第18話 錬金術師ニコ

 四方を壁に囲まれた、何もない殺風景な空間。その中心に立つ俺の前には5体のゴーレムがいる。大きさは人間の倍以上。頑丈な胴体と太い腕を持つ巨人型ゴーレムだ。超硬質のアダマンタイト製で、Aランクの名剣や上級魔術でも傷つかないという代物である。


 このゴーレムは知り合いの錬金術師が作ったものだ。ちょっと気になることがあったので、戦闘訓練のため貸してもらったのだ。

 ちなみに今いる場所もその錬金術師の工房にある模擬訓練室。俺が相当暴れない限り壊れない作りになっている。


 俺は手を上げて部屋の外へと合図した。


「いいぞ、始めてくれ」


 ゴーレムの目に光が灯る。5体の金属人形が重い音を立てて動き始めた。

 俺は拳を握り込むと、眼の前のゴーレムに向けて打ち込んだ。


「しっ」


 一体目のゴーレムが吹き飛んで部屋の壁にぶつかる。胸部装甲は弾け飛んで中の魔核が露出していた。

 続け様に襲いかかってくるゴーレムを、蹴りで、拳で破壊していく。アダマンタイトで作られている装甲を、粘土みたいに砕き、潰し、引きちぎっていく。


 あっという間に5体のゴーレムは俺に破壊され沈黙した。追加を――と頼む前に、空間に魔方陣が描かれ新たなゴーレムが召喚される。

 新手は、10体。


「やってくれるぜニコの奴」


 ゴーレムの製作者が楽しみ始めてることを察しながら、俺は次の目標へと向かった。


 ◆


「ふーーっ……」


 結局、100体のゴーレムを破壊したところで、追加は止まった。全身の力を抜いて一息つく。久しぶりにいい汗をかいた。

 部屋の扉が開いて、美女が金色の手で拍手をしながら入ってくる。


「やぁやぁさすがだねぇギルバートくん。大したものだ」


 ニコ。本名ニコラス・フラメル。

 こう見えて大陸一の大錬金術師だ。

 どのくらいすごいかと言うと、史上三人しかいない賢者の石の錬成に成功した錬金術師の一人である。本当なら宮廷錬金術師でもおかしくないんだが、いろいろあってはきだめ横丁にいる。

 大錬金術師なのに気取ったところのない奴で、本人は『かわいくニコと呼んでくれ』と言っている。


 こいつとは腐れ縁というか、付きまとわれているというか。いろんな実験に協力させられたり、貴重な素材を採取するため一時的に冒険者パーティーを組んだりした。俺も俺でこの世界にはなかった現代日本の家電なんかを超技術で再現してもらったりしているので、まあウインウインの関係ではある。


 ま、サイモンと同じく異世界での友人の一人と言っていいだろう。どうして俺の友は変人しかいないのか。

 天才だが残念。残念ながら天才。


 残念という意味ではこいつの容姿もだ。ニコは俺の知る限りトップクラスの美人である。スラッとした長身は前世のモデルみたいだし、そのくせスタイルも抜群。


 だというのに、ニコの変人っぷりを表しているのが黄金化した四肢だった。

 彼女の腕は手の先から肘辺りまで、そして足はつま先から太もも半ばまでが本物の黄金となっている。金髪と相まって実にキンキラキンな見た目だ。黄金錬成できるからってやるか普通?


 しかも金の四肢は実際の手足と同じ様に動かすことができる。

 今も自然な動作で俺にタオルを投げてきた。


「ほら、汗を拭き給え」


 受け取って、シャツをまくり身体の汗を拭く。


「おう、サンキュ」


「君ぃ、もう少し慎みを持ったらどうだい。乙女の前で遠慮なく肌をさらすのはどうなのかな?」


「それは自分自身に言ってやれ」


 ニコは寒いときも暑いときも一年中、素っ裸にパンツと白衣だけというぶっ飛んだ格好をしている。もちろん今も。モデルばりの高スタイルでそんな格好をしているので、最初は目のやり場に困った。


 今は、慣れた。どんなに言っても下に何も着てくれないのでこっちの感覚が麻痺した。こいつはこういうもん、ということで納得している。


「うーん、それにしても君、またいい身体になったんじゃないかい。筋肉増えただろう」


 ニコは、近づいてきたかと思うと勝手に俺の身体を触り始める。体温のない黄金の手はほんのり冷たい。金色に輝く指先が、腹筋や腕周りをなぞる。

 これも、慣れた。錬金術のことしか頭にない研究バカに、デリカシーを求めるほうが無駄というものである。


「やっぱりそう思うか? 俺も前より力が強くなっている気はしてたんだが……」


「ボクのゴーレム100体を、あんなあっさり倒されたらねえ。アダマンタイト製の自信作だったのに泥人形みたいにぶっ壊してくれちゃって。ボクはくやしいよ」


「その割にはウキウキしているように見えるが」


「新しい目標ができたからね。まったく、強さに上限がない君の力は実に興味深い」


 強さに上限がない。それは俺だけが持つ特殊な才能だ。

 俺は日本で死んだ後、この世界の「ギルバート・ライブラ」と言う人物に転生した。そのとき、一つのチート能力を授かっている。『竜の心臓』というものだ。


 文字通り俺の心臓がドラゴンと同じ物になっているというチートだ。どういう理屈か知らないが、このおかげで俺の身体は基本不死身。竜種を討伐できる神造武器で心臓を完全に破壊されない限り、何度でも復活できる。

 しかも心臓から常に莫大な魔力が生み出され、肉体も鍛えれば鍛えるだけ強くなる。


 基礎身体そのものも頑健で強力になっている。鍛えた今は全身がドラゴン以上なくらいだ。

 鍛えれば鍛えるだけ強くなれるこの身体のお陰で、おっさんな今も運動能力を失わずにいる。とはいえ、最近は日課の基礎トレーニング以外何もしていなかったんだが……。


「また強くなってるか。日課のトレーニングでも鍛えられちまうんだな」


「さすが『竜の心臓』だね。僅かなトレーニングでも向上し続けるんだろう。素晴らしい能力じゃないか」


 俺にとっては、毎朝ラジオ体操しているくらいの感覚なんだけどな。

 やれやれ、これ以上強くなりたくないってのに。この前市場でヤクザな連中を追い払った時、どうも前より強くなっている気がしたんだが当たっていたわけだ。


 俺はニコに礼をいう。


「急な話だったのにありがとうな。体の変化が確かめられてよかったよ」


「こちらこそゴーレムの性能試験ができてよかったよ。いつでもまた声をかけてくれたまえ。あ、報酬のパフェは忘れないでくれよ」


「わかってるよ。好きな時に店に来てくれ。特製のを振る舞うから」


「実に楽しみだ。君のパフェも食べられて研究も進んで、私に得しかないな」


「はは。しかしゴーレム100体はやりすぎだぞニコ」


「探求に犠牲はつきものさ」


 どこまでもニコらしい物言いに笑いながら、俺は床においていたコーヒー入りのタンブラーを手にとった。

 この時、まだゴーレムと戦っていた時の感覚が抜けていなかった。力加減を誤ったのだ。

 チタン合金製のそれが、ぐにゃりとひしゃげた。中のコーヒーがダバダバと床へこぼれる。


「!!!!?」

「おやおや……」


 その光景に俺は呆然とし、ニコが呆れたように肩をすくめた。


「嘘だろ、そんな力こめてなかったんだが」


「君はつくづくボクの作ったものを壊すのが好きだねえ」


 このチタン合金製タンブラーはニコに頼んで作ってもらったものだった。俺も気に入ってただけに残念すぎる。


「ま、新しいタンブラーはすぐ作ってあげよう。パフェ追加でね。しかし君、その力は早くどうにかしたほうが良さそうだね」


「ああ。その通りだな」


 ニコの言葉に頷いた。

 ……まったく、強すぎるってのは不便なもんだ。

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