骸獣駆除はお任せを!

ティラちゃん

第1話

 怪異、幽霊、そして神、


 この世には人の目に映らない超常の存在達がいる。


 ソヨギと呼ばれるこの国ではこれらの存在は駆除すべき”骸獣がいじゅう”と制定された。現在政府は古くから骸獣駆除を行ってきた者たち―葬霊師そうれいし—と協力しながら国内の治安維持を行っている。




 ――—今日もまた静かな夜だった。

 だが誰もいないはずの無音の町を一人の少年が泡を食ったように駆け回る。


 彼は今まさにその骸獣に襲われ、逃げ回っているのだ。


(まずい、まずい、まずい。とにかく葬霊師を呼ばないと)


 ———あの骸獣に殺される。


(だけど、……呼んで来いって言った叔父さんはもう)


 ———死んだ。


 この少年、フウテンを逃がすため。

 叔父には骸獣が見えていた。だから立ち向かった。

 フウテンにも骸獣が見えていた。だからこそわき目も降らず逃げ出した。


(クソッ!クソッ!きっと殺された!!!)


 ここで大声を出したところで余計に一般人を巻き込むだけだ。だからとにかく今は唯一知っている葬霊師の事務所に向かわなくてはならない。


 ―——走る!


 ———走る!


 ———走る!!!


 全力で、ただひたすらに走る。しかしそんな彼に水を差すように後ろから言葉が掛けられる。


「ははははははは!!!風天の少年よ、さっきのは君のお父さんだったのかな?あんまり美味しくなかったですよ」


 やはりあの骸獣はフウテンのことを追ってきていた。あまり流暢に喋る骸獣は居ないらしいというのにペラペラと話すこの異形頭の化け物。そいつは息も切らさず走って俺のことを追いかけてくる。


「叔父だ馬鹿野郎!」


「次は君の番だよ」


 人型のその骸獣の顔には人間のような二つの瞳は無く、その位置には二つの×印があった。

 そいつは走りながら口についた血を舌で舐め取り、恐らくそれが彼の瞳であろう二つの×印を赤く点滅させて「オエー」などと声をあげた。


 まずいならそもそも食うんじゃねえ。


 この失礼な叔父の仇、今すぐにでも取りたいが俺には出来ない。だがもうすぐ葬霊師の事務所に着く。こんな夜中にやってるか知らないがこいつを退治してもらう手段はこれしかない。もしだとか余計なことは考えずとにかくこの逃走のラストスパートに全力を出さなくては。


 町内会ではよく近寄るなと言われているこの町ただ一つの葬霊師の事務所がこの通りを右に曲がった先にある。




(じきにゴールだ……!)




 だがしかし、俺の人生の運はここで尽きたらしい。十字路のコーナーを曲がった瞬間———ゴンッ!と脳みそにでかい音が響き渡り、何かとぶつかり転んでしまう。


「のわ!!」

「いでっ!!」


 情けない声をお互い出しながら地面を転がる。どうやらよりにもよって人とぶつかってしまったらしい。


 アドレナリンがドバドバの俺はすぐさま立ち上がり状況を認識する。

 まだ目の前の地面に転がっているのはだった。


「ご、ごめん」


 とっさに謝った後、冷汗が流れる。

 この状況はかなりやばい。なにせ今は謝っている場合ではない。すぐさま走り出さなければならないのにここで俺の足は止まってしまった。もう異形頭の骸獣は俺の背中に迫っているというのに。

 しかしどうだろう。この目の見えない彼女を転ばして放って逃げることなど、誰にできるだろうか。


 この状況を認識した以上俺にはもう彼女を置いて逃げることも、ましてや巻き込んで死なせることも………




 ………わかってる、葬霊師もどうせ居るかも、あてになるかもわからない話だったのだ。




 叔父は命を張って自分を逃がした。あの骸獣が次は君の番だと言うのであればやることはただ一つ―――


「悪いけど早く立ってくれ!骸獣がもうすぐそこに居るんだ!杖拾って逃げてくれ!」


「いたた~。はいはいわかってますよ」


 くそ呑気な彼女の様子を見る余裕も手を取って起こす余裕も当然無い。

 彼女を逃がすと決め、一言言葉を交わしすぐさま後ろを振り向く。


 するとそこには言うまでもなく奴がいた。


 件の骸獣は俺達に追いついたどころか待ってさえいてくれていたのかもしれない。奴は俺と目が合うと×印の両目を〇に変え青く点滅させながら嬉しそうに笑った。


「いいですね、その通りです!力があるなら立ち向かうべきです。勿論こちらも全力で応えてあげましょう」


 死が目の前に迫り、極度の緊張にいっそ笑えてくる。


 ああそうだ、何をしようがどうせ死ぬ。だがやれることはなんだってするべきだ。


 これからすることはただの悪あがき。だがなんとなくこいつの人となりの感じ、多分のってくれる。


「おい、一つ冥土の土産に教えてくれよ」


「いいですよ一つくらい。何でも答えてあげましょう」



「お前はどうやったら殺せるんだ」



 不思議なことに俺のこの言葉を聞いた瞬間、奴の顔は化け物から精悍な顔つきの男性の顔になっていた。


 奴はその顔で一瞬きょとんとするとすぐにその顔を醜く歪め、されど嬉しそうに笑う。


「この私の殺し方を私に聞くのですか!?いい度胸ですねえええ!!!も!ち!ろ!ん!答えてあげましょう」


「それは至極簡単!貴方のその中に眠る霊力を纏って殴る。それが初歩にして結論です!!!」


 すると奴はわくわくしたような顔つきで両手を腰の横に構える。


「冥土の土産によく見ておきなさい。これが手本です!」


「肉の器、その中心に留まる霊力。それはこう使うのですよ」


 体の中心から全身へ力が流れていく。


「私が見えているのなら!その霊感があるのなら分かるはずです!」


 俺は奴から感じる力が全身に張り巡らされるのを感じ取った。


(―——ああそうか、力はそう使うのか)


 今まで感じ取っていた自分の中にある何か、その使い方が今分かった。


「なるほどな!こうやるんだな!!」


 霊力を全身に纏い拳を構える。


 その時初めて感じる力の本流、その全能感に心が飲まれ俺も奴と同じような笑みが溢れ出す。

 初めて自転車に乗れるようになった日でさえこんな感覚は味わえなかっただろう。その全能感が俺の中にあった恐怖も憎しみも何もかもを消し去り実に爽やかな気分にした。

 だからだろうか、俺はただ純粋に気になったことを聞いてみた。


「お前、名前なんていうんだ?」


「私は十三法神じゅうさんほうしんが蟲の神、蛹袋 極ようてい きわみです」


 彼は両手を広げて己の名を答えた。こちらを見つめるその顔は恋人を見ているかのようで、その様はまるで俺のことを祝福しているかのようだった。

 今の俺は、彼の持つ引力に引き込まれていた。


「ありがとよ、お礼にぶん殴ってやる!!!」


「今すぐ来なさい!!!」


 すぐさま俺は彼に駆け寄り大振りの拳を叩き込む。


 すると「ダンッ!!」とお互いの纏った霊力のぶつかり合う音が鳴り響いた。


 彼はガードもせず顔面にパンチをもらいその顔をのけぞらせた。だがその体を支える下半身は一ミリも動くことはなく痛がることもない。

 しかし今、俺を支配する全能感はここにある明らかな我彼の差を気づかせてはくれなかった。


 そして彼はのけぞらせた顔をこちらに向け再び俺と目を合わせてにやりと笑う。


「いい拳ですねえ。今度はこっちからのお礼ですよ!!!」


 彼も俺と同じように大振りの拳を振るう。こんな見え見えのパンチ。こちらとしては当然ガードさせてもらうのだが、訳の分からないことに彼の拳は俺の両手をすり抜け俺の顎を打ち抜き遥か後方に俺を吹き飛ばした。


「―———ッッ!!」


 常人なら即死するような一撃を貰い悲鳴もあげれずに地面を転がる。


「二の打ち要らず、なんてね。一撃で十分だったでしょう?」


 どんなボクサーよりも力強く脳を揺らした一撃は俺の意識を刈り取る。

 ただの一撃、それであっけなく負ける。これが今の彼と俺の力の差。


 朦朧とする意識の中、地面を転がった先で最後に俺は視界にさっきの白杖を持った少女を見つけてしまう。


「に、逃げてなかった………のか」


 否、時間稼ぎができた時間が短かったので恐らくこれでも逃げた方なのかもしれない。


 そんなことを考える間もなく俺の意識はここで途切れてしまった。








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「―————はっ!!」


 意識が戻った瞬間飛び起き、まだ己に意識があることに驚く。そしてまず両手が目に入りその後足元を確認する。どうやら察するに自分はソファーの上で寝かされていたようだ。


「あら、起きましたか」


 きょろきょろと周りを見回す俺に真横から声が掛かる。


 まだ寝起きで頭も回ってない俺は、この急な状況をまだ飲み込めてはいない。


「……………は?」


 死んでない。その実感を感じ、何故まだ生きているのかという疑問に襲われる。


 その答えはおそらく彼女に聞けばわかるだろう。


 ソファーとテーブルを挟んだ向こうにはさっきの盲目の少女がいた。


「あんた、さっきの」


「はい、さっきの美少女です」


 こんな時こそジョークの一つでもかましてやりたいところなのだが相手の方からぶっこんできた。なかなかわかる奴らしいが今は美少女かどうかはどうでもいい。


「そうか。美少女かどうかはさておき、ここはどこだ?俺はあの骸獣に食われなかったのか?」


「まずは自己紹介からにしましょう。私はアンカン、葬霊師よ。そしてここは私の事務所兼自宅。まあ、あとあの骸獣についてはお茶でも飲みながらにしましょうか」


 どうやらアンカンと名乗った彼女は非力な少女なんかではなく俺が探していた葬霊師本人だったらしい。


 とんだ偶然。情報不足によるこちらの勘違いもあったが、なにはともあれあのとき彼女と出会えたおかげでまだ自分は生きていられているようだ。


「俺はフウテン、高校一年生だ。それで、つまるとこあれか?俺はいちいちかっこつけずにあんたに泣きついてさっさと助けてもらえばよかったのか?」


「それについてはごめんなさい。最初、私は貴方を見捨てようとしていました」


 申し訳なさそうに彼女は頭を下げた。


 それに少し驚くがきっと人を見捨てるのだって色々理由があるのだろう。俺はあの時死ぬつもりだった訳だし別に気にしてないので謝る必要は無いのだが、彼女は自分が許せないらしい。


「でもこうして助けてくれたんだろ?」


「………尻尾巻いて逃げるのが恥ずかしかっただけです」


「それでも助かった。ありがとうございます…………それで話題は戻るがあの骸獣について聞かせてもらえるか?」


 俺が話題を戻したとき、隣の椅子に三十代くらいのおっさんがポンっと現れる。


「その話、わしも混ぜてもらっていいか?」


 びっくりした。誰だこの人は?


 そう思いアンカンの方を見る。


「誰ですか?」


 どうやらこの場は全員初対面らしい。


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