不束者ですが。

茨 如恵留

新堂嶺羽と有栖川継路

Ep.1 有栖川継路という人間

 僕の名前は有栖川ありすがわ継路つぐろ。ごく普通で平凡な男子高校生。

 ……いや、本当にそうなら、クラスで話す友人の一人や二人居るはずだ。正確に言うなら、僕は特に才能も個性もないぼっち男子高校生である。


 といっても、僕はいじめを受けている訳ではない。この学校という空間で起きるあらゆるトラブルを回避するために進んで一人で行動しているのだ。そう、決して僕は。社会性が無いわけではない。




 そんな僕の教室での席は、窓際後ろから3番目。ラノベで言うところの、主人公席だ。最も、僕を主人公にしたラノベなんて絶対に売れないだろうけども。


 この席は人間観察に適している。

 休み時間になれば必ず群がってトイレに行く女子、女の話でバカみたいに騒ぎ立てる男共。


 誰も彼も、僕とは別の次元で生きているようだ。


 昼休みになると、食堂で昼食を摂る者、そういった彼らの席を無断で借りて友人と昼食を摂る者に分かれ始める。


 ちなみに僕は便所飯なんかではなく、自席で堂々と弁当を一人で食べる。

 人目なんて気にせずにじっくり味わって食べるのが継路流だ。だし巻き卵の風味が素晴らしい。結局は自画自賛なのだけれども。




 午後の授業。数学の桜庭さくらばは女子人気が高いらしいが、僕にはよく分からない。古文の萩野はぎのと一体何がそこまで違うというのか。……毛量か?


「じゃあ問四を……有栖川くん」

「……分かりません」


 僕はノートに書かれた√3/2という数字を見つめながら、そう答えた。


鵜川うかわさん、分かる?」

「はい、√3/2です」

「正解。答えは√3/2。今から解説するから、しっかり聞いておいてね」


 僕は決めている。分かっていても分からなくても、必ず教師に当てられたときはこう答えると。


 毎回ちゃんと答えていると、周囲から真面目だとか頭が良いだとかいう余計なレッテルを貼られかねない。教師はテストの点を見て僕の実力を分かっているし、わざわざクラスメートの前で誇示する必要などないのだ。


 こんな感じで、僕は語るまでもないくらいつまらない学校生活を送っている。僕の人生は、学校が全てではないのだから。プライベートが充実していれば、それで良い。




 家に帰ると、今日の授業の復習をする。これでも成績を維持する努力はしているのだ。


 分からないところは特に無いが、暗記科目というのは日々の積み重ねである。一夜漬けで詰め込もうなんてのは馬鹿のやることで、僕は当然そんなことはしない。


 教科書と復習用のノートを広げ、シャーペンを握る。静かな空間で黒鉛が紙を滑る音だけが響く、この時間は中々に心地よい。




 2時間の復習時間を終えて、夕食を摂る。

 家族が居るときと居ないときがいるのだが、今日は居ない日だ。

 スクランブルエッグとソーセージで夕食を済ませ、僕は冷蔵庫を開けた。


 家族が居ないうちに好き勝手しようというのは、普通の高校生と変わらない。

 コーラとスナック片手に趣味に勤しむくらい、誰だってするだろう。


「……無い」


 コークとも言われるあのコーラが無いのだ。

 あれが無くては何も始まらない。


 急いで外行きの服に着替え、スナックの方は切らしていないことを確認し、僕は近所のコンビニに向かった。




 コンビニは人がいなく、閑散としていた。


 ドリンク売り場に並んだコーラを見て、僕は考える。今日は700mlをラッパ飲みしたい気分だ。

 そして、スナック。家にストックがあるのは確認済みだが、僕は新作ピザ味スナックを手に取る。今夜のお供だ。


 カゴにその2つを放り込んで、僕はアメニティコーナーを見た。

 その端に密かに並ぶ、コンドーム、所謂避妊用ゴム。僕だって高校生だ、知らないわけがない。

 ……しかし、僕には必要ないものだ。友達もいない僕に、そんな相手はいない。


 僕はレジで支払いを済ませ、コンビニを出た。




 コンビニを出ると、交差点の信号は赤だった。


 交差点の向こうに高級レストランがあり、そこには僕と同じ年くらいの女と中年の男がいた。


 ……親子?いや、あの様子。金銭のやり取りがあるということは、パパ活か。

 にしてもあの女の立ち姿、どこかで見覚えがあるような。


 信号が青になって、僕は彼女らのいる方に歩き出した。


「またね〜♡」


 交差点を渡り終えると、真顔に戻った彼女と、バッチリ目が合った。

 彼女は目を丸くして、僕を見つめていた。とにかく僕は目を合わせないように、その場を早足で立ち去った。




 僕はそこまで倫理観がしっかりしているわけではない。パパ活だって、僕はそれを見て軽蔑はしないし、というか他人が何しようとどうでもいい。

 にしても、あの女は一体何だったのだろう。

 僕を見てあの反応……もしかして知り合いだったか?


 まあいいや、帰ってニコ生でも見よう。




 次の日、僕は大きな欠伸をしながら朝のホームルームが始まるのを待っていた。


 机の中に手をおもむろに突っ込んで遊ぼうとしたら、カサ、と何かに手が触れた。


 ……なんだこれ?紙?


 取り出すと、二つ折りの小さな紙だった。ノートの切れ端のようだが、乱暴ではなく、ハサミで切られたことが分かる。

 開くと、丁寧な字でこう書かれていた。


『継路くんへ

 昼休み、体育館裏に来てください。お願いします』


 ……ナニコレ。

 僕、リンチでもされるのか?


 ラブレターである可能性は億が一にもないわけだから、きっとそうなのだろう。

 恨まれるようなこともしていないが。

 しかし、世の中には存在しているだけで目障りだとか難癖をつけてくる連中もいるわけだから、こっちはあり得る話だ。決して僕は、公明正大に生きているわけではないのだから。


 とにかく、殴られてもいいように制服の中に教科書でも仕込んで昼休みは約束の場所に向かうことにしよう。




 昼休み。僕は呼び出された通り、体育館裏にいた。

 誰もいない。後からぞろぞろと出てくるタイプだろうか。にしても、この高校はそんなに偏差値が高くないことは否定しないが、そんなにヤンキーが跋扈するような治安でもないはずだ。


 いや、今まで僕が他者と関わってこなかったから知らなかっただけで、元々この学校はそういうところなのだろうか。


「継路くん?」


 振り返ると、女子が一人立っていた。同じクラスの新堂だ。

 彼女は僕と同じくクラスでは目立たない人間で、いつも一人で行動している。


「はい」

「来てくれたんだ、良かった……」


 黒髪、三つ編み。いかにもな陰キャ女子だ。


「ところで新堂さん、僕は一体何のために呼び出されたの?」

「あっ、それは……」


 彼女は僕に向かってズカズカと歩き出す。僕は反射的に後ろに下がった。


 背中に壁が触れる。まずい、これ以上は……


「継路くん!」

「は、はい」


 彼女は僕の左手首をガッチリ掴んだ。力が強く、逃げられない。

 僕は考えていなかった。女子にだって、痛い目に遭わされる可能性があることを。


「昨日見たこと、絶対に誰にも言わないで!」

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