悪魔として処刑された少女は御遣いとなって罪を回収する

こ〜りん

1.

 暗く冷たい石畳の上で、少女はカビの生えた硬いパンをボソボソと食べていた。

 まるで死刑囚のような扱いに、少女が不満を言うことは無い。そんな気力はとっくに失われているからだ。

 何故生きているのか。何故ここにいるのか。

 哲学的な思考すらも飽き、少女はただ鉄格子の隙間から覗く景色をぼんやりと眺めていた。


 身体を洗う水も、清潔な布も与えられず、足枷とボロボロの貫頭衣だけが少女に与えられたものだった。

 髪はもう長いこと切っていない。床にべったり着くほどの長い髪は日によって色を変える。だが、どんな色の時も必ず黒みがかり、淀んでいて穢らわしいからと近寄る人間はいない。

 時間を掛けて残飯以下のパンを腹に収めた少女は、血のように赤黒い瞳で月を見つめる。

 美しい、と感じた。真っ暗な夜の中、悠々と輝く月を眺めることは、少女の唯一の娯楽だった。

 窪んだ顔、痩せ細った身体、ズタボロの貫頭衣、錆びているせいで肌を傷つける足枷。月を眺めている間はそれらを忘れることができる。


 生まれも育ちも、今に至る全てを忘却できるこの時間が……少女は好きだった。

 やがて眠気に襲われる。

 そのまま冷たい石畳に寝そべり、少女は何も考えること無く眠りについた。



 ある日、一国の王の下に予言が届いた。


『虹が曇り、凶兆の星が輝いた。災厄が来たる』


 それから数日経つと、平和だった王国は災厄に見舞われ始めた。

 まず天気が荒れた。作物は連日の大雨で不作となり、物価が急上昇した。王や貴族はなんとか食料を掻き集め凌いだが、金も食い物も無い平民はバタバタと死んでいった。

 次に、魔物が大発生した。世に害を為す、淀みと穢れと瘴気が悪意を持って誕生した生物。領土の至る所に発生したそれらの対処に兵が動員され、戦える者の半数が僅か一ヶ月で亡くなった。


「――アレを連れてこい」


 そして、王はある決断を下した。

 王城から離れた土地に厳重に隔離された監獄。その一室で虜囚の身となっている娘を連れてこいと騎士に命じたのだ。


 何も分からず連れてこられた少女を見て、王は親の仇と言わんばかりに顔を歪めた。少女はそんな父の姿を見て、これからどうなるのかを察した。


 王城前広場にある処刑場に連れてこられた少女は裸に剥かれ、逃げられないように足を固定され、そして腕を吊された。

 飢えに悩まされながらも集まった民に向けた王は言った。


「これよりこの女を処刑する! これは我が王国に災厄をもたらした悪魔だ!」


 悪魔の処刑。それを聞いた民達は呆気にとられ、そして口々に罵声を浴びせ始めた。対象はもちろん少女である。

 魔女め、悪魔に股を開いた売女め、地獄に堕ちろ…………


 処刑台の前に用意された数本の手斧を民に見せ、王は更に言う。

 陵辱刑に処す、と。少女を自由に嬲れと告げたのだ。


 それは女性の罪人の中でも、最も罪の重い者に課せられる処刑方法であった。人道的な断頭台は使われず、無数の人間の手によって時間を掛けて嬲り殺されるのだ。


 三日経った。

 少女は息絶えた。

 骨を折られ、腹を裂かれ、目玉を抉られ……処刑に参加した者の思い思いの悪意が、少女を凄惨で無惨な死体へと加工した。

 処刑された罪人の死体は鴉に啄まれ、骨と僅かな腐肉になるまで見せしめとして放置される。そして一週間が経った頃、少女の死体だったモノは近くの森に投げ捨てられた。


 災厄は、治まらなかった。

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