第二章

第41話 ガパオライス

 昼前。


「フンフンフーン♪」


 俺が鼻歌を歌いながらキッチンで米を研いでいると、ひょこっとソラちゃんが顔を出した


「なんだかごきげんですね。なにかあったんですか?」


「おうソラちゃん。実はジャスミンライスっていう珍しい米が手に入ってな。こいつで料理作るのが楽しみなんだ」


「はあ、ジャスミンライス」


 ソラちゃんはあまりピンときてない様子だった。まあ知らないのも無理はない。

 ジャスミンライス……前世では高級タイ米だったそれは、この世界でも東方で取れる貴重な米だ。

 昨夜、海賊貿易商サイモンがうちへ飲みに来たんだが、手土産としていろんな東方産の珍しい食材をくれた。その一つがこのジャスミンライスだ。

 名前のとおり、炊くとかすかに花のように甘い香りがするおいしいお米である。


「今日のランチはガパオライスだ。まかないで出すから楽しみにしててくれ」


「ガパオライス? また知らない料理ですね」


 これまたピンときてない様子のソラちゃん。まあ食べてもらえばきっと気に入ってくれるだろう。


 俺はさっそく調理を始める。

 シリウスのキッチンにはニコに頼んで作ってもらった炊飯器もあるが、ジャスミンライスは鍋でも簡単に炊ける。煮立ったら10分加熱、10分蒸らせば完成だ。


 ジャスミンライスを炊いている間に、具の用意もする。

 フライパンに油を引いて、玉ねぎ、にんにく、唐辛子を炒めていく。いい香りが立ってきたら、鶏肉を投入! 粗みじんにした鶏肉をほぐしながらしっかり炒めていく。


 肉の色が変わったところで調味料を加える、ナンブラー、オイスターソース、砂糖とちょっと鶏ガラスープも。ナンブラーやオイスターソースはこれまたサイモンが手に入れてくれたものだ。

 全体に味がなじんできたら、最後にバジルをちぎって加える。このバジルがガパオの風味の決め手になるんだ。サッと混ぜて火を止める。


 軽く洗ったフライパンにもう一度油を引いて、卵を割り入れる。普通の目玉焼きみたいに蓋はしない。そのままじっくりと焼いて、端っこが茶色くチリチリに固まってきたら取り出す。


 さあて、ここからが盛り付けだ。炊きあがったジャスミンライスを器に盛って、その上に熱々のガパオをかける。さっきの半熟目玉焼きをのっけて、完成だ。


「ソラちゃん、できたぞ」


 出来立てのガパオライスをテーブルへと運ぶ。

 すでにソラちゃんがワクワクした顔で待っていた。


「待ってました! もうずっとおいしそうな匂いがしていて我慢するの大変だったんですから」


「はは。よーし、出来立てを食べよう。ガパオライスはやっぱり熱いうちが一番だからな」


 表の看板は「CLOSE」に。二人で席につく。


「「いただきます!」」


 最初に半熟の目玉焼きを割って、具材と米に卵を絡ませて、スプーンで一口。

 うーん、熱々の具材をとろりとした卵がくるんで、うまい!


 ソラちゃんも一口目から頬を緩ませた。


「おいしい〜〜」


「そりゃ良かった」


「ホカホカのご飯にピリ辛の鶏肉炒めがすごい合います! とろっとした半熟目玉焼きも一緒に食べるとおいし〜」


「香りは苦手じゃないか? ロワール王国にはあまりない香辛料を使っているから」


「全然! 食欲を誘ういい香りです。私この料理好きです!」


「うん、喜んでもらえて良かった」


 おいしそうに食べてくれてるソラちゃんを見て、俺も満足だった。


 さて……。

 実はこのガパオライス、まだ完全ではない。しかし完成させていいいものか、俺は悩んでいた。


 うーむ、ここは若い女の子代表ということで、ソラちゃんの意見を聞いてみよう。


「ソラちゃん、ちょっと味見してほしいことがあるんだが」


「はい?」


 すでにガパオライスを三分の一位食べ進めていたソラちゃんが顔を上げる。

 俺は二つの香草……フレッシュバジルとパクチーの入った小皿を取り出した。


「ガパオライスは、最後香りをよくするために生の香草を添えるんだが……バジルとパクチー、どっちがいいかと思ってな」


「お、バジル私好きですよー。ジェノベーゼパスタでも使ってましたよね。でもぱくちー? の方は初めて見ますね。それもおいしい香草なんですか?」


「…………」


 俺は腕組みして黙り込む。


「……マスター?」


 ソラちゃんの顔が徐々に不安そうになってきた。


「……人による」


「は?」


「人による、としか言いようがない」


 だってそうだろう。

 パクチーをおいしいと思うかなんて、人によるとしか言いようがない。


「ええー、じゃあなんでつけるんですか」


「ハマる人はハマるから。あとガパオといえばやっぱりパクチーだし」


「マスターはどうなんです?」


「俺は……好きでも嫌いでもない」


 好んで追加して盛ったりしないが、添えられていれば一緒にいただく、それくらいの感じだ。


「そんな無責任な! マスターが好きでも無いもの乗っけちゃダメでしょ」


「でもなぁ、好きな人は好きだし。というわけでソラちゃん味見してみてくれ」


「えーーーー」


 明らかに嫌そうな顔をするソラちゃん。

 しかし俺は容赦なくパクチーをガパオライスの上に乗せた。ソラちゃんが悲鳴を上げる。


「あーーーーっ! 私のガパオが!」


「まあまあ、味見も店員のお仕事だから」


「取ってつけたような理由を!」


 憤慨しながらソラちゃんがフォークを手に取る。ゆっくりとパクチーとガパオライスをすくい上げ、口に入れた。


 じーー。

 むぐ、もぎゅ、もぎゅ。


 ジト目のまま、静かに咀嚼し続けるソラちゃん。

 俺は恐る恐る尋ねた。


「……どう?」


「…………草の味がします」


 もぐ、もぐ。静かに食べながらソラちゃんが答える。


「そりゃ草だからな」


「ちがくて。イメージする草の味っていうか……。私、道端の雑草って食べたこと無いですけど、もし食べたらこんな味がするんじゃないかなって思います」


「辛辣!」


 パクチーの好きな人ごめんなさい。俺は心のなかで詫びる。


 もぐ、もぐ、ごくん。

 飲み込んでからソラちゃんはジト目のまま言った。


「まあ、食べれないほどじゃないですけど……私は好き好んでのせたいとは思いませんね」


「うーん、ソラちゃんはパクチー苦手派だったか」


 若い女の子だしいけるかと思ったが……。いやそれも偏見かも。

 俺も自分のガパオにパクチーを添える。

 うんうん、日本でよく食べてたガパオライスに近づいた。といっても俺もそれほど好んで食べるわけではない。


「うーんしかたない。パクチーかバジルかはお客さんに選んでもらうとするか」


「賛成です。私はバジルで!」


 そういうことになった。



 ◆◆◆◆



 おまけというか蛇足。シリウスに来る客たちのパクチー反応について。


 好き派


・コハク

「このパクチーっていう香草おいしいね! 私好き。もっとのせてもらってもいいかも!」


・サイモン

「うん、こいつは刺激的だな。東方諸国に滞在したときに食べた味に似てる。俺はいいと思うぞ」


 苦手派


・ニコ

「ギャーーー! なんだいこの草は。変な匂いがするぞ! なんでわざわざこんなのを添えるんだ!」


・ヘンリー

「……………(ひとくち食べた後、無言で避ける)」




 この後、ガパオライスはシリウスの人気メニューになったものの、パクチーは希望制となった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る