「マスターこんなんじゃお店潰れちゃいますよ〜」と言っている店員は、俺が元SSSランク冒険者なことをまだ知らない

氷染 火花

第1話 カフェオレとミックスサンド

 大陸有数の大国ロワール王国。その王都西区裏通りの片隅に、俺の経営するカフェはある。

 店名は『シリウス』。細長いカウンターにテーブル席が3つだけの、こじんまりした喫茶店だ。店員は俺とバイトの二人だけ。客は、一人もいない。今日も絶好調で閑古鳥が鳴いている。


 ため息とともにバイトのソラちゃんが言った。


「マスター、こんなんじゃお店潰れちゃいますよ〜」


 その言葉に改めて、俺は店内を見回す。


 暇にあかせて掃除した結果、拭き残しなどどこにもない店内。磨き抜かれたまま使われず置かれたカップとソーサー。静かに奏でられる音楽と、穏やかに立つコーヒーの香り。


 そして、一人もいない客。


 うむ、素晴らしい。我ながら完璧な店だ。


「なにか問題が? 最高の店内じゃないか」


「どこが最高なんです。お客さんが一人もいないのになんで喜んでるんですか」


「なに言ってる。客が来たら忙しくなってしまうじゃないか」


「なに言ってるんですかマジで」


 ソラちゃんが頬を膨らませる。


「本当に潰れちゃいますよ。そしたら私の仕事はどうなるんですか? お給料は?」


「ここは潰れないし、ちゃんと君の給料も払うから安心してくれ」


「この状況でどう安心しろって言うんです」


「はっはっはっは」


「わらってごまかさないで〜」


 うーむ、ソラちゃんは美少女で愛想もいい最高の店員だが、働き者なのが玉に瑕だな。

 もっとなまけていいんだぞ。

 いつまでもソラちゃんが頬を膨らませているので、俺も真面目に話すことにした。


「ソラちゃん、君は勘違いしている」


 なるべく真剣そうな声を出したら、ソラちゃんも背筋を伸ばしてこちらを見てくれた。

 気持ち、低めの声を出して告げる。


「俺は客に来てほしくないんだ。働きたくない」


「そんなんじゃ本当に潰れちゃいますよ〜〜〜!!!」


 ソラちゃんが店に響くほどの大声で叫んだ。それをとがめる客も、ここにはいない。


 ◆


 なんで俺は働きたくないかについて話そう。

 俺の名前はギルバート・ライブラ。くたびれた37歳のおっさんだ。

 ついでに、元日本人の転生者でもある。


 日本では子供の頃に親が蒸発し遠縁の親戚に引き取られたあとは苦労ばかり。学生時代は生活費のためバイト漬け。大学の奨学金を返すためにもブラック企業にこき使われた結果、25歳で過労死した。ある日の出勤中頭に激痛が走って地面へ倒れ込んだところまでは覚えている。たぶん卒中か何かで倒れたんだろう。


 思えば働きまくって何の楽しみもない人生だった。後悔しかない。


 だから、この世界では絶対無茶はしない。命を大事に、のんびりスローライフをすると決めている。


「安心しろソラちゃん。何度も言っているが、俺は店を潰す気はないし、君をいきなり路頭に迷わせたりはしない。それより休憩にしないか? まかないまだだっただろう?」


「ええ!? だってまだ開店したばっかですよ」


「どうせお客さんいないんだからいいじゃないか。ほら、いつものモーニングセットでいいか?」


 時刻は午前10時過ぎ、朝食と言うにはちょっと遅いが、まあいいだろう。


「む〜〜〜、こんなことしてたらほんとに潰れちゃいますよ」


 文句は言いつつも、ソラちゃんは大人しくエプロンを脱いで空いてるカウンターに座ってくれた。

 なんだかんだ食欲には素直なのがソラちゃんのかわいいところだ。

 俺は笑いをこらえながら、ソラちゃんの前に賄いを出す。


「ほら、カフェオレとミックスサンド。いつもどおりのメニューでよかったよな」


 ミルクたっぷりのカフェオレと、トーストしたパンにトマト、ベーコン、たまごサラダを挟んだミックスサンドはソラちゃんお気に入りのメニューだ。


「わ〜〜〜い! いただきます!」


 今日も目をキラキラと輝かせて、お皿の前で手を合わせた。

 さっきまでとはまるで違う態度に俺はこっそり苦笑する。

 ちなみにいただきますと手を合わせる仕草は、一緒に賄いを食う内に自然とソラちゃんが俺の真似をした結果だ。


「ん〜〜〜〜! 今日もとってもおいしいです!」


「そりゃよかった」


「ベーコンの焼き加減もたまごサラダの濃厚さも絶品です。マスター最高!」


「ありがとよ」


 ソラちゃんに賄いを食べさせるのは、俺のひそかな楽しみだ。いつもおいしそうに食ってくれるのでこっちも気分がいい。


 おいしそうにミックスサンドを頬張っているソラちゃんを眺めながら、俺は自分の分のサンドイッチをかじる。俺はパンにベーコンとチーズを挟んで焼いただけの、簡単なホットサンドだ。


「……うん、こっちもよくできたな」


「…………じゅる」


「ん?」


「マスターのも、おいしそうですね」


「これか? ミックスサンドと違ってすごいシンプルだし、黒胡椒も効かせてるからソラちゃんには苦手な味かもしれんぞ」


「大丈夫です。一口味見させてください!」


「ほいほい」


 俺は自分用の中から一切れをさらに半分に切って、ソラちゃんに渡してやる。

 さっそく一口かじったソラちゃんは、目を見開いた。


「んん! ピリッとしますけど、これもおいしいです!」


「はっは。こんな単純なチーズサンドで喜んでくれるなら、うれしいよ」


「単純じゃないですよ〜 表面の焼き加減が最高です。私が作っても絶対こんなふうに焼けません」


「お、よく気づいたな」


 チーズサンドは焼き加減こそ命なのだ。完璧なきつね色で焼けるようになるまでずいぶん試行錯誤した。


 その後、ソラちゃんはチーズサンドもミックスサンドもきれいに平らげ、おいしそうにカフェオレを飲んでくれた。

 ちなみにソラちゃんはまだコーヒーの苦味が不得手らしく、たっぷり砂糖も入れて飲む。俺としてはおいしく飲んでくれるのが一番なので、好きに飲んでもらっている。


「ふう、ごちそうさまでした。今朝もおいしかったです」


「どうも。客がこないからソラちゃんのために作ってるようなもんだな」


「そこが問題なんですよ!正直言ってマスターの料理は絶品です。もっともっと宣伝したらきっとお客さんが来ますよ!」


「いーの。俺はのんびり店をやりたいんだ」


「む〜〜〜、こんなにおいしいのに、もったいないです」


 本気で悔しがっているソラちゃんの顔がなんだかおもしろくて、俺は微笑を漏らす。

 まあ、彼女からしたらわけがわからないだろうな。

 

 でもいいんだ。俺はめったに客のこない喫茶店でのんびり働きたいんだから。

 それだと生活できないって? 大丈夫。

 ソラちゃんは知らないが、俺にはちょっとした秘密がある。ぶっちゃけ店の売上が無くても問題ない。

 ま、俺の正体は隠しているし、そもそも言っても信じてくれないだろうからソラちゃんにはまだ内緒だ。


 日本でも異世界でも、ずっと働き続けてきた。四十路間近のこれからはのんびりスローライフを送ると決めているんだ。

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2024年11月30日 19:05

「マスターこんなんじゃお店潰れちゃいますよ〜」と言っている店員は、俺が元SSSランク冒険者なことをまだ知らない 氷染 火花 @koorizome

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