第30話 ソラちゃんの秘密 2

「ソラちゃんが、翼人エアリス


 ヘンリーの言った言葉を、俺は口の中で繰り返す。

 そりゃたしかにきれいな子だなとは思っていたが……ソラちゃんが上位種族だなんて今まで考えもしなかった。


「待て待て。ソラちゃんが翼人? 仮にそうだとして、それが正しいとして……。だとしたらまさか、ソラちゃんは自分の翼を」


 そこで俺は最悪の想像に思い至る。

 ヘンリーが低い声で肯定した。


「おそらく切り落とされたのだろうな。事件当夜に目撃されていた、ならず者たちによって」


 思わず、拳を握り込んだ。

 バキンッ!

 無意識に限界以上の力を込めてしまったらしい。先日買ったばかりのパワー制御の指輪が一つ、粉々になる。

 だが、俺は今それどころではない怒りを覚えていた。


「……背中の傷は、そういうことか」


 俺は頭の中で、背中の翼を奪われるソラちゃんを幻視した。

 この世界でも理不尽なことは数え切れないほど見てきたが、これほど犯人に怒りを覚えたのは久しぶりだ。


『許せない』


 空を飛べる存在から、翼を奪う。これがどれほどその心と誇りと魂を傷つけるか、想像に難くない。

 人として、心あるものとして、あまりにやることが残酷すぎる。


 ヘンリーが冷や汗をかいて言う。


「ギル、そのくらいで抑えてくれ。お前の本気の怒りを間近で浴びると、私だって恐怖を感じるんだ」


「あ、悪い」


 慌てて怒りを抑え込む。ヘンリーはふう、とため息を付いた。


「いや、お前の怒りはもっともだ。私も事件内容を推測した時、同じようにはらわたが煮えくり返った。警視庁の長として誓う。こんな酷薄残忍な犯人は、必ず捕まえて見せる」


「ありがとう。お前の捜査なら安心だ」


 ヘンリーの頼もしい言葉を聞いて、俺も少し冷静になる。

 そうだ、もう事件は起こってしまった。俺は犯人よりもまずソラちゃんの今後を、未来をどう良くするか考えなければならない。


「なあヘンリー、翼人のことを俺はよく知らないんだが、切り落とされた翼の治癒ってのは可能なのか?」


「わからない。何しろ翼人の情報が少なすぎる。翼人の治療経験がある人間の医者なんて皆無だろう」


「例えば最高ランクポーションのエリクサーなら、失った手足も復活するよな?」


「その通りだが……果たして翼人も同じように再生するかどうか不明だ。正直、私達人間とは似ていて別種の存在だよ」


「何もかもわからないことだらけか」


 俺はため息を付く。ヘンリーも渋い顔で頷いた。


「その通りだ。ともかく今日の話は状況証拠に私の推論を重ねた曖昧なものだ。ひとまずこの事件の捜査を続行する。新しい手がかりが見つかれば、何かソラさんの治療につながるかもしれん。そうでなくとも犯人は絶対に捕まえたいしな」


「わかった。俺も俺で色々と動いてみるよ。ひとまずはソラちゃんの翼の治療方法探しだな」


「ギル、余計なお世話かもしれないが、事件のことをソラさんに聞くのは……」


「わかってる。俺から何があったのかとか背中の傷はどうしたとか、絶対聞いたりしないよ」


 下手したら人生最大級のトラウマかもしれない事件だ。事件のことだけじゃなく、ソラちゃんが翼人かどうかも聞いてはいけない。

 翼の治療のため俺が動いていることすら、知られないほうがいいだろう。本当はソラちゃんから話を聞ければもっとできることも増えるかもしれないが、彼女を大きく傷つける可能性がある。


 ヘンリーが、その鉄面皮に微笑を浮かべる。


「さすがギルだな。私が言うまでもなかったか」


「いやいや、ヘンリーからの忠告はいつでも大歓迎だぜ」


「ふふ……。私はいつも、ギルと友人で良かったと思わされるよ」


「何だよ急に照れるじゃねえか」


「本心さ」


 そこでヘンリーはコーヒーを飲み干すと、支払いを済ませ立ち上がった。


「報告は以上だ、私は警視庁に戻る。コーヒー美味しかったよ」


「こっちこそ助かった。ありがとうな」


「またわかったことがあればすぐに連絡する」


「ああ」


 出入り口扉のところまで歩きかけたヘンリーは、途中足を止めた。


「ヘンリー? どうした?」


「……ギル」


「なんだ?」


 振り返ったヘンリーは、硬い表情をしている。


「迷ったんだが、やはり伝えておこうと思う。ソラさんがなぜ翼を切り落とされたか、その理由についてだ」


「理由?」


 いや考えればたしかに妙だ。

 なぜ、犯人のならず者はソラちゃんを襲い、その翼を切り落としたのだろう。


 ヘンリーは再びアイテムボックスから鳥の羽ーーいや、ソラちゃんの羽を取り出す。


「翼人の羽は美しく、貴重だ。古くから宝石よりも美しい希少品として、貴族や大金持ちが秘密裏に集めていた。この羽一枚が闇市場では末端で、大金貨一枚と同じ価値がある。値段で言うなら10万リルだ。ソラさんの翼に羽が何千枚、何万枚あったかはわからないが……闇では数億から数十億リルの価値があるわけだ」


「なっ……! じゃあなんだ、ソラちゃんは、金のために翼を奪われたっていうのか!」


 バキンッ!


 怒りのあまり、二個目の指輪が俺の拳の中で砕ける。


「ギル。ソラさんの翼を治すなら元の翼を見つけるのが一番だが……。おそらく翼はすでにもう残っていないと思う。羽は取られてすべて売られ、貴族や闇の権力者の手にわたっているはずだ」


「…………よく、わかった。話してくれて感謝するよ」


 ソラちゃんの翼は治す。絶対に。俺は心のなかで誓った。

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