生贄の村
やざき わかば
生贄の村
山裾にある、古くからの村。この村は、飢饉や日照り、水害などがあると、村の若い娘を生贄として捧げる真似事をし、神を欺き強かにやってきた。
自然災害をおさめてもらうために祈りはするし、お供え物も捧げるが、かといって同じ村の仲間たちを生贄としてまで助けてほしくはない。罰を当てられるものならやってみろ。そんな剛の者たちの住まう剛の村であった。
そして現在。
古来より続く『生贄の真似事』も、すっかりお祭りとして定着し、村人たちや観光客を楽しませる行事として、マニアな人気を集めている。
そんな村に、新しく担当となった神が赴任してきた。
彼は村長をはじめ村人たちに、「太古よりの習わしである。生贄をきちんと捧げろ」と要求してきた。「それはもう。神様の仰るとおりに」と遜る村人たちを見て、ほくそ笑む新任の神。
「なんだ。従順な連中じゃないか。先達の神々は、俺と違ってよっぽど程度が低いらしい」
この新任、天界で働き始めたばかりの新神(しんじん)なのだが、とにかく態度がデカくて悪かった。先輩神や上司神の注意なんてなんのその。仕事はしないが自信とプライドだけは人一倍あるという厄介者だ。
そんな折、天界のお偉いさんからこの村への担当を仰せつかる。
通常、新神が人間の自治体を任されるには、数年の下積みと勉強を行い、ある程度の経験を培ってからになるので、これは異例の大抜擢だ。
「いいか。この人間の村は、我々天界の間では『生贄の村』と呼ばれている。お前の使命は、村人たちを管理し、儀式の日にきちんと生贄を捧げさせることにある。分かるな?」
「大丈夫ですよ。なんたって、俺はどんな連中よりも優秀だ。だからこそ、こんなに早く出番が回ってきたってぇもんです。まぁ、ちょちょいとやってきますよ」
さて、新任が担当になって初めての『生贄の儀』。彼は、山奥にある立派な祠にこもり、哀れな犠牲者を待つ。村人たちが樽に入った其の者を、ここに担いでくる手はずだ。
「これで生贄を天界に連れていけば、俺の使命もひとまずは終わり。なんでこんな簡単なことに、今まで手こずってきたのかね。まったく呆れる」
外から物音がする。大きなものを置く音のあと、数人の足音が遠ざかっていく。どうやら、生贄の準備が整ったらしい。新任は外に出て、樽を祠に担ぎ込む。
「ほらな。これで終了。簡単なものだ」
にやにやしながら樽を開ける。どうも様子がおかしい。中の生贄が全く動かない。よく見ると、中には美少女フィギュアが一体。手紙が付いている。
『生贄でございます。これでご自分をお慰めください。 村人一同』
「生きてねぇじゃねぇか」
その夜、新任の怒りの咆哮が山々にこだました。
次の日、激怒する新任は村長を呼び出した。
「人の子よ、昨日のあれはなんだ。神をおちょくっているのか」
「滅相もございません。そうですか、そんなことがありましたか。村人たちは私から叱っておきますので、どうかお許しを。次回こそはちゃんといたします」
「言ったな。きっとだぞ。次、失敗したらひどいぞ」
次の『生贄の儀』。何故か樽の数が三つもあった。
「お詫びのつもりだろうか」
訝しみながら樽を全て開ける。すると、中から女装した髭面のマッチョがゴソゴソと出てきた。三人の髭面が、似合っていないウィッグを被り、似合っていないどころか、サイズの合っていないドレスのようなものを身にまとい、近付いてくる。
「さぁ神様。筋肉祭を始めやすぜ」
新任は一晩中、女装マッチョ三人のポージングや筋トレに囲まれて過ごした。朝日とともに去っていくマッチョたち。朝を、ここまで素晴らしいと感じたのは、初めてだった。
その次の儀式の日は、樽が五つ。周囲には何やら黒い物体に紐が繋がっている。もはや嫌な予感しかしないが、とりあえず全て開けてみる。スラッシュメタルバンドが出てきた。一晩中、大音量でギグを聴かされ、耳と首がポンコツになった。
さらにその次は、樽が三つ。数が減っている喜びに打ち震えながら蓋を開けると、二つから小さな子供たちが五人ずつ。計十人の子供たちが出てきた。やっとちゃんとした生贄かと思いきや、残りの樽からは例の髭面のマッチョが一体。
「さぁ、子供たち! 神様のおっちゃんが遊んでくれるぞ!」
「いやあの、せめておにいちゃんにしてくれ」
子供たちに、もみくちゃにされる新任。肩車、鬼ごっこ、かくれんぼ、だるまさんが転んだ、おしくらまんじゅう、花札、麻雀、ちんちろりん、サバゲー。もう朝まで休む間もなく付き合わされた。
さすがに村長に泣き付く新任。
「なぁ。もういいだろう。生贄を出さないのは解ったから、もう開放してくれ」
「おやおや、神様とあろうものが情けない。まだまだこちらは遊び足りないので、もっと付き合っていただきますよ。人間の命を取ろうというんだから、これくらいのリスクは負ってしかるべきだ。ねぇ神様」
新任は、まだまだ続く無限地獄を想像し、今までの尊大な自らの態度を呪った。
……
さてここは天界。上層部の神々が何やら話し合っている。
「あの生意気な新神は、元気にやっているのか」
「ああ。例に漏れず、あの村の洗礼を浴びているよ。かわいそうに」
「あの村が『生贄の村』と呼ばれる所以だな。生意気だったり、協調性のないやつを、『生贄』としてあの村へ送り込み、現実の辛さを叩き込むわけだ」
「人間ってのは、神々の何倍も恐ろしい存在だな。くわばら、くわばら」
生贄の村 やざき わかば @wakaba_fight
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