流星の住む町

伊ノ景色

第1話 哀れな男の呟き

 夏の暑さの持つ煌めきを、私はいつしか忘れてしまった。

 生暖かい風に当たるこの身体が、誰かを待つ事はもう無い。


 過ぎ去った日々、などとよく聞くが、それは間違いだ。

 過去は確かに今に連れては行けない。だが、また新しい煌めきは作れた筈だ。


 煌めきはいつも観客でしか無い。彼らを舞台に上げるのは、俳優である己なのだ。

 だが、誰もそれを願いはしない。


 理由は人それぞれだろう。人間なのだから、考えの違いなど山ほどある。

 楽しかったあの時代、何故それを捨てたのか。


 友達と過ごしたあの夏。アイス一本選ぶだけで、言い合いしたあの頃の私。


 私は、大人になりたかった。


 自分の知らない世界を知る、そんな大人に憧れていたのだ。

 しかし、今、私はあの頃の自分に嫉妬している。


 そして、歳を重ねれば大人になると、知識も裏付けも無い癖に、周囲の意見に流された結果の今の自分に腹を立てている。


 私は、大人になれなかった。


 原因は? と聞かれても、何も答えられない。

 巣に置いて行かれた雛鳥が、飛び方も分からず親を待つ様に、私も何も分からず待っていただけなのだ。


 手本は至る所にあった筈だった。だが、私はそれを学ぼうとはしなかった。

 教えられなければ知識を詰め込めない、この甘えた思考が、あの頃から私を縛り続けていた。


 自分から学ぼうと思わなければ、いくら待っても誰も教えてくれない。

 それにどれだけ早く気が付くか。私は余りにも遅すぎたのだ。


 もう私は、巣から降りる事は出来ない雛鳥と同じ。ここが安全だと理解してしまい、新たな世界を知るには、無駄な知識を詰め過ぎた。

 永遠と繰り返す無為な生活が、如何に楽かと覚えた結果、私は自ら羽をモいだのだ。


 もう飛び立つ勇気も翼も無い癖に、ずっと憧れだけが胸に染み、大空を舞う夢に浸るだけの醜く肥えた雛鳥。

 変わらぬ日常が平和だと分かっているこの頭は、別の世界を見ようとは思わず、過去の煌めきに追い縋り、明日が必然だと信じている。


 分かっているつもりだ。だが、どうにも出来ない。

 巣にハマった身体は自分を今に縛り付け、羽毛の無い腕が、私を現実に引き戻す。


 夕日が水平線に沈むこの町で、私は小さなアパートのベランダから、煙草の煙を一筋昇らせた。

 これが大人の特権なのだと哀れに嘯き、星が顔を出し始めた空を見て、何も感じなくなった自分をつまらない奴だと罵った。


 狂ってしまったのか、それともこれが正しいのか。

 もうそれさえも自分で判断出来ない。


 今は只、明日へ疲れを残さない為に、静かに眠るだけだ。

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