地獄道 ゆら

山城渉

 報告多数有り、黄泉戸喫に注意されたし。臨死者や冥の使いが戻れなくなるなどの事故が既に相次いで発生しており、今後もそのような事故が増加する恐れがあるため、早急な対策と柔軟な対応を求む。

「何よこれ」

 顔に乗ったそれをふうとひと吹き、飛ばしゆく。

 ペラ一枚は落ちる前に、地面すれすれを滑ってきた首に咥えられた。

「新年度のお便り」

 口紅がチラシに映るのを気にしながら、彼女はハスキーボイスを石畳に響かせる。

「アナタ宛てだよ、他でもない」

「あたしにい?」

 心底意外だというふうに、男は煙管を上下に振った。

「関係ないっしょ」

 元ある場所へ戻っていく首を目で追う。首は食んでいたチラシを優しく離してから、また別の紙切れを口に男へ近づいて行った。

 眼前に出されたそれを受け取る。内容を斜め読みすると、先ほど彼が放ったそれと全く同じものだというのが分かった。

 目を逸らして煙を吐き出す。

 男のことをじっと見ながら首は言った。

「こういうのはどこのお宅にも行ってんだ」

 伸びていた首は再びするすると奥へ帰っていく。

 声を少しばかり腹から出して、男は外へ視線を移す。麗らかな陽気だ。

「にしちゃあ随分と毛色が違うじゃねえ」

「他のことに手ぇ回るようになったんじゃない。ちょうどシーズンも過ぎて」

「シーズンって」

 男は肩を揺らした。その拍子に、もたれていた文机へ灰が落ちたのを慌てて払う。

 ハスキーボイスは、間違っちゃないだろ、と障子を震わせた。

「まあ、気をつけるに越したことはないと思うよ」

 男の立ち上がった気配に勘づいたのか、首がこちらを覗いて笑った。

「さもないと、体だけどっか行っちまうんだから」

「行っちまわねえよ。おまえさんでもあるめえし」

 喉をくつくつ鳴らして、男は暖簾からひらりと顔を外した。

 春風に迎えられ、男の表情が緩む。

 通りを行き始めた彼は、歩調に合わせ煙管の先を遊ばせた。

「黄泉戸喫ねえ。よくある話、よくある話だ。だが」

 草履で地面を削りながら、細く息を吸う。

「あっちゃあならねえことだ」

 男の眼光はそのひと時、鋭く。

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