よしこう

一話 変化を求める者と安寧を求める者

強い風の吹く日、旅人がある村に来た。

その村は小さく、人々は貧しかった。

村から降りたところにある濃い森からの果物の恵みと、殺風景な岩山に住む山羊で、村人はなんとか生き延びていた。

村人は旅人が来た理由を知りたがった。

大抵の旅人は大きな街や、街道沿いの村に宿を求めるものだ。

旅人の大きな髭は白く、茶色のカウボーイハットは色あせ、ところどころにシミが出来ていた。

しかしその眼光は鋭い輝きを秘め、顔はいかにも美しかった。

旅人は村人に言った。

「一日の宿をくだされ。私は占いを生業としている者。一日の宿をくださればこの村の者の誰か一人の人生を占って進ぜよう。」村人たちは半信半疑であったが「それならば村でただ一人の子供の人生を占ってもらおう」ということになった。

旅人は連れてこられた子供の顔を食い入るように覗き込んで言った。

「この子には風の精霊の加護がある。風の精霊はこう言っている。いずれこの子は村を旅立ち、この国一の大魔術師になるであろうとな。」旅人は村人の家に入り、早くも鼾をかきはじめた。


 

 旅人が来てから既に十年の月日が経ち、少年は青年となった。

青年は農民となり、父や祖父やまたその先祖たちのように貧しく細々とした一生を送るはずであった。しかしそうはならなかった。

青年は自分に風の加護があると信じていた。現に青年の村を大風が襲ったときも彼は山に出て、そして何事も無かったかのように帰ってきた。

そしていつもと同じように歌を歌いながら楽しげに遊ぶのだ。

命の危険など知ったことかというように。それには村人も驚いた。

青年には本当に風の加護があるのではないかと。

しかし村人たちはこうも考えた。

青年が農民となれば、好きなように風を操り、村に富をもたらすのではないかと。

風の詩を聴くことの出来る人間は限られている。

遥か遠く西方の大国ではその者は軍を率いた。風の加護、それはこの世界にとってはとても大きなものだった。

巨大な力は時に争乱を連れてくるのだ。

変化、それは農民が最も恐れるものだった。

なぜなら変化は災厄を連れてくるからだ。

だが青年の考えは違った。

青年の心には風が生きていた。

彼のなかの旅への渇望はさながら龍のごとく暴れだそうとしていた。

世界の土地にはそれぞれ精霊と神がいるとされていた。

風の精霊は変化を、地の精霊は安寧をもたらした。村には代々地の精霊が祀られていた。

しかして青年の信ずるところは風にあった。

そこが村人の彼を恐れる所以であった。

青年にとっては変化は歓迎すべきものだった。そしてある日、青年は旅に出た。

彼の心の奥深くの龍は、ついに暴れだしたのだ。

村人には告げなかった。 


親には手紙を残した。


後悔は無かった。


最初に至ったのは山からすぐ出たところにある城塞都市であった。

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