第12話 コンフォートゾーン


「主に教会のせいだね! ――って答えちゃうと、出てく人が多い説明にしかなんないか」


 マリカはしばし天井を仰いでいたが、派手な音を立てて案理に向き直った。体重を掛けて椅子を後ろに倒していたようだ。


「入ってくる人が多い理由のほうは、悪いけどあたしにもわかんない。そもそも自分の意思で来たって言ってる人いたかな? ここに来たきっかけも会ったことある人全員に訊いてきたけど、『気付いたらここにいた』か『パートナーに連れて来られた』以外の答え返ってきたことなかったと思うし」

 

「え? みんな自分がどうしてここにいるかわかっていないの?」


「アンリちゃん的には『膜のことを放置しとくのもわかんないけど、まあしょうがないのかも』って感じだったけど、こっちはさすがのあたしも庇いきれないかな〜。意味わかんないよね? わかるわかる!! あたしはダンナくんに連れて来られたんだけど、問い詰めても答えてくれないんだよねえ。知られちゃいけない秘密でもあったりしてね♡♡ あはははっ!」


 少しも笑い事ではない状況を笑い飛ばしたマリカから距離を取るように案理は椅子を引いた。


「マリカさん自身は……その…………。気にならないの?」


「どうしてここに引っ越してくることになったのかわかんないこと? 気にしてもしょうがないし、どこに住んだって不満はなくなんないと思うんだよね。だったら、ここに来た意味とか考えるより今の暮らし楽しんじゃったほうがよくない?」


「マリカさんの言いたいことはわかるけれど……」


「四尾都町ってコンフォートゾーンでしかないし、怖さを感じないっていうのも理由のうちかもね?」


「コンフォートゾーン?」


 そういった単語が行き交うコミュニティとは無縁の案理だが、単語の意味から推測される事柄が現在の四尾都町での生活を形容するに相応しいものであることは想像に難くなかった。

 

「そう! 聞いたことくらいはあるでしょ。『ここにいれば安心安全だって思える場所』のこと。ないのとあるのとじゃ大違い。そんな場所、自分から脱け出すなんて――よっぽどの物好きじゃん?」


 口元を歪めたマリカは、ここに来る前、どのような性格を送っていたのだろう。


「…………んで。えーと? ……ああ! 膜の話してたとこだったっけ」


「え、ええ。あれで終わりではなかったのね」


「うん。アンリちゃんが触って知ってるのは家の周りの膜だけだけど、からね!」


「あら、そうだったの――……え?」


 案理の笑顔が引き攣った。


「…………あ、ああ! そうよね? 住宅街といっても、お店や病院のような施設もあるはずだものね? マリカさんが言いたいのはそういう――――」


「ないよ? 


 案理の話に被せる形で答えたマリカは、テーブルの上に放置されていた煎餅を指で叩いた。彼女が四尾都町について説明する際に教会として用いたものだ。


「え……」 


 教会以外の施設も店もない町など、どのような名付けがなされていたとしても明らかに異常だ。案理はとうとう寒気に負けて椅子の背中に掛けていたカーディガンを羽織った。



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