第35話 ソラちゃんの翼
ラストエリクサーが完成した翌日、シリウスも営業を再開した。
とっくに風邪の治っていたソラちゃんが元気いっぱいに出勤する。
「おっはよーございまーす! 私、復活!」
「よ、おはよう。風邪治ってよかったなソラちゃん」
「えへへ、その節はお世話になりました」
笑顔でペコリと頭を下げるソラちゃん。
しかし次にはもう頬をふくれさす。
「あ、でもでもマスター! お店を6日も閉めるって何事ですか!? 私、すっかり休み疲れちゃいましたよ」
「悪かったね、色々あったんだ」
「も〜、こんなんじゃお店潰れちゃいますよ!」
「おおー、久しぶりに聞けたな。やっぱりいいな」
「私の持ちネタじゃありません!」
なんて他愛ない会話をしていると、ソラちゃんがカウンターに居る人物に気づいた。
「ってあれ、そちらは……ニコさん」
「や、ソラくん。健勝そうで何より」
「どうも。お久しぶりです」
ニコが黄金の片手を上げて挨拶する。ソラちゃんが不思議そうに訊ねてきた。
「どうしたんですか? まだ開店前ですよね」
「うん、実はさ、ソラちゃんが風邪引いてるって話したら、ニコも心配してくれたんだ。それでいい薬があるとかで、開店前から来て店で待っていたんだよ」
「私に、薬?」
ますます首を傾げるソラちゃんに、ニコが立ち上がって近寄りラストエリクサー入りの小瓶を渡す。
ただ、まだ俺達はソラちゃんの傷を知らないテイなので、翼を治す薬だとは言えない。
「ソラくんが風邪を引いたと聞いてね、ささやかだが新作の栄養剤だ。ぜひ飲んでくれたまえ」
「え〜、私もう治ってますよ。しかも新作?」
「まあまあ。ボクの薬は効くから」
「ソラちゃん。ニコは怪しい錬金術師だが、腕は確かだ。もらっておいて損はないぞ」
「ええー。まあマスターがそう言うなら……」
ソラちゃんは不思議そうにしつつも、受け取った薬を開けて一息に飲み干す。
「んぐっ、濃い! マスターなんかこの薬すっごい濃いです! 甘いのとか苦いのとかいろんな味がする!」
「ニコ〜〜?」
「いや仕方ないだろう。味の調整なんてできないよ」
「……ふぅ。飲めました」
なんとかラストエリクサーを飲みきったソラちゃん。すぐに変化は訪れた。
ソラちゃんの身体がキラキラと光を帯び始める。
「あー、なんかすっごい身体がポカポカしてくる……。あ、なんかすごいですねこの薬。魔力がどんどん湧いてきます。っていうかあれ? これ本当に栄養剤ですか? ……って、え!」
ソラちゃんはなにかに気づくと、いきなり駆け出しバックヤードへと飛び込んでいった。
しばらくして、悲鳴とも嬉し泣きともつかない声が聞こえてくる。
『……あ、ああああああああああああああぁぁっ〜〜〜〜〜!』
困惑と、安堵と、そしてどうしようもない喜びの混じった嗚咽がバックヤードから聞こえてくる。
俺とニコは、ソラちゃんが再び出てくるまで静かに待っていた。
ニコが残念そうに呟く。
「……ラストエリクサーを初めて作ったボクとしては、効果を間近で観察したいんだけどねえ」
「やめとけって。野暮だろ」
「まったくおやさしいね。だいたい君が渡さなくてよかったのかい? このままだとボクが薬を用意したことになってしまうよ」
「それこそ、野暮ってもんだろ。ニコが不思議な薬を渡したら、たまたまソラちゃんの翼が治った。それだけの話だ」
「は〜、君ってやつは。無欲と言うかお人好しすぎる」
やれやれとあきれ顔でニコが肩をすくめる。
俺は首を横に振って否定した。
「別にお人好しとかじゃないよ。俺はソラちゃんが……というか若者が、ひどい目にあったままになって欲しくないんだ」
これは俺独自の考え方だろう。前世日本での新入社員時代、俺はひどい目にあった。日本は安全ないい国だったが……ちょっと、若者をあまりにも簡単に使い潰すところがあった。俺の時代は、特に。
王都で翼を奪われたソラちゃんを見て、自分の若い時を思い出してしまった。ソラちゃんには俺みたいになってほしくなかったんだ。
だから、たとえどんなに手間とお金がかかっても助けてやりたかった。俺はソラちゃんに過去を重ねて、かつての自分を助けたかったんだ。
シリウスに来るみんなまで手伝ってくれたのは嬉しい誤算だったが。これもソラちゃんの人徳かね。
◆
しばらくしてから、ソラちゃんが真っ赤に泣き腫らした目でバックヤードから出てきた。
出てきたソラちゃんをひと目見て、驚いた。
ソラちゃんから感じる魔力が数十倍になっていた。もし鑑定を使えば、ステータスも軒並み跳ね上がっているだろう。RPGで旅の始まりの勇者が、いきなりラスボス手前の状態までレベルアップしたような感じだ。
彼女はこれほどの力を今まで奪われていたのか。
ソラちゃんは泣き顔と困惑半々の表情をしている。
そして驚いたことに、いきなり駆け出して俺のもとへと飛び込んできた。
「おおっと!? どうしたソラちゃん」
「マスター、マスター、私、私……」
ソラちゃんの涙が俺の胸元をあたたかく濡らす。おっさんとしてちょっと恥ずかしいが、今回くらいはいいだろう。
俺はソラちゃんの頭を優しく撫でてあげた。彼女がさらにぎゅっとしがみついてくる。
「う、うう。うえええええええええん! よかった、戻ってよかった。マスター、私……」
「どうしたソラちゃん。栄養剤はよく効いたか?」
「いや、それどころじゃなくて、私その、もうあきらめてたのに、翼が、翼が……」
「なんだか知らんが、良かったな」
「マスター……ありがとう、ありがとうございます!」
ソラちゃんが顔を上げる。ぽたぽた。ぽたぽた。大きな瞳からまた涙があふれ出した。
彼女の背中を軽くさすってやりながら、俺は訊いた。
「ソラちゃん、風邪は治ったかい?」
ソラちゃんが笑う。
それは今まで見てきた笑顔は全部ウソだったんじゃないかってくらい、最高の笑顔だった。
「……おかげさまで、すっかり」
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