たとえこの世界が英雄《キミ》を認めなかったとしても、ずっと抱きしめていてあげる。

学倉十吾

†――Overture

第1話

 二式にしき家の当代騎士――二式スカラ。

 何を隠そう、このあたしがガチ恋してる、推しの騎士の名前だ。

 彼は他家の当代騎士に比べて格段に顔がイイって程でもないし、いつも画面越しに応援するしかなかったあたしだから、優しそうに見えて実際どんな性格かまでわかるわけなかったんだけど。

 それでもスカラは出会って一瞬であたしのになった。

 きっかけは些細なことだ。

 に理由なんてない。

 たやすく言葉にできるものじゃない。

 どうしてかって――そう、普通に歯車ギアがガッチリ噛み合っただけ、みたいなマジ頭ワルい感じだから。


 無数の自律飛行カメラが、長方形のステージを様々な角度から捉えて観客向けのスクリーンに映し出している。

 幅二五メートル、奥行五〇メートルあるこのステージは、センターの交戦不可避な一線レッドラインで平等に二分されている。

 その境界線を隔てて睨み合う、二つの人影――赤と青の〝袖章ストライプ〟で識別された両者は、つまりはあたしたちの世界で〈騎士フェンサー〉と呼ばれてきた特権階級だ。

 青い袖章の――ナントカって名のある騎士サマらしいけど、こっちは正直どうでもいい。

 わざとらしいくらいに整えた金髪で甘いマスクな彼に、周りにいる観客たちが沸き立っているから、熱狂的なファンのいる騎士だって否が応でも伝わってくる。

 そして赤い袖章――黒いスキンスーツを身につけた黒髪の青年こそが、あたしの推しの騎士――二式スカラそのひとだ。

 観客席をぐるりと取りまく防護ガラスの向こう側に、リアルの彼がいる――!

 彼が、今まさに金髪青袖の対戦者と斬り結ぼうとしている。


『――……本決闘試合の挑戦者となった赤袖レッド・ストライプ――今季において番狂わせの躍進を続ける二式家の新たなる当代騎士――二式スカラ選手!

 そしてその挑戦を受けて立つのが、英雄候補も目前となった青袖ブルー・ストライプ――――選手。

 両者、開幕の合図より、互いに十五秒間のインターバルで健闘を称えあってください』


 審判役が錫杖型デバイスをシャンと打ちつけると、あたしを含めた観客たち全員の網膜下端末インプラント・アイリスに十五秒ずつのカウントがスタンバイされる。


『それでは――――〝騎士道に恥じぬ剣劇をここに〟――』


 そしておさだまりのフレーズで告げられる、決闘開始の合図。

 シグナル音と同時にカウントスタート。

 ヒートアップに限界などないかのようなオーディエンス。


起動boot――行使権有効化activation――――ID2――……」


 右薬指に刻まれた騎士紋――その心理的トリガーとなるコードを口ずさんだ彼が、己が〈魔剣〉スマート・アームズID2を起動する。

 燐光を煌めかせてスカラの手にずっしりと収まる、長さ六〇センチあまりのコンパクトな打刀型デバイス――識別名ID2。

 彼と同化した騎士紋から瞬時に物質化すると同時に、固有戦闘装束で使い手自身のスキンスーツを覆う。

 〈魔剣〉――IDシリーズのナンバリングが与えられた、この世界で騎士だけが保有/行使することを許されるこの超異端技術シンギュラリティ・デバイス。

 こいつはたったの十五秒間しか稼動限界時間が与えられていない。

 人類に過ぎたシロモノには歯止めが必要ってワケ。

 だからこういう騎士同士の一対一シングルスは、一瞬の真剣勝負となる。

 カウント開始――十五秒。

 抜き放ったID2の切っ先を、金髪青袖に突きつけるスカラ。

 決闘の幕開けだ。

 十四秒。

 青袖が先んじて駆ける。

 向かってステージ右サイドへの横軸移動。

 スカラをロックオンしたまま円弧を描いていく。

 騎士だけがなし得る身体能力をもっての、圧倒的瞬発力。

 十三秒。

 ID2は一撃必殺の威力で名を馳せた〈魔剣〉だけど、ショートレンジ型で攻撃範囲の狭さが弱点となる。

 ならばID2のレンジ付近で揺さぶりをかけ続けて時間切れを誘い、それに焦って一発逆転の攻撃に転じたスカラの裏をかくってのがセオリー。

 何よりまだない青袖だ、十五秒制限が引導を渡すのは彼じゃなくスカラが先。

 十二秒。

 早くも両騎士の戦闘スタイルが浮き彫りになっていた。

 間合いを自在に変えながらプレッシャーをかけてくる青袖に対し、あくまで自陣から攻め込もうとしないスカラはカウンター狙いみたい。

 構えの体勢を崩さないスカラに、右から大きく回り込んでみせた青袖。

 軸足での急制動をかけつつID起動コード詠唱――体重を乗せ低い体勢からの、〈魔剣〉具現化。

 十一秒。

 青袖保有の〈魔剣〉はID8だ。

 展開したグレーの固有戦闘装束とともに、ID2より長身な西洋剣型のID8がスカラの隙を捉える。

 十秒。

 一瞬生じたこの隙にも、スカラの動きは鈍かった。

 九秒。

 横薙ぎに迫りくるID8のロングレンジ剣戟。

 一撃一撃が重たいそれらを余さず打ちはらい続けるスカラに、感嘆の声を上げる観客たち。

 ただ防戦一方では突破口が見えないのは明らかだった。

 スカラが鈍い理由ならあたしも知っている。

 ID2はの〈魔剣〉だ。

 不動なる抜刀の構えから放たれる一撃が強力無比な分、の構えに体勢の自由度はない。

 観客映えする一撃必殺を狙おうとすれば、トリッキーな標的に虚を突かれやすいってワケ。

 八秒。

 けれども向こう見ずだったのは青袖だってすぐにわかった。


「――放て我が摂理侵犯シンギュラリティ・バースト――……〈揚羽残鞘アゲハザンショウ〉――」


 ――スクリーン越しに彼の声が届いた時点で――ううん、その前に、あたしたちの認知する時間がすっ飛んでいたのだ。

 ガラス越しのステージに、青袖が横たわっている。

 さっきの場面で何が起きたのか、頭で理解できたものは少ない。

 ただ二式スカラがID2を鞘に収める動作をして、粒子状に霧散したそれが彼自身の騎士紋に消えていく様だけをスクリーン越しに見届けるしかない。

 摂理侵犯。

 騎士たちの〈魔剣〉には、各々にそういう固有の必殺技みたいなやつが備わっている。

 ID2が実現せしめる摂理侵犯こそが、あの〈揚羽残鞘アゲハザンショウ〉。

 これを受けた相手が認知できるのは、己を斬った刃が鞘に収められる動作だけ。

 その直前に放たれたはずの斬撃を他者に観測させない、時間操作か事象改ざんとも思える驚異の剣技だ。

 ID2が一撃必殺とうたわれる由縁そのものだった。

 倒れ伏したまま呻く青袖の前で、どうしたものかと困惑した表情のスカラが審判を見やる。


『――しょ…………勝者、二式スカラ――――!! ここで英雄候補――の連戦記録が打ち破られるなんて、誰が予想できただろうか――――――――』


 〇秒。

 事態をようやく把握した審判が、ID2のタイムリミットと同時に勝者の名前を決定づけてみせる。

 この決闘が本来の時間を取り戻した瞬間だ。

 途端、怒濤のように湧き起こる〝二式〟のコール。


 二式スカラは騎士たちの競争に勝ち上がり続け、いつの間にかこの世界の英雄候補に立っていた。

 そうしていつしか彼ら騎士たちの悲願――ううん、人類すべての悲願を達成するであろうになるって、このころはみんなで信じていられたのだ。

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