賑やかなる旧家

奥行

賑やかなる旧家



とにかくうるさい家だった。


幼少期に住んでいた一軒家。両親は私が産まれ、年子で弟を妊娠した事を機にマイホームを購入した。

その後2人が離婚するまで、私達家族は12年その一軒家に住んでいた。




両親曰く、「昼と夜では寒暖差かんだんさがあるので、木造のこの家は“こう”なる」との事だった。



とはいえ毎夜毎夜、家の四方八方からバシンバシンと弾けるような乾いた音が鳴るのは、子供ながらに

「こんなになるのはおかしいんじゃないか?」

「じいちゃんばあちゃん家も木だけど聞いたことないな」

と、思ってはいたものの「かんだんさ」とやらが理由らしい「やなり」だと皆が口を揃えて言うので、私と弟は、へ〜そうなんだ〜とそれ以上考えるのを辞めた。


しかし原因が何であれ、とにかく夜がうるさいのである。


昼に鳴ればまだ良いものを、もう夜中ですよ、皆寝ましたよ、起きてるのはカエルと鈴虫くらいですよ、というタイミングで家中の壁が、バシン!ビシャン!とお祭り騒ぎだ。突然大きな音で鳴り出すのでビクッ!と飛び起きる事もあった。その時は、家族の誰もが「寒暖差の家鳴り」というお決まりの呪文でお互いを納得させ合った。

しかし慣れとは恐ろしいもので一度「そういうもん」と思ってしまえば、サンバの如くリズムを刻まれても家族は我関われかんせずスヤスヤ眠れるようになっていった。どうせなら陽気な音楽も一緒になってくれたらよかったのに、とも思った。


家鳴り以外にも、夜中に両親の怒鳴り声がギャーギャー聞こえる事もあった。

しかし「やなり」だろうが「けんか」だろうが、どちらにせよ私達姉弟には何も出来ることは無かった。

そしてそのたくましさのおかげで絶えずやかましい家に12年間住むことが出来た。





弟が小学4年生の時のクリスマスプレゼントは、大きい四駆のラジコンカーだった。

友達と集まって一緒に熱中してたミニ四駆より大きな、アンテナ付きのかっこいいラジコン。

リビングに置いてあるカラーボックスの1番上に、いつでも遊べるようにコントローラーと本体に電池を入れて準備万端で待機していた。


私は弟が家の中でも走らせて遊んでいるのを、全然欲しくはなかったけどでっかくてかっこいいのはちょっと羨ましいなぁと思いながら眺めていた。



そして毎度の如く、それは夜中になってからだった。

ジャアアアア!と馬力のある重たいモーターの音が突然鳴った。ビクッ!と目が覚めると、心臓がバクバクした。

ガタン!!と床に落ちた音が続けざまに聞こえた。



飛び起きて真っ暗なリビングに入った私の足元に、ひっくり返った亀みたいにラジコンカーが転がっていた。音の原因が分かったら、安心したので心臓は落ち着いた。


まぁ、たまたま何かのタイミングでスイッチが入ったのだろう。うんうん。

また動くとうるさいのでコントローラーの電池を抜いた。


次の日の夜中も突然走り出した。ガタン!!と床に落ちた音。またラジコンカー。

何でだろう。あ、なんか本体の故障かな。スイッチ誤作動してるとか。

親を起こしてみるが、鼻息とため息の間みたいな返事をしてからそのまま寝てしまったので自分で考えるしかなかった。

おそらくこっちが原因だろうと、本体の電池を抜いた。


また次の日の夜中も突然走り出したので今度は走り出しても良いように逆さに置いた。

モーターに電気が残ってたりするせいなのだろうか。どうしたらいいんだろう。

ここまで来ると少し走ったくらいじゃ何も動じなかった。



「夜中にラジコン動くの知ってる?!」

「知ってる。」



もう、家族に言ってどうにかしてもらおう。と勢いよく切り出した私に母は即答だった。

母は、というか家族は「ほっとけばいいじゃん、そのうち止まるし」と誰も取り合ってくれなかった。我が家の人間はみんな図太くて逞しかったので。


違うんだよ。そのうち止まってるんじゃなくて、私がどうにか止めてるんだよ。毎回うるさいから。ラジコンが勝手に動くから。

電池も全部抜いたのに。





ジャアア、ジャアアアア




夜中、静まり返ったリビングに逆さにひっくり返ったラジコンの車輪が回転する爆音が響く。

死にかけのセミに似ていた。

電池もねぇ、電源もねぇ、のに車輪は毎日グールグルである。もうお手上げだ。

そしてこのかん、家鳴りという名のパーカッションも相変わらずパンパンパンパン空気を読まずにご機嫌である。

うるさい。本当にうるさい。

毎回毎回私だけ起きて、対処して、家族は「あの子がするからいいや」と二度寝を決め込んでいる。寂しさと八方塞がりで、いろんなものに対する怒りが積もって限界だった。もう本当に許さん。



弟がミニ四駆をバラしているのを横目に見ていたうろ覚えの知識で、その辺にあったドライバーを使いモーターを引っこ抜いた。ついでにタイヤも引っこ抜いた。これでもくらえ!の心境だった。走れるもんなら走ってみろバカ。

やれるだけの事はやった、という達成感に包み込まれてその日はすぐに寝た。


何がトドメになったかは分からないけど、それ以来ラジコンカーが動くことはなくなったので「ラジコンカーVS私」の戦いはこちらの勝利に終わった。弟とはちょっと喧嘩になった。

その後両親の離婚により引っ越したのち、旧家は売りに出された。





あれから数年経って、たまたま、昔の家の前を通る事があった。

少し庭の形が変わって、見知らぬ車が止まっているのを見て「あ、誰か住んでいるんだな」とほんのりセンチメンタルな気分になった。



「もう誰か住んでるね」

と弟に雑談のついでになんとなしに話題に出した。

引っ越して以来、姉弟で前の家の話なんてしなかったし、誰か住んでる事もきっと知らないだろうなぁと、おそらく言うであろう「へーそうなんだ」を待ち構えていた。

そして弟から返ってきたのは、予想していなかった

「それ何人目?」だった。

「何人目ってどういう事?」

なんだお前知らないの?と怪訝けげんな顔で続けた。


「あそこ幽霊出るし、お化け屋敷って有名になったらしい。俺達の次に住んだ人3ヶ月で引っ越したって。俺が父ちゃんから聞いた限りで多分4家族?引っ越してる。今何人目かはわからんけど」

「へーそうなんだ」


何故か私だけ知らなかったようだ。教えてくれても良かったのに、と言うと「まさか知らないとは思わなかった」との事。だって誰からも聞いてない。そしてあの家で起こった事が心霊現象かどうかなんて、今更考えた事がなかった。




あの家は、私達が居なくなっても未だにお祭り騒ぎで愉快なやかましい音がしているらしい。なんだか懐かしい気持ちになった。

相変わらず賑やかな家でなによりだ。




【おわり】

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賑やかなる旧家 奥行 @okuyuki

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