第8話
「それよりも、貴女を呼んだ理由を話させてはくれないか」
ニュニギ王が、早口で言った。話をヒキガエル化け物からそらそうとしていることは分かったけれども、たしかに気になる。
なんで、わたしは呼ばれたんだろう?
「それはだな、一つには感謝を伝えるため。もうひとつには、褒美を与えるためだ」
「褒美……」
「ああ、私の命を救ってくれた恩人だから、何でも言うがいい。与えられるもの、叶えられるものであれば、私が――」
「帰りたい」
元の世界、二人が言っていた
そりゃあわたしだって、異世界に転移したってわかってうれしかったけれども、戻れないってなると話は別だ。まして、10トントラックに
「答案用紙は紙切れになっちゃったし」
「どういうこと……」
わたしはプリンちゃんに事情を話した。赤点をとって、お母さんに叱られたってこと。
そうしたら、プリンちゃんはこれまでで一番大きなため息をついた。畳にしみこんでいくみたいなあまりに重たいため息だった。
「そんなしょうもない理由で、かの神が働いたって信者が知ったら激怒しますね」
「しょ、しょーもないって。わたしにとっては真剣な問題だったんだよっ!!」
わたしのお母さんはめっちゃ怖い。みんなからは明るくて優しいっていわれてるけど、それはネコをかぶってるだけ。本当は鬼みたいに怖いんだ。
とにかく。
「プリンちゃん、どうにかしてよ。この世界に詳しいんでしょ?」
「どうにかしろと言われても……」
チラッと、プリンちゃんが王様の方を向いた。なにか、ただならない関係でもあるんだろうか。
それとも、わたしと行きたくないから……!?
わたしの心配をよそに、ニュニギ王がゆっくりと頷いた。
プリンちゃんの表情が、夏の日のヒマワリみたいに明るくなる。
「わかった、彼女を連れていくがいい」
「は……?」
「やった! プリンちゃん、いっしょに行こうね!」
プリンちゃんに抱きついたんだけど、そんなわたしを押しのけようともしないくらい、プリンちゃんは
「どうしてワタシなんですか」
我に返ったプリンちゃんがニュニギ王に詰めよった。
その目はタカのように鋭くて、王様もタジタジとしている。
「助けに来るのが遅かったから――」
「そうじゃないよ。一つには、命の恩人が言っているから」
プリンちゃんの目が、こっちを向いた。アイスピックみたいな視線は、女の子がしていいものじゃない。
「……もう一つは」
「彼女をウルタールへと連れていってほしい」
ニュニギ王の言葉に、プリンちゃんが両腕を組んで考えこみはじめた。
「ウルタールって?」
「西方にある、ネコの街です」
「ネコちゃんの街!?」
わたしの頭の中に浮かぶのは、街の中を闊歩するネコたち。野良猫、三毛猫、ペルシャ猫、白猫に黒猫にぶちの猫。多種多様なネコちゃんたちがデーンと道路に転がって、くしくし顔を撫でているところが、目に浮かぶようだよ。
「そんな
「ええ、ネコを決して殺してはいけないと、法で決められています。それゆえ、ネコの神様に守られているほどです」
「ネコの神様なんているんだ」
「その神様に守られたウルタールは、夢の世界でも特に安全な街だと言える。それに、アタルという男がいる。その彼に助言を仰いだほうがいいと思ってね」
そのアタルという人は、神に仕えているヒトらしい。なんの神の神官なのかは、プリンちゃんもニュニギ王も知らないとか。
「だが、彼のうわさはこの島にまで届いている。この夢の世界について、彼ほど知っている人間は存在しないのではないか」
「ワタシも同意見ですが……」
またしても、プリンちゃんがこっちを見てきた。先ほどとちがって、こっちを案じるような優しい視線だ。にっこり笑いかけたら、なんでか呆れたように首を振られちゃった。
「彼女を連れて海を渡るのは、非常に危険です。ただでさえ、困難だというのに」
「わかっている。だからこそ、すぐれた夢見人たる君を護衛につかせるのだ」
ニュニギ王の言葉に、プリンちゃんは口を閉ざす。
わたしには、二人が言っていることがあんまりよくわかんない。飛行機で飛んでいけば、一瞬なんじゃないの?
なんて思っていたけれども、それよりも気になったことがひとつ。
「プリンちゃんも夢見人なの?」
わたしの問いかけに、プリンちゃんがアッと声をもらした。
ヒリヒリするような沈黙がしばらくつづいて。
プリンちゃんが小さく頷いた。
「でも、そんなことはどうでもいいです」
「どうでもよくないよっ。だって、わたしと同じ世界の人ってことでしょ?」
「…………
「なんでウソつくのさ」
プリンちゃんは、日本のことを知っていた。すくなくとも、冥王星に住んでいるヘンテコ生命体ってことはないはず。
仮にそうだったとして、今のプリンちゃんは、どう見たってかわいらしい魔法使いだ。それはかわらない。
「とにかく!」
プリンちゃんは顔をそむけて言った。
「あなたは生身なんです、死んだらこれまでなんですよ」
「でも、プリンちゃんが守ってくれるんでしょ?」
わたしが言えば、プリンちゃんは一度こっちを向いた。その表情は真っ赤で、次の瞬間には睨まれていた。
……またわたし、怒られるようなことを言っちゃったかなあ。
ふいに、ゴホンと咳がする。ニュニギ王が、改まったような顔をしていた。
「とにかくだ。プリンセスには、この方を護衛してもらう。いいな」
「はい」
プリンちゃんは、どう見たって不満げだ。それでもわたしについてきてくれるのは、王様がそう言ったかららしい。部下としての務めってやつなんだろうか。
威厳たっぷりに命令したニュニギ王が、こっちを向いた。思わず、背筋がピーンと伸びる。
何か言われるんじゃないだろうか。体をカチコチにして身構えていれば、王様は腰に差していた剣をはずし、わたしの前へと押しだしてきた。
それは、レンの住人とやらと相対したときに、王様が渡してきた、あの剣であった。
「これはハクナギノツルギといって、神からうけたまわった聖なる剣だ」
わたしは改めてその剣のことを見てみる。はじめて見たときと同じように、ヘビみたいにうねった不思議なかたちをしている。うねった鞘には装飾がほとんどなく、柄の部分に星型のマークがあるくらいだろうか。
ハクナギノツルギを、王様が手に取り、鞘から抜く。あらわとなった薄い刀剣は、雪のような白い輝きを放っている。見ているだけで洗い流されるような、そんな気持ちになる。
「これをおぬしに授けよう」
「いいんですか」
「おぬしは恩人だ。それに、これからの旅路は苦しいものになるだろう。だから、これを使ってくれ」
鞘に納めた剣を、王様は抱えて、わたしへと差しだしてくる。
こんな、神から与えられたっていう、国宝みたいなものを、私なんかがもらっちゃってもいいんだろうか。そう思わないでもなかった。
でも、王様の目を見ていると、受け取らなければ逆に失礼なような気がした。
ハクナギノツルギをそっと受け取る。長さにして、1メートルはあるだろうか、それなのに、重さをあまり感じなかった。
わたしは頭を下げる。ニュニギ王は、微笑みをたたえていた。
「それを使う機会がないことを、切に願っているよ」
そういうわけで、わたしは夢の世界なんてよくわからない世界に転移した。
そして、覚醒の世界――ようするにわたしたちがいる世界へと戻るため――まずはウルタールを目指すことになった。
その旅路は、果てしなく、驚異的で冒涜的で、狂気に満ちあふれていた。
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