壊れた少女

埴輪モナカ

第一章

4月、入学式。

華やかさを目立たせて、まるで「わが校は素晴らしいだろう!君たちは今からこの学校の生徒になることができるのだ!」と言わんばかりの講和やらなんやらをぼーっと眺めて、すらいなかった。

僕の視線は、一人の女子生徒に向かっていた。

後ろ姿がきれいでもない。背丈やプロポーションが後ろから見ても素晴らしいわけでもない。むしろ失礼だがみすぼらしいとさえ言えてしまう。

そんな少女の上履きは、どこか不自然に汚れていて、そんな少女の髪の毛は、不自然に濡れている。

異様。おかしいはずなのに、他の誰も気に留めていないので、僕も気に留めていない振りをし続けている。

明確なのは、クスクスと、教師陣が聞こえない程度の音量で、不快に笑っている男女複数名の声である。


高校受験の少し前に、両親から大事な話があると言われた、

「父さん、出世が決まってな、海外に行くことになったんだ。ただの出張じゃなくて、住むことを前提にしてだ。しかもアメリカの主要都市だ!」

喜ぶ父さんと、便乗してやったーとか言っている母。

「それで、その出世を次年度の年始にしてくれないかと頼んだんだ。だからな、来年からは、おばあちゃん家で過ごしてくれ。できるか?いっそ一人暮らしでもいいぞ?金は入るだろうからな。ガッハッハ。」

そういうわけなので、適当な難易度で、適当に周辺施設が整っている高校を選んで、一人暮らしを始めることになった。

家賃や光熱費は親の口座から勝手に引かれるし、僕の口座には毎月十万渡される。小遣いと食費をまとめて。とのことだ。


そんなふうにしてやって来た高校が、こうも陰湿な場所だとは思わなかった。

そんな感想を抱きながら、初日の用事がすべて終わる。自己紹介やら配布物の確認やらと、あと放課後恒例のクラスメイト同士の連絡先交換会。周辺中学からある程度まばらにやってきてはいるようで、集団ができるものの、明確なあぶれグループがなさそうなくらい。

いずれも目立たないようにしながら、適当に周りに合わせて、少しテンションの低いやつを演じてから帰る。

目立たなければ、大したことにはならないだろう。少なくとも、あんな異常事態にはなりたくないし、関わりたくもない。

冷たい人間だ。と言うなら肯定しよう。僕は僕さえ良くて、周りに迷惑が掛からないならそれでいい主義なのだ。

と、そういう考えの人には天罰が下るのか、数日後に実施された委員会決定会では、例の女子と同じ委員会になってしまった。

名前は宮森愛湖(みやもり あこ)と言うらしい。


僕たちは図書委員になったわけだけれど、図書委員に手を挙げると、隣の席の上っ面だけ仲良くしている奴に「おまえ、やっぱりめんどくさがりだな。」と言われた。仕事が少ないという話でもあるのか?

天然を装って「そなの?」と軽く返してから、黒板に「後藤和(ごとう やまと)」を書いた。


その後に、各委員会でそれぞれの場所に集合する予定。だったのだけれど、僕と宮森さん以外には誰も来なくて、来たというより居たのは司書さんだけだった。

「あら、今年は二人も来てくれたの。うれしいわぁ。」

「おばあちゃん、ここの司書してたんだ。」

少し驚いた。まさか、自分の祖母が仕事をしている高校で、直接かかわることになるなんて・・・。

「あら、言ってなかったかしら。てっきり、かわいい孫が私に会うためだけに来てくれたのかと思ってたのだけれど。」

「違うよ。一番楽そうで目立たなさそうだったから来たの。」

おっと、外の人に素の声音を出してしまった。

本題に入って誤魔化そう。

「それで、図書委員の人、僕たち以外に来てないけど・・・どういう事かわかる?」

「そうそう、毎年大体誰も来ないのよ。むしろ来ないことが当たり前になっちゃって、担当の教員すら来ない始末でねぇ。ま、私ひとりでできるから問題ないんだけどねぇ。」

損な性格してるなぁ。とは思うけれど、何もしないどころか図書室を荒らされるよりはよっぽどマシ。という考えなのだろうか。

「あの、おばあちゃんって、ほんと?」

細々とした声で少女が訪ねてきた。

 いままで口を出さなかったくせに、口にされたくないところを・・・。

僕が答えるより早く、おばあちゃんが答えてしまった。

「そうよぉ。私の可愛い孫なの。よければお友達になってあげて。」

「と、友達なんて、私なんかが・・・。」

うーわ。というのが率直な感想だった。

自信が無く、ここまで卑屈だと、可哀そうを通り越して引いてしまう。どうしてここまで卑屈になれるのか。もっと自由に生きればいいのに。

「あらそう?あなた、元気な顔をすればキレイでしょうに。」

そんなおばあちゃんの誉め言葉に、不慣れな宮森さんはうろたえながら何も答えられないでいた。


そんな人は放っておいて、再び本題に入る。

「それで、仕事とかってあります?何かやる事とか。」

「あら、やる気いっぱいで助かるわぁ。でもごめんなさい、できることは私が全部終わらせちゃってるの。」

さすが父の母。有能さが限界突破している。なんで司書してるんだこの人。

「だけどそうねぇ、もししてくれるなら、昼休みとか放課後とかに図書室に来てくれないかしら?いつも一人で寂しいのよねぇ。」

仕事が無くて追い返されるよりもよっぽどありえない仕事内容かもしれない。

感想は別として、

「なら、図書室の運営の手伝いをするために、昼休みと放課後の二回、図書室に来るようにします。・・・宮森さんはどうするの?」

「わ、私も来ます。むしろ、私なんかがお役に立てるなら・・・。」

そういうわけで、図書委員会が活動(?)を始めることになった。


委員会も決まり、日直当番などの説明ももらい。平穏な高校生活。スローライフ。とはいかなかった。

何せ空気が湿っている。どこまでも冷たいのにどこまでも湿っていて、不用意に刺激をしようものならいつ凍り付いてしまうかわからない。そんな過冷却みたいな空気なのだ。

幸いと言っていいかはわからないが、その悪意のほぼすべてが宮森さんにかかっていることが、クラスが二分して学級崩壊。となるよりは、マシなのかもしれない・・・。そんなのは教員か部外者からの感想だろうか。

無根拠な噂も、実害のあるいじめも、悪意ある言葉も、宮森さんを襲っている。合わせて一日三回程度ならマシ、多くて10を超える。教員は見て見ぬふりをしている。宮森さんも誰かに助けを求めたりしない。

むしろ、図書室に委員の仕事をしに来るときには、いじめられてるわけないじゃん。みたいに身なりを整えてから来る。予備の制服でも持っているのだろうか。


図書室の裏手には休憩室があり、そこでお弁当を食べても図書室内に臭いが通りにくくなっているように作られていた。代わりに扉があったりガラスが無かったりと、若干の閉塞的な空間ではあるが、窓は開けることができた。

おばあちゃんがなにを吹き込んだのか知らないが、宮森さんは、度々されていることを僕にだけ報告するようになった。報告は三日に一回程度ではあるが、よそから見ていても頻度が少ない。

同じことの繰り返しだったりするが、それに耐え続ける宮森さんも恐ろしいし、あまり表情を変えない宮森さんを標的にし続ける彼ら彼女らの執着心もなかなかのものだ。いや、もしくはただの作業にしているのだろうか。

べたな話は、「靴が片方隠される」とか「執拗に揶揄われる」とか「水をかけられる」とかだ。

やりすぎではと思った話は、「弁当を荒らす」や「教科書やノートを水浸しにする」「ハサミで髪を切る」など。

どうしてそこまで執着するのだと聞きたくなってくるが、僕の結論も宮森さんの結論も同様な代物だった。

おそらく、つぎの標的が他の誰かに移らないために行っているのだと。

文面にすると、まるで非道な方法で民を守るブラックヒーローみたいだが、この文における「誰か」とは、すなわち宮森さんをいじめている自分。という意味であり、平たくすると。「宮森さんをいじめている自分自身が次のいじめの標的にならないためにいじめを続けているのだろう。」という結論である。

「これじゃあどうにもできないね。」

何て言う僕に、

「いいんだよ、聞いてくれるだけで、助かってるから。」

と、信用できない元気のない声で返してくる。

褒められるときとか、普通にしゃべるときよりも、こういう話題でテンションがほぼ地底の底みたいな状態であれば、流暢にしゃべれる。という事も知った。

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