第2話
『踏み込み!』
平日の15時という事もありギルド沿いの道を歩いている人は見られないが、スキル名を口に出すのは恥ずかしいので心の中でそう唱える。
すると、無事にスキルが発動したようで、2メートル程の距離を移動したのが分かった。速度は全力疾走と同じかそれ以上。連続で使用できるという事であるならば、確かに有用なスキルなのだろうが…
「なにこれ、『ブラストスラッシュ』の劣化版じゃん」
リーダーがハイ・ゴブリンを倒すときに使っていたスキルは、移動距離も長かったし、なにより目で追えない程のスピードだった。
しかし『踏み込み』と言うのだから、本領はその後の行動なのかもしれない。
試しに短剣を構えて『踏み込み』を発動してから腕を振るうと、スキルの後に生じる隙もなく、シームレスに攻撃へと派生することが出来た。
なるほど、このスキルはブラストスラッシュの様に移動と攻撃を同時に行使できるスキルでありながら、攻撃をするのか、しないのか。それとも別の行動をするのか。という揺さぶりにも使えるらしい。
その後も何度かスキルを発動して分かったが、このスキルには意外と汎用性があり、横や斜めへの移動も可能だった。
まぁ、踏み込みとだけあり、後方への移動は出来ないのだが。
一通りスキルを発動して満足した俺はそのまま武器と防具を買いに向かう。
折角聖騎士という職業を手に入れたし、それに似あう格好をしなければ勿体無いという子供じみた理由ではあるが、レベルが20を超えた後は職業に見合った装備以外を身に着けても大きな効果を得られなくなると聞いたことがあるからだ。
でも、この短剣を装備できなくなるのは少しだけ寂しいかもしれない。
◇◆◇
絢爛なメインストリートから離れて雑多な路地裏へ入ると、目立たない位置に小ぢんまりとした木組みの建物があった。
そこは俺の数少ない友人から教えてもらった武器屋で、なんでも、腕利きの職人が駐在しておりオーダーメイド品も作ってくれるらしい。
ネットにも店の情報は乗っておらず、一見さんはお断りなのだとか。
店を開けると、所狭しと並べられた武器の奥で不愛想なおっちゃんが出迎えてくれた。
「…誰の紹介?」
「あの、初めまして。美波っていう友人の紹介で来たんですけど」
「そう」
いかにも武器屋の店主と言った風貌のいかつい店主は俺の事を値踏みするようにじっくりと眺めてくるが、どうやら入ってもよさそうな雰囲気だ。
俺も負けじと店主を見返すと、真っ黒な焼けた肌に、ツルリとしたスキンヘッド。
ピチピチのTシャツからは、鍛え上げられた肉体が見え隠れしている。
やべぇよ。この店主完全に何人か殺ってる顔だよ。俺なんかが近づいたら一口でペロリだよ。
「なによ、食べられたいの?」
店主はカウンターに頬杖を突きながら挑発的な笑みを浮かべた。
あかんッ!殺られるッ!……というか、犯られるッッ!
「あぁ、そ、そういえば用事を思い出したので、今日の所は…」
俺は店主と目を合わせない様、非常に曖昧な面持ちで後ずさる。いや、この場合は目を見た方がいいのか?熊に合った場合はそうするべきだったはずだ。
「あら、よく見たら貴方…聖騎士じゃない。最近はモンスターも強くなってきてるから、魔法使いや弓使いが増えてのに、人気のない盾職をやるなんて…」
…イカしてるわぁ……‼
恍惚とした表情で唇を舐める店主を見ると、一瞬背筋に冷たいものが触れたような錯覚を覚えて全身から脂汗が噴き出してきた。
……それよりも、俺の職業を言い当てたという事は『鑑定』スキルを持っている【生産職】か。だとすれば、最悪の事態になっても逃げることが出来るだろう。
そう思う事で何とか平静を取り戻した俺は、目の前のモンスターと対話する事を選んだ。
「…えぇ、そうです。というよりは、それ以外に選択肢がなかったんですけどね」
騎士や回復術師は性能的に聖騎士の下位互換に近いので、あの選択肢は実質一択だったともいえる。まぁ、ガチのヒーラーになりたいのなら回復術師でも良かったのだが。
「あら、じゃあきっと天職だったのね」
「…そうかもしれません」
微笑むように首を傾げた店長を見て、俺は少しだけ心に痛むものを感じた。
もしかしたらこの店主は良い人なのかもしれない。
今までに腐るほど読んで来たライトノベルでは、見た目の怖い人ほど優しかったりするのは最早テンプレと言っても良い程に定着しているのに、俺はそれを忘れていたのだ。
俺は先ほど心の中で店主の事を変態だのモンスターだのと呼んだことを恥じて店の奥へ進むと、改めて店主の方を見る。
「俺、今日聖騎士になったばかりで右も左も分からないんです。どんな装備を揃えればいいのか教えて貰えませんか?」
「あら、初々しいわねぇ。いいわよ。お姉さんが何でも教えてあ・げ・る」
やっぱり変態なのは間違っていなかったかもしれない。
店長の鍛え上げられた太い腕で肩を抱かれながら移動した先は鈍器のコーナーらしく、店の入り口に置かれていた商品よりも雑多に並べられている。
店長はおもむろに柄の長いハンマーを握ると、俺に持つよう促した。
「それはウォーハンマーよ。使ってみないと分からないでしょうし、後で庭に行きましょうね」
そんな事を言って、棘の付いた鉄球を鎖で繋いだモーニングスターや、柄の先に鋭い凹凸の
店主さん!鉄の塊のような武器をそうやって何本も持たされると、俺の腕が……
腕が、重くない!?
今も俺の腕の中でガチャガチャと重厚感を感じさせる音を出しているし、武器が軽いということは無いだろう。
ではステータスが上がったから?いや、何時もの貧弱ステータスのままだ。
……職業を得た事による恩恵か?
職業を手にした瞬間にすべての武器を軽く感じるのか、職業に適した武器だけが軽くなるのか。恐らくは後者なのだろう。
そうだとすれば、職業ごとに推奨される武器が設定されているのも納得できるというものだ。
俺が感心したように武器を眺めていると、店主さんが「武器が好きなんて、やっぱり男の子ねぇ」と呟いて、生暖かい笑みを浮かべて来る。
「折角だし色々試してみようと思ったのだけど、思ったよりも多かったわね」
「まだ他にも試して貰いたい物があるから、カウンターの裏から外へ行っててもらえるかしら?」
確かに重くはないのだが、これ以上持つと何かを落としてしまいそうなので、店主の言うとおりに裏口へと向かう。
大丈夫ですよね?カウンターの裏は行き止まりになっていて、後ろから襲われるなんて事はないんですよね?
俺の両手は武器で塞がっているので、申し訳ないとは思いながら足を使って押し扉を開けると、西日と共に大きな庭が視界に飛び込んで来た。
地面には短く刈り込まれた芝生が生えており、みずみずしいバラの生け垣が庭を取り囲むように植えられている。
端の方に目をやると、恐らく日用的に使用しているのだろう。ティーポットの置かれた木製の机を挟むように2対の椅子が向かい合って置かれていた。
「綺麗でしょう?」
「えぇ、そうですね」
俺は後ろから聞こえてきた声に返事をした後、この問答が罠だという事に気が付いた。
「あら、あたしの事じゃないわよ?」
諮ったなッ‼この筋肉モンスターめッ!いや、確かに店長の鍛え上げられた肉体は彫刻の様に美しいが、そういう意味で言ったのではない。
「…冗談よ。拗ねないで頂戴?」
俺は両手の武器を庭に下ろして振り返ると、山の様に積まれた防具を抱えた店長が庭に降りて来るのが見えた。
この人、職業の恩恵を受けない装備を軽々と持つとは……やはり化け物か。
「さぁ、まずは防具を選びましょうか。採寸してあげるからこっちに寄りなさい」
防具を地面に下ろした店長は頬を赤く染ながらメジャーを持って俺に詰め寄ってくる。
……拝啓、お父さん、お母さん。僕は今から死地へ向かいます。
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