夜空の花を見上げて
花里 悠太
1-1 思い出からの招待状
「結婚式の招待状? また?」
家に帰ってきてポストを覗くと、入っていたのは見るからに浮ついた白い封筒。
仕事を頑張り人生を生き抜くことに必死なぎりぎり20代の私にとって、まだまだ縁がないと思っていた単語。
しかし、職場でも友達の中でも最近結婚が多い。
もう三十前の駆け込み婚とかいう時代でもないだろうに、何を焦ってカゴの中に入りたがるのやら。
そう心の中で悪態つくも、幸せそうな裏切り者達を見るとちょっぴり焦らないでもない。
「誰から、っと、あ……」
送り主の一人である新婦は高校時代の友人。
親友と呼べる程度には仲が良かった子だ。
おっとりして、優しくて、ふんわりした笑顔で話すのが好きで。
いつも一緒にいた気がする。
しかし、私が大学進学のためという名目で上京して地元を離れて以降、何となく彼女とはあまり連絡取らなくなっていた。
連絡取りづらくなった理由が、新郎として書かれている名前にある。
「先輩……」
そこに書かれていたのは、私と親友の共通の先輩の名前。
物静かですごく気配りのできる人。
顔もタイプで私が好きだった人。
親友も先輩が好きで、二人で先輩のことを熱く語っていたのも今や昔だ。
しかし、二人で先輩のことを一緒に思う時間は高校三年生の夏に終わった。
受験の追い込み前最後に羽を伸ばそうと思って親友と二人で花火大会に行く予定を立てていたのだが、当日私が体調を崩してしまった。
お互い浴衣も準備して気合い入れていたのだが、何ともついてない。
布団の中から親友に電話して謝った。
『ごめん』
『気にしないで』
『せっかく浴衣準備したのにね。せっかくだから誰かと行けるなら行ってきなよ』
『うん、行ける人いないか探してみるね』
気にするなと言ってくれた親友に、ちょっと安心して眠りについた。
数日後、復調して塾の夏期講習に行った時に花火に行けなかったことを謝ろうとするとそれを制するように物陰に連れて行かれる。
改まって泣きそうな顔をした親友から告げられたのは、先輩とのお付き合い報告。
「花火、たまたま先輩の予定も空いていて一緒に行ったの——」
「そこで告白されて——」
「でもこのことはちゃんと言わなきゃって——」
親友からの一方的で暴力的な報告に、なんとか平静を保って相槌を打って、最後は祝福した、はずだ。
記憶はないので自信はないけど。
これから受験頑張ろうと思っていた出鼻をくじかれ、大好きな人にアタックするチャンスも消えて。
私がいったい何をしたと言いたくもなったが、親友に対して恨み言を言うようなことはしたくなかった。
ただ、以降親友と話し辛くなった。
恨み言も言いたくないし、先輩の話を親友の口から聞きたくもないし、そのことで親友に気を遣わせたくない。
ちょうど受験シーズン本番を迎えて勉強に本腰を入れなければならない時期も来ていた。
元々は先輩も通う地元の大学に一緒に進学するために頑張るつもりだったが、親友と先輩と一緒の大学に通うなどともはや地獄だ。
やりたいことを見つけた体で、上京という逃避行チケットを手にするために、後ろ向きに全力な受験勉強に挑んでいったのであった。
そこから半年後、ネガティブパワーで受験戦争を勝ち抜いた私は念願叶って地元脱出に成功。
大学卒業後もそのまま地元から離れた企業に就職し、十年間単独逃避行を続けている。
そして、上京してから親友とは会っていない。
連絡も時々するが、当たり障りのない会話をするくらいで本当の意味でのコミュニケーションは取れていない。
「いつまでウジウジしてんだろう、私」
そして、私は当時のダメージをまだ吹っ切れていない。
十年経ってもだ。
自分ながらにもいつまで引きずってるんだよとは思うのだが。
「まあ、でもそろそろ切り替えなきゃだめか」
このままではいけない、私の人生を逃避行で終わらせるわけにはいかないのだ。
正直、この結婚式の招待状は血反吐を吐きそうなほどの一撃だったが、良い機会だ。
親友との関係も取り戻したい。
意を決して、親友に向かってSNSで連絡をとることにした。
『久しぶり!』
『あ、久しぶり! 元気だった?』
『結婚式招待状届いたよ、おめでと』
『ありがとう!』
『招待状は別に返すけど、式参加するね。楽しみにしてる』
『え、ほんと? うれしい!』
この通り、私だって吹っ切れれば普通に会話できるのだ。
全く小さい自分が嫌になる。
でもこれで次のステップに進めるかな、と思っていると親友から爆弾が投げ込まれた。
『あのさ、今週の日曜日の夜って空いてる?』
『何で?』
『花火大会があってね』
「うわああ」
返信できずに思わずうめき、額に手を当てて自室の天井を仰ぐ。
やっぱり吹っ切れてない小さい私。
そんなこちらの様子を知らずに親友からの爆撃は続く。
『昔、一緒に行けなかった花火大会があったじゃない? 一緒に行けたらいいな、って』
「もうだめ、死ぬ死ぬ」
傷を抉りにくるピンポイント爆撃にのたうち回る私。
しかし、吹っ切らねばならない。
私は、前に進みたい。
気力を振り絞って返信する。
『いいね、行こうか』
『ほんと!? うれしい! 浴衣着ようね!』
『いいね』
『じゃあ、待ち合わせ場所とか後で決めようね』
『うん、楽しみにしてる』
ナチュラルに爆撃を続ける親友に対して、短文打つのに多大な生命力を費やしたが何とか生還することができた。
それでも、潜り抜けたことは確かな一歩だ。
停滞していた人生で一つ前に進むことができた気がして、ちょっとホッとした気分になったのもあった。
切り替えて新たに発生した問題について立ち向かうことにする。
「浴衣、か。まだ着れるかな」
親友と約束し、前に進むと決めた以上は覚悟を決めねばならない。
クローゼットの奥から、実家から持ってきたものの上京して十年以上あけることがなかった衣装ケースを引っ張り出す。
「確かここに……とあったあった」
黒地に紫菖蒲をあしらった柄の浴衣。
高校生の頃に花火大会のために買って、一度もお披露目することなく長い間封印されていたお気に入りである。
親友と二人で買いに行ったのもいい思い出だ。
親友は自分は可愛い朝顔柄の浴衣を選んでいたくせに、私にはカッコいいほうがいいと強く勧めてきたのだった。
当時にしては大人っぽい柄だったが、実際結構気に入って花火大会前日まで何度も着付けの練習をしたのを思い出す。
しかし、まさか十年後に着ることになろうとは。
感慨深いものもあるが、試しに羽織ってみると中々良い。
むしろ今の年齢の方が似合うかもしれない。
ちょっと気分が良くなってきた。
花火大会を楽しみに今日は寝ることにしよう。
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