだったが、14、5名もの士官と下士官とが発する熱気で一気に熱く研ぎ澄まされた空気が漂った。
「おはようございます!」
うむ。みんな、おはよう!
口にはしなかったが、ワワン中将は出港時の落ち着いた風情のまま、そんな挨拶を返すかのようにブリッジを見渡し、すでに詰めている士官たちの敬礼を受けて司令官席に着いた。
「長官。予定海域に数隻の漁船がおります。リュッツオーが先行して追い払っていますので、今しばらくお待ちください」
艦隊幕僚の説明にワワン中将は黙って頷いた。
双眼鏡で前方海域を注視していた下士官が左舷物見台から報告した。
「前方10時の方向。ハコネ岩礁を確認。距離、8000!」
双眼鏡を覗いていた幕僚の一人がリュッツオーからの発光信号を読んだ。
「リュッツオーより、『予定海域の漁船は全船退避したものと認む』、です」
「よし!」
と、口髭のカトー参謀長が気合を入れた。
「長官。では各艦に演習開始を伝えます」
これにも、第一艦隊司令長官の老将は黙ったまま、ウム、と頷いた。
「ミカサより第一艦隊全艦。第一艦隊はこれより実弾要塞攻撃演習を開始する。ハコネ岩礁目標に対し、各艦攻撃準備せよ」
「第一艦隊は実弾要塞攻撃演習を開始。ハコネ岩礁目標に対し、各艦攻撃準備。アイ」
通信長が復唱、全ての周波数で呼びかけた。
「ミカサより第一艦隊全艦へ達する。これより第一艦隊は実弾要塞攻撃演習を開始する。ハコネ岩礁目標に対し、各艦攻撃準備。使用弾種は徹甲弾。これより周波数を統一する。各艦、130に周波数をセット。繰り返す。周波数130。オーバー」
「ヴィクトリーよりミカサ。実弾要塞攻撃。ハコネ岩礁目標。徹甲弾攻撃準備。周波数130。オーバー」
他の2艦からも順次アンサーが入った。
帝国海軍第一艦隊は平時4隻の戦艦で編成する第一戦隊と同じく4隻の重巡洋艦の第二戦隊で構成されていた。今回の演習は通信機を用いた艦隊運動をテストするのが最大の目的であるため、通信機を搭載した第一戦隊のみが参加していたのだった。いずれ通信機が標準装備になれば、第一、第二戦隊だけでなく、第一から第七艦隊まで全ての海軍艦艇に通信機が搭載され、艦隊運用を行うことになる。
「各艦、了解!」
「では砲術長。岩礁までの距離を測ってくれ」
カストロ主任参謀の指示ですでにハコネ岩礁を志向していたミカサの測距儀のゲージを覗いていた砲術長がすぐに反応した。
「距離、7100」
参謀長がウムと頷いた。
「全艦。単縦陣のままハコネ岩礁に接近。距離3000で各個に攻撃開始。岩礁を周回。3000を維持せよ」
「ミカサより各艦。単縦陣のまま距離3000で各個に攻撃開始。岩礁を周回。3000を維持せよ。オーバー」
「ヴィクトリーよりミカサ。単縦陣のまま距離3000。攻撃開始。岩礁を周回。3000を維持。オーバー」
「現在、目標までの距離、6000!」
測距儀の報告に続いてビスマルク、エンタープライズからもアンサーが入った。
ブリッジは最高度の緊張状態に入った。
予定海域に先行していたリュッツオーが射撃の邪魔にならないよう急速に離脱してゆく。さらに弾着観測の位置に着くため艦隊の進行方向やや右の南側に位置を占めようとしていた。朝日が昇り、白いしぶきをまき散らす黒い岩礁の上の石造りの建造物と思しきものがヤヨイにも肉眼で視認できるほどになった。
「目標、距離4300!」
「副長。全艦左舷砲撃戦用意!」
ルメイがミカサの主砲副砲の射撃準備を下令した。
「アイ、サー! 全艦左舷砲撃戦用意!」
前部砲塔がゆっくりと動き出し左舷に砲口を向けながら100ミリ砲の仰角を上げ始めた。
陸軍の100ミリ榴弾砲の流用ではあるが、前部の旋回砲塔から突き出ているそれは陸軍のものよりも根元が太く、砲身が長く見える。
それもそのはずで、海軍の艦載砲は陸軍のより射程が長い。より多くの装薬を使用するため、砲身の根元を強化している改良型なのだ。では陸軍のもそうすればと、言うのは簡単だが、陸軍砲はたった一門を6頭の馬で移動する。それに比べ、海軍のは重量の制限をあまり受けない。ある程度なら重量も長さも増やせる。流用砲でも射程を伸ばせるので海軍は口径の大型化に慎重だったのだ、とウリル少将から聞いたことがあった。
「目標、距離3000に達しました!」
「前部主砲塔。試射を行う。撃ち方はじめ!」
伝声管から復唱が聞こえたかと思う間もなく、巨大な衝撃波がどぐわんっと襲いブリッジ全面のガラスをビリビリと震わせ艦体が震えた。砲塔が一瞬だけ黒い煙に包まれ、再び姿を現した時には朝日を浴びて煌めいていた。
あの北の野蛮人の前哨陣地でも榴弾砲の咆哮を聞いたが、海軍のはすぐ近くでそれを聞いたせいか、何倍もの装薬の爆発のせいか、異次元の威力を見せつけていた。
発射された2発の弾体は朝日を反射して一瞬だけ煌めき、岩礁の手前に落ちて大きな水柱を斜めに2本立てた。
「射角修正、プラス0・5度」
「プラス0・5度、アイ!」
測距していた砲術長がマイクに向かって仰角修正を命じ、航海長が舵手に舵を指示した。すぐに伝声管から復唱が届く。前部と後部も含めて左舷に志向する全ての砲門が射角を修正した。
「修正次第、全門撃ち方はじめ」
伝声管から各砲のアンサーが入ってくるのと同時に4門の主砲、片舷10門の副砲が射撃を開始した。
ドン、ドン、ドドドン、ドン、ドンッ!
試射とは比べ物にならないほどの物凄い衝撃波が生まれた。ミカサの片舷全砲門から一斉に徹甲弾が打ち出され、艦体が揺れた。
「・・・すっげー」
傍らのミヒャエルが目を見開いて呟いた。
それは生理的快感さえ呼ぶ壮観な光景だった。
目標の周りには試射をしのぐ水柱が幾本も立った。が、その白い柱のど真ん中に赤い火が見えた。最初の一斉射撃で早くも命中弾を出したミカサの砲術技量は、やはり帝国海軍を代表する第一艦隊の旗艦に相応しい、優秀さを見せつけた。
4隻の戦艦が縦に並び航進する単縦陣は目標に対して等距離を保ちゆるやかな弧を描いてゆく。ミカサ主砲の第二射目の装填が終わるころ、二番艦のビスマルクも試射を、続いて一斉射撃を開始した。
単純なようでいて、艦隊運動しながらの固定点の射撃はその艦の砲術能力が如実に反映される。各艦の艦長、砲術長ともみな真剣に細心の注意を払って一発でも多く命中弾を出そうと必死になっている。皆神経を尖らせているのが「にわか海軍士官」のヤヨイにもわかった。
ミカサは主砲12回、副砲はその倍以上の射撃を終え、弾着観測していたリュッツオーの前面を通過して折り返した。今度は右舷に今までの目標と最後に射撃するヴィクトリーの射撃を見守りながら西進して速力を落とした。
ヴィクトリーの射撃は海軍の素人であるヤヨイの目にも目覚ましいものに映った。試射無しでいきなり命中弾を出し、しかも主砲副砲の発した弾の4分の1ほどが目標に火炎を上げ、さらに主砲で10数回に及ぶ一斉射撃。その間副砲は30回以上は射撃した。
「ほおーっ・・・。やりますなあ」
思わず艦隊司令部の幕僚からも溜息が漏れるほど、ヴィクトリーの射撃は完璧なものだった。ワワン中将が顎髭で覆われた相貌をわずかに崩し、最初の射撃を終えて回頭するヴィクトリーを眩し気に見つめていたのが印象に残ったほどだ。
ふと、ルメイを見た。
司令官とは反対の、ブリッジの左舷側に直立しじっと前方を凝視していた。その横顔からは何も伺えなかった。
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