願いに眠る

猫雨

第1話 はじめまして

『次のお仕事はなんですか?』


ぼくは目の前の主に尋ねる。


『……そうだな。では、あの子を連れてきなさい。』


主は優しく透き通る声でぼくに命じられる。


そしてそっとぼくの頭をなでてくださる。


お顔は見えないけれど、きっと素敵なんだろうなぁ。


『はい。たしかに』






ぼんやりと目を開く。


映るのはいつもどおりの白い天井。


息を吸おうとするとヒュッと喉が狭まり、思わず咳き込む。


体中鈍い痛みが回っているのに、心臓だけが鮮烈に痛む。


横を見ると今日も花は変わっていない。


鮮やかだった花は茶色に変色してボロボロと崩れている。


けど、看護師さんに言って変えないでもらっている。


父さんも母さんも、最初こそは頻繁にお見舞いに来てくれたけど、今ではもう危篤状態にならないと来てくれない。


こんな僕にも疲れちゃったのかな?


なんだろう、もやもやする。


……また、これだ。


前の病室から変わって一人になってからは少なくなったのに。


たまにこんな気持になる。


そういう時は目を強くつぶる。


頭の中を空っぽにして、もやもやが消えるのを待つ。


……早く終われ、早く終われ、はやくおわれ、はやく……


『……えーっと、だいじょうぶ?』


「__!?」


聞いたことがない声がしてパッと目を開く。


……うわぁ、きれい


色がない病室には眩しすぎるくらい綺麗な子が目の前に……


「……浮いてる!?」


『うわっ!もーうるさいなー』


綺麗な子には真っ白な羽が生えていた。


天井やベッドみたいな空っぽな白じゃなくて、もっと優しい白。


白いワンピースのような清楚な布から溢れ出す神々しさ。


おまけに頭には大きな輪っかが浮いている。


金色の肩に届かないくらいのサラサラしている髪は光を放っているかのように眩しい。


同じ色の双眸は……今まで見てきたものの中で一番綺麗。


少女のようにも少年のようにも見える顔立ち。


笑顔は前の病室の、親が見舞いに来てくれた子どもみたいにあどけない。


この子は、まるで……


「……天使みたい」


『みたいって何!?天使ですけど』


「じゃあ……僕を迎えに来てくれたの?」






『そうだよ。』


ぼくは目の前の少年を見る。


黒い肩まで伸びた髪。


白い肌は陽の光を知らない。


大きな黒い目は冷え切っていた。


ぼくがみて来た子どもの……いや、人間のなかで一番昏い目をしてる。


「じゃあさ、」


少年はぼくをじっと見る。


「僕のお願いを叶えてくれたらすぐに逝ってあげる。」


お願い?


『いいよ。で、願いは?』


少年はにやっ、と笑う。


「それぐらい当ててよ、天使でしょ?」


『なっ!?このませガキ!』


「あはははっ」


少年は初めて笑った。


なんだ子供っぽいとこあるじゃん。


『……はあ、わかった。見つけて叶えてあげる。』


すると少年は大きな目をさらに大きくする。


「え、叶えてくれるの?」


『当然でしょ。第一、本人の望みを叶えてから連れて行くのがルールだし。』


「僕が先に死んじゃったらどうするの?」


『君を魂の状態にして願いを叶える。』


「へーえ、それもいいなあ」


『けど寿命を伸ばすとかはできないからね?』


「うん……そんなこと、望んでない。」


少年はまた昏い目に戻る。


うーん、生についてのことじゃないのか。


じゃあなんだ?


「ねえ、君なんていうの?」


『ぼくは天使だよ。』


「名前は?」


『ないよ。必要ないからね』


「……必要だよ。僕が呼ぶんだから。」


『けれど、ないものはないから……』


「じゃあヒカリ!君の名前は今日からヒカリだよ」


ヒカリ……。


なんか、変な感じ。


まあこの子が生きている間のお遊びだ。


付き合ってあげるか。


『わかった。君はレンだよね?』


少年__レンは目を見開く。


「なんで知ってるの?」


『天使だから。』


「ふーん。ねえ、ヒカリは男の子?女の子?」


『天使に性別はないよ。』


「そうなんだ。何歳?」


『天使に時間の概念はないよ』


「ふーん。いつまでいるの?」


『レンの願いを叶えるまで。』


「へぇー」


『君は生きていたいの?』


「どう思う?」


レンは挑発的に目を光らせる。


……時間は限られてくる。


レンが生きている間に叶えてあげないと。


死んでからだとできないものだと困るし。


そのとき脳内に鐘の音が響いた。


招集だ、行かないと。


ぼくは翼を広げ窓へ向かう。


「行くの?」


『うん。また明日。』


ぼくは窓を通り抜け天を目指した。






その日の招集内容は各々の役目発表だった。


一般天使は『争いの種』の回収、『運命の糸』をつなぐ、自然への『恩恵』。


上級天使は『魂』の先導、生物への『恩恵』


ぼくは『魂』の先導に該当する。


上級というほど時は経っていないけれど、一般の仕事がどうしてもできなかった。


『争いの種』は落とすし、『運命の糸』は絡まらせるし、『恩恵』を作れない。


そんな中、主はぼくを処分せず、違う仕事をくださった。


こっちはうまくいくんだよね。


人間の顔……目を見れば何を考えているのかわかる。


理性に押し込まれた感情や欲望が手に取るようにわかる。


よくあるのはなんだっけ?ああ、


__アイサレタイ、だ。


それをつなげて死へと導くことは簡単だった。


ぼくが担当する人間たちは幸福とは縁が無いような子供たちだったから、小さな願いを叶えるだけで喜んでぼくに従ってくれた。


ぼくはどんどん仕事をこなした。


上級天使なんて比にならないほどの。


その度に主は声をかけてくださった。


ぼくは何よりもそれが嬉しかった。


今回は不思議だった。


大きな黒い瞳は幸せなんてちっとも映してなくて、


あぁ、いつもどおりだなって思った。


けど、幸せがないだけだった。


ただ、それだけだった。


何がしたい、というのが何も見えなかった。


担当してきた人間皆にある『何か』は確かにあった。


けど、それ以外なにもない。


本当に空っぽで、なんにも期待していない、いや、なにも感じていなかった。


希望も、絶望も、感情も、期待も。


病気による肉体的苦痛以外、あの『何か』以外のすべてを感じていなかった。


ぼくは『何か』を感じることができる。


けど、その『何か』がわからない。


人間たちもわかっていなかった。


とにかく『何か』以外を感じさせてみよう。


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