第25話 追放令嬢 4

「「ええ〜〜〜〜〜〜っ!!?」」


 ソラちゃんとルチアーナが同時に叫ぶ。


「け、けけ警視総監!? すっごい偉い人ですよね?」


 とソラちゃんが驚き、

 

「この国の警察の、トップ……」


 とルチアーナがつぶやく。

 するとヘンリーが軽く肩をすくめた。


「そんなに大したものじゃない。たしかに私は警視総監を拝命しているが、ロワール王国ではまだ警視庁自体が20年前に創設されたばかりの新組織なんだ。それほど偉いものでもないよ」


「よく言うぜ。その新組織に入って5年で警視総監に上り詰めたくせに」


 ヘンリーはパーティーを組んでいたときから正義感の強いやつだった。しかも頭が良くて努力家だ。警察は天職だと思う。

 だがそんな才能と努力を誇示することなく、淡々とヘンリーは言う。


「なに、全部お前のお陰だ」


「どーしても謙遜したがるね、お前は。まあいい。それよりこっちも面倒な事件に巻き込まれていてな」


「それだ。なんでお前の店に冒険者が襲ってくることになったんだ」


「ああ、結構厄介なことになっていてな……」


 俺はヘンリーにルチアーナから聞いたシュヴァン公国の事情なども含めて説明した。


 ◆


「なるほど。事情は把握した」


 ヘンリーが長い指で片眼鏡モノクルを軽く直しつつ言う。


「どうだ? なんとかなりそうか」


「シュヴァン公国の毒殺未遂事件のことは警視庁でも情報を集めていた。隣国の政変は我が国にとっても治安の悪化に影響するからな。込み入った背景があることは私も想像していた」


「どうしたらいいと思う?」


「そうだな。私に任せてもらえるなら、事件の解決に向けて力を貸せるかも知れない」


 ヘンリーの言葉を聞いてルチアーナの顔に喜びが宿る。


「本当!?」


「ああ。まず警視庁でルチアーナ嬢を襲った冒険者の取り調べ、及びルチアーナ嬢の保護を行う。シュヴァン公国にも警視庁から捜査員を派遣し、今回の襲撃事件の捜査及びその背後にある毒殺未遂事件、その政治背景までを調べる」


「他国の事情にそこまで首を突っ込めるのか?」


「今回は我が国で事件が起きているからな。被害も出てる。しかも犯人が冒険者だ。冒険者は大陸内の自由通行権が認められている関係上、事件捜査も国をまたぐことがある程度認められている。大陸冒険者ギルド連盟と協力して、国外捜査ができるだろう。おそらく事件の黒幕は使いやすさと切り捨てやすさから追手に冒険者を選んだんだろうが、それが裏目に出る形だな」


 スラスラと今後の方針を語るヘンリー。さすが優秀だな。

 ルチアーナがヘンリーに尋ねる。


「そ、それでは私は今後どうなるのでしょう」


「まずは王都警視庁で保護させてもらおう。我々が冒険者の取り調べを進め、背後にシュヴァン公国貴族の依頼があったという証拠が固まり次第、公国への捜査をさせてもらう。事件の全貌を掴み黒幕をすべて逮捕できれば、貴方の嫌疑も晴れる。そうすれば公国に帰れるはずだ」


「帰れる……国に……!」


 目元に小さく涙をためて、ルチアーナがつぶやく。ヘンリーは頷いて、


「捜査の際、貴方のご実家や仲間の貴族、およびシュヴァン公国公王家の協力が得られれればスムーズに調べを進められるのだが……ご助力いただけるだろうか?」


「それはもう、はい」


「ありがとう。でしたら捜査に時間はかからない。そうだな、私が陣頭指揮を取ったとして、長くて一ヶ月といったところか」


「一ヶ月で……! 協力するわ。なんでも! すぐに実家に手紙を書くから」


「だったら警視庁の使っている騎鳥便で送ろう。秘匿性は高いから安心してくれ。すぐに在シュヴァン公国大使館にも連絡を取る」


「ありがとう……ありがとうございます」


「お礼は結構。警察官として当然のことをするだけだ」


 美少女貴族令嬢にお礼を言われているのに、ヘンリーはニコリともしない。相変わらず四角四面なやつだ。

 ヘンリーがその鋭い瞳を俺に向ける。


「ギル。可能ならさっそく襲撃した冒険者たちの連行と、ルチアーナ嬢の護送を行いたい。構わないか」


「もちろんだよ。さすがヘンリー、頼りになるぜ」


「困ったときばかり頼るな。友人とはいえ節度がいるぞ」


 そこで、ヘンリーは少しムスッとして。


「お前が私に連絡をくれるのは、こんな事件の時ばかりだ。私だって、たまにはお前の入れたコーヒーをゆっくり飲みたいんだが」


「はは、悪い悪い。時間ができたらいつでも来てくれ。うちはいつでも暇だからさ」


「私のほうが暇じゃないんだ。今日も事件が一つ増えたわけだしな」


 ヘンリーはため息をつく。


「まあいい。とにかくこの事件は私が預かった。災難だったな、ギル。捜査には全力を傾けるから安心しろ」


「ああ、そりゃ安心できる」


 この世で一番安心できる言葉だ。

 

「ではルチアーナ嬢、私は一度警視庁に襲撃犯を連行してから、迎えの馬車を用意する。それまで申し訳ないがこの喫茶店で待機していてくれ。この店の中は王都で一番安全だ。それに飲み物も食事もうまいぞ。お金は警視庁が持つ」


「知っているわ。サンドイッチで」


 ルチアーナが微笑とともにウインクする。

 安心して余裕が出てきたようだ。よかったよかった。


 ◆


 その後、襲撃犯もルチアーナ嬢も警視庁に移動してようやくシリウスは落ち着いた。店の扉はまだ隙間風が吹いたままだが。

 ソラちゃんも笑顔で片付けをしている。


「いやー、なんとかいい方向に行きそうでよかったですね〜」


「まさか隣国のお嬢様がうちの客になるとはな」


「ルチアーナさんすごい感謝してましたね! 常連さんが減っちゃったのは残念ですけど、彼女が救われてよかったです」


「ああ。ヘンリーに任せれば一安心だ」


「マスター、あんなすごい人と知り合いだったんですね! びっくりしました! しかもすごい仲よさげだったし」


「ヘンリーがすごいだけで、俺は一般人だよ。友人なのは否定しないが」


「んーー……」


 ソラちゃんがじーーっと俺の顔を見てくる。


「どうした?」


「マスターって妙に変な人と知り合ってますよね。マスターって喫茶店やる前はなにしてたんです?」


「秘密だ。ま、ただのしがない冒険者だよ」


「ええ〜怪しい……」


「はっはっはっは」


 ◆


 少し先の話になる後日談。


 ヘンリーによるロワール王国とシュヴァン公国の合同捜査で、毒殺未遂事件に関わった貴族たちは全員が逮捕、処罰された。

 ルチアーナは一月半で自国に戻ることができ、家族と再会。翌年回復した王子とともに、幸せな婚約発表式を上げることができたという。

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