良家の騎士になったけど専属のお嬢様が不幸体質過ぎる。

神楽鈴

第1話

よく晴れた日の昼下がり。爽やかな秋風が吹きすさぶ中、俺達のパーティーは市街地にて『ゴブリン』の群れと対峙していた。

 小学生ほどの体躯をした人型のソレは、見るも無残な程に痩せこけており、全身が緑色をしている。


「コウ、援護を頼む!」

「任せろ!」


 俺はリーダーが『ハイ・ゴブリン』を攻撃しやすいように、取り巻きのゴブリンを相手取る。相手の粗悪なこん棒と鍔競り合いになるが、俺の短剣は昨日鍛冶屋に出して手入れをしてもらっているので手ごたえは上々だ。


 ハイ・ゴブリンは腰蓑の上にぽっこりと乗っかった腹を摩りさすりながら醜悪な笑みを浮かべてリーダーに襲い掛かる。

 やせ細った腕から振るわれたこん棒だが、思いの他スピードが乗っており、リーダーは赤毛を揺らしながら寸でのところでそれを躱す。


「沙耶、茉奈、コウと一緒に取り巻きの相手を頼む!」

「もうやってるわよ」


 弱い奴から片付けるのは狩りのセオリーだ。

 リーダーが声を掛けた時には既に詠唱を終わらせていたのだろう。茉奈と呼ばれた女性が冷たく返事をして俺と鍔競り合いになっていたゴブリンに炎の塊をぶつける。


「うわぁ、ナイスヒット…」


 ゴブリンは俺の真横に3メートル程吹き飛び、火柱を上げながら空中できりもみ回転をして民家の塀にぶつかると、地面に落ちたころには既に絶命していた。

 一歩間違えたら俺も同じ目に合っていたのかと考えると、ぞっとしない。


 そんな事を考えながら残りのゴブリンに目を向けると、既に沙耶さんによって追い詰めた後らしく、左胸を真剣で貫くところが見えた。


「残るはお前だけだぜ?」


 リーダーがそう言ってハイ・ゴブリンに向かって走り出したので、俺も援護の為に短剣を投げつけると、見事、右腕に命中した短剣によってハイ・ゴブリンは構えていたこん棒を地面に落とした。


「…やるじゃん」


 そんな隙をリーダーが見逃すはずもなく、スキルを発動して追い打ちをかける。


『ブラストスラッシュ!!』


 そう叫んだ途端、リーダーの体は剣の残像だけを残してハイ・ゴブリンの遥か後方まで移動しており、一泊置いてゴブリンの体が斜めにと、紫色の煙を上げながら消滅した。


「いやぁ!あのナイフ投げは最高だったな!」

「…ゴブリンも焦ってた」



 リーダーが満面の笑みで手を上げて近づいてきたので、俺も真似をしてみると、ハイタッチをする形となった。やだこれ陽キャみたい…


「ありがとうございます…お陰でレベルが上がったみたいです」

「おぉ!やったな!職業選べるんじゃねぇか!?」


 俺の目の前には半透明の青いウィンドウが表示されており、リーダーの言う様に、幾つかの職業を選択できるようになっていた。


「選択肢は『騎士』『回復術師』『聖騎士』の3つみたいです」

「んあ?聖騎士っつーと」

「…中級職」


 それってつまり、俺の有り余る才能が覚醒して最初からランクの高い職業に就けるっていう事ですか?自分なんかやっちゃいました?


「俺、聖騎士になります」

「いいなぁ!最初から中級職になれる奴は少ないんだぞ?」


 まぁ、その分偏ったステータスになりがちだけど。という茉奈さんの言葉を聞き流しつつ、俺はウィンドウの聖騎士をタップした。


 それにしても聖騎士という名前は良いな。なんだか響きが格好いいと、俺の廚二心が騒いでいる。よしよし、後で装備を買い揃えてやるからな。


「なぁ、聖騎士っていう事はタンク盾職だろ?しかも回復までできるらしいじゃねぇか。正に俺達のパーティーにうってつけ……」


 そこまで言った時、今まで黙っていた沙耶さんがリーダーの肩を小突いた。


「いや、別にいいだろ?今回の臨時パーティーはギルドから課せられた試験だけど、勧誘したらダメだなんて聞いていないぞ!」

「……じゃあ、これからBランクの狩場に行くことになってもコウをタンクとして使い続けるの?」


 リーダーはバツの悪そうな表情を作りながら俺に「いけるか?」と聞いてきた。

 いや、いけるわけないですよね?職業によって防御系統の能力は上がるだろうけど、いきなりBランクの狩場は荷が重いです。ハイ。


「今回の狩りが上手くなったのは、皆さんが俺のレベルに合わせてくれたからです。本来なら、茉奈さんが遠くから魔法を撃つだけで終わっていた事じゃありませんか?」

「いや、だがなぁ」


 例え臨時だとしても、俺が自分のランクよりも高いパーティーに入れたのは理由がある。それは、冒険者ギルド側から「強さに明確な差がある」と判断されたからだ。


 Bランクともなれば、周りの冒険者など殆どが格下だろう。

 しかし、冒険者は強力なモンスターが現れた時、近くに居る冒険者と即席のパーティーを組む事を強いられることがあるのだ。そんな時に「雑魚とは一緒に戦えん」等と言って連携が出来なければ、辺りに被害をまき散らすこととなる。


 そうならない為にも、Bランクへ上がる前にこうやってランクの低い冒険者と一緒に狩りへ行く事が義務付けられているのだ。


 高ランクのパーティーとしては、即席の連携プレーが練習でき、ランクの低い狩場にも関わらず割りの良い報酬がもらえる。

 低ランクの冒険者としては、レベル上げを手伝って貰える上に、縦のつながりを持てる。

 そんな相互関係が成り立って、初めて意味のある【クエスト】となるのだ。


 だから俺ばかりが利益を享受するような提案は受けられない。

 なにより……


「わがまま言わない。コウも困ってる」

(沙耶さんがリーダーの横腹を小突く)


 こんなハーレム野郎と一緒に冒険してると嫉妬で狂いそうになる。

 なにこの甘々な空間。虫歯になっちゃうよ。


「安心して下さい。今度会う時までには皆さんの横に立つに相応しい人間になっておきますから」


 そういって俺は逃げるように冒険者ギルドへ帰った。



 ◇◆◇


「マスター、シャンディー・ガフを1杯頼む。ビール抜きで」


 ギルドの受付で報酬を受け取り、3人と別れた後、俺はギルドに備え付けられた酒場で一人黄昏ていた。


 あぁぁぁぁあああなんで断っちゃったんだ!

 バカバカバカバカ!俺のバカ!

 え?なに?格好をつけたの?聖騎士様格好つけちゃったの?


 だって仕方がないじゃないか!あのパーティーは幼馴染だけで構成された仲良しパーティーだよ?陰キャの俺が混じって良い訳がないじゃないか!それにリーダーもリーダーだ。あいつ、クソハーレム野郎の癖に鼻に掛けるどころか俺を勧誘しやがった。あいつがもう少しだけ嫌な奴ならなぁ!俺も気を使うことがなかったんだけどなぁ!


 ……ふぅ、だがあの判断に後悔はない。

 俺がやりたいのは自分の力で強くなり、冒険をすることだ。

 決して誰かに強くしてもらったり、誰かの冒険に付き合う事ではない。


 そうだ。そうだよな?そうであってくれ。


 とりあえず職業を手に入れて得たスキルを確認しよう。


 俺は目の前に置かれたジンジャーエールを流し込むと、視界の端に表示されているアイコンをタップした。


 【ステータス】

 『沙魚川 堅はせがわ こう』  『レベル』19 

 『年齢』22    『職業』聖騎士


 『物理攻撃力』60  『魔法攻撃力』20

 『物理防御力』99  『魔法防御力』100

 『遠距離攻撃力』30 『回復力』90


 スキル.『踏み込み』

 称号.なし


 どうやら俺の手に入れたスキルは『踏み込み』と言うらしい。

 これだけではなんの事か分からないのでウィンドウの文字をタップすると、さらに詳細が表示された。


【踏み込み】

『詠唱時間』なし 『DTディレイタイム』30秒


 大きく踏み込む。(2回まで連続使用可)


 えぇ、雑じゃない?ていうか回復スキルは?スキルが無いと回復できないんですけど!次のスキル取得まで20レベルあるんですけど!自分、聖騎士なんですけど!


 まだだ!まだ慌てるような時間じゃない。文句を言うのは実際に試してからだ。

 試さずとも結果は見えているが、実はもの凄く有用なスキルかもしれない。


 俺は一縷の希望に望みを託し、ジンジャーエール代をマスターに払うと、ギルドの外に出て早速スキルを発動した。

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