第11話 知っているだけの人、考えもする人
「ああ! ついでに言うと、有害物質をシャットアウトするフィルターとかでもなさげ。ヘビースモーカーのおじさんち前通ると臭いの何のって!! 近所じゃないからまだいいけど、そういうのも通さないやつだったらよかったのにね~。ヒスるほどじゃないけどさ、受動喫煙のほうが発がんリスク高いの納得行かないし!」
「そうなの……。マリカさんの他の方も膜の正体については御存知なさそうね?」
案理はスカートが皺にならないよう、生地を押さえながら腰掛けた。チェアパッドを敷いていない椅子の冷たさはスカート越しにもありありと伝わってくる。急いで湯呑に口をつけたものの、注がれた茶はとっくのとうに温度をなくしていた。
「うん。誰も知らないし、気付いてない人は気付かないままこの町を出てくんじゃないかと思うな〜」
「知らない? マリカさんは他の方に膜のことを話さなかったの?」
「うーん……。最初は全員に話してたと思うけど、信じてくれた人はそこまで多くなかったかな~……」
マリカはびくっと肩を震わせ、なおかつそれを誤魔化すように脚を組み替えた。
「…………ごめんなさい。聞かなくていいことを聞いてしまったみたい」
「ううん、いいんだ! アンリちゃんは信じてくれたもんね♪」
「ええ、まあ……。信じた――というか信じないわけにはいかなかったというか…………。でも、そこそこ広そうな町だもの。マリカさん以外にも膜が張られていることに自力で気付いた方もいらっしゃるのではなくて?」
「そりゃあもちろんいると思うよ。でもさ、自分ちや他の人んちの周りに膜が張られてるってことに気付いても、正体まで突き止めようとする情熱までは持ってない――みたいな?」
「それはなぜ?」
「突き止めようとしたあたしに訊くかな~、それ!? たぶん誰よりも力入れてると思うよ? アンリちゃんって天然なトコあるよね~♪」
ひりついた空気に臆して案理が言葉を失っていると、マリカが真顔で話し出した。
「あたしの推測でよかったら答えるけど――支障がないからじゃない? 弊害って言ったほうがいい? さっきアンリちゃんも言ってたけど、特に不自由しないじゃん。膜があってもなくても。景観を損ねたり換気が難しくなることもない。…………ね? わざわざ考える必要がない!」
「怖くはないのかしら。得体の知れないものがあって、そこから逃げられないのに……」
「怖いよりめんどくさいが勝っちゃうんじゃない? 考えるのが好きな人だっているけどさ、そういう人って意外と少ないらしいよ。わかんないことはそのまま放置しておきたいって人が多いみたい。アンリちゃんも言ってたみたいに、わかんないほど怖いものもないのにね〜?」
「…………カナタさんも言っていたけれど、なぜこの町は住人の入れ替わりが激しいの?」
何度も見てきた笑顔のはずなのに、途轍もなく冷たく恐ろしいものに感じてしまったのは、今のマリカから伝わってくるのが思考を放棄した人々への侮蔑のみだからだろうか。案理はひと呼吸置いて口を開いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます