第17話 冒険者レストランで焼肉
ある日の夜7時過ぎ、喫茶店「シリウス」で締め作業をしながら、俺はソラちゃんに話しかけた。
「ソラちゃん、この後時間あるかい? 一緒に夕メシ食わないか」
「えー?」
振り返ったソラちゃんは、ニマーっと悪い笑顔を浮かべる。
「んふー、どうしようかな〜」
「なんだよもったいぶって」
「あはは、マスターのおごりなら行きますよ」
「安心してくれ。俺のおごりだよ」
「やったー! 早く片付けちゃいましょう」
相変わらずしっかりしているソラちゃんはやる気倍増。いつもより早く締め作業は終わった。
◆
そして夜8時、俺とソラちゃんは西区の冒険者レストラン「ブラックダイヤモンド」にやってきていた。
私服姿のソラちゃんが、6階建ての建物を見上げてぽかんとしている。
「……ここ、なんか高そうじゃないですか?」
「おごりなんだから気にしなさんな」
「ええっ! あの、よくわからないんですけどドレスコードとかって大丈夫なんですか!? 私普通の服で来ちゃいましたよ」
「人目も気にしなくていいよ。個室予約してあるから」
「ええ〜っ!! 予約、予約って……」
「ほら、早く入ろうぜ」
「えええ〜〜、待ってくださ……って庭! 玄関抜けたら庭がありますよここ!!」
お店の人に案内されている間、ソラちゃんはソワソワと落ち着かなかった。
個室に入ったところでようやくほっと息をつく。
「もーー、いきなりなんですかサプライズですか?」
「そんなつもりはなかったよ。ほらソラちゃん、前に一度冒険者レストラン行ってみたいって話してたじゃん」
「ああ〜、確かに暇つぶしの雑談で話しましたね。それで……。たしかに言いましたけど、こんな高そうなお店に連れてこられるとは思わなかったです」
冒険者レストランというのは、日本で言う焼き肉とステーキハウスを足したような店だ。
この世界では野外手作りする料理のことを「冒険者風」と呼ぶことがある。
そこから派生して客が自分で肉や食材を焼いて食べる形態のレストランが最近王都で流行っているのである。だいたい魔王の倒された2年ほど前から引退した冒険者がやり始め、今ではかなりの数の店がある。
ソラちゃんが察したとおり、「ブラックダイヤモンド」は中でも高級な方の部類だ。
テーブルに火の魔石を使用した魔導ロースターがあり、この上の網や鉄板で肉を焼く。
ひとまず飲み物を注文し、俺はスパークリングワイン、ソラちゃんはオレンジジュースで乾杯した。
「はい乾杯」
「か、かんぱ〜い」
「とりあえずおまかせで頼んでいるから、足りなかったり食べたいのがあったら遠慮なく注文してくれ」
「緊張して味わからないかもです……」
なんて言ってたソラちゃんだったが、店員さんが銀のカートを押してメニューを運んでくると目の色が変わった。
「お待たせしました。こちら前菜の『フォレスト・ファリアの冷製スープ』と『アルカナ・サラダ』になります」
「こちらゴールデン・ビーフの上タン塩と、同じく上ハラミになります。上タン塩はさっと炙るだけで結構です」
「『ドラゴンカルビ・ヴァルハラ風』になります。よく焼いてお召し上がりください」
テーブルの上に並んだ美しい肉たちにソラちゃんが顔を輝かせる。
「おにく! おにく! お肉〜〜〜っ!!」
「うまそうだな。さっそく焼くか」
網の上に肉を乗せるとジュウジュウという音ともにいい匂いがただよってくる。
冒険者レストランに慣れていないソラちゃんのために、肉の焼き加減は俺が見た。
「さっ、上タン塩焼けたぞ」
「えっ、もういいんですか?」
「ああ、早く食べてごらん」
口に入れた途端、ソラちゃんの頬が思い切りゆるむ。
「おいしい〜〜〜! 美味しいです! 脂が、舌で、とろける!」
「そりゃよかった」
「美味しすぎる……これ、最後の晩餐とかですか?」
「ないない。いいから食いなって。じゃんじゃん焼いてくから」
お任せなので肉も料理も次々やってきた。
「極上ホルモンの盛り合わせです」
「スネ肉の赤ワイン煮込みです」
「コカトリスのジャークチキンです」
「大王エビの串焼きです」
「厳選魚介のパエリアです」
冒険者レストランは肉も海鮮も料理もごったにして持ってくるのが面白いところだ。煮込み料理なんかはダッチオーブンに入ったまま持ってこられ、テーブルで温める。こういうのは確かに冒険者メシっぽい。
ソラちゃんはやっぱり若者と言うか、やってくる肉をパクパク食べてくれた。脂でもたれない胃が羨ましい。
いや、俺もチート身体能力のお陰で大丈夫なはずなんだが、霜降り肉はそこそこでいい。赤身とかの方が好きだ。
「おいしー! おいしー! おいしー!!!」
「そんなに喜んでくれるとおごり甲斐があるね」
「私初めて来る冒険者レストランがここでよかったです!」
「そりゃよかった」
若者にうまい飯をおごるのは年上の特権だ。
正直めっちゃ楽しい。
「マスターももっと食べましょうよ。私ばっか食べてるじゃないですか」
「いやいや俺もちゃんと食ってるよ。酒も飲んでるからこのくらいのペースでいいんだ」
さすが「ブラックダイヤモンド」の肉はうまい。ワインもビールも進んでしょうがない。この身体は二日酔いの危険はないのがありがたいぜ。
おいしいおいしいとパクパク食べていたソラちゃんだったが、網の上の肉を大体食べ終わって一段落した時ふと聞いてきた。
「ところで、今日はなんで私を誘ってくれたんですか? 何かの記念日? 気まぐれ?」
「ああ〜っと」
言わずにすむかと思ったんだが。思わず頭の後ろをかいてしまう。
正直に言うのはちょいと恥ずかしい。
「……言っても笑わない?」
俺が聞き返すと、ソラちゃんはきょとんとした。
「聞かないとわかりません」
「だよねえ。……実はさ、たいしたことじゃないんだがソラちゃんがうちの店で働き始めてくれてそろそろ一年以上経つだろ? うちみたいな寂れた喫茶店で、休まず働きに来てくれて、しかも俺よりよっぽどやる気があって……まあその、感謝してるってことだよ。ソラちゃん、一年間お疲れ様って労いたくなってさ。はは、ちょいと大げさかもしれないんだけどな」
照れ隠しに後頭部をかき続ける。
ちらっとソラちゃんの方を見る。笑われてるかと思いきや、ソラちゃんも何故か赤い顔をして俺を見ていた。
「え、いやいやそんな! 私の方こそこんなぽっと出の田舎者を雇ってくれて、感謝しかありません!」
「そうなの?」
「そうです! お給料はいいしご飯はおいしいし、シリウスは最高の職場です! 私の方こそいつも感謝してるんですよ。あんまり言いませんけど……」
「はは……」
ソラちゃんも感謝してくれていたとは嬉しい。照れ隠しなんてしないでよかったな。
「愛想を尽かされてないようで良かった。これからもよろしくな、ソラちゃん」
「はい! これから1年でも2年でも10年でも、何年先でも私がんばります」
ふんす、と力を込めてソラちゃんが言う。うーん、こんな美人で明るいいい店員を持てて俺は幸せものだ。
「まあというわけでさ、今日は俺の感謝の気持ってこと。遠慮なく奢られてくれよ」
「はーい、そういうことなら私も遠慮なく食べます。お肉ー!」
そしてソラちゃんは次の肉を網に乗せ始めた。香ばしい煙が上がるのを合図に、俺達は再び肉を食べ始めたのだった。
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