第3章 おかしな町のおかしな住人

第1話 町の名


(私は未成年だし、危険なことに巻き込まれるといけないからって挨拶回りを禁じられていたから、結局お隣さんのお顔もわからなくて、かえって心細かったのよね…………。せめて両隣とお向かいさんとは知り合っておきたいのだけど)


 案理は学校から近いアパートに独りで暮らしていたときの記憶を辿る。


「そう……」

 

「…………まあ、全国的に廃れつつある文化とはいっても、する人はするみたいですし。案理さんがしたいなら、今度の休みにでも一緒に回りましょうか」


 目を伏せた案理に、カナタは優しく語りかけた。


「でも、カナタさんは忙しいじゃない。だったら、私が一人で済ませて――――」


「相対的に見たらそうかもしれませんけど、あなたが何もかもする必要はありません。もし案理さんがなんでも一人でこなせるスーパーレディなんだとしても、お株を奪わないでもらえるほうが、僕としてもありがたいですね。じゃないと、一緒に暮らしてる意味がないでしょう?」


 握り締めた案理の右手に重ねられたのは、言うまでもなくカナタの手だ。真っ直ぐ伸ばされた彼の左手には、まだ何もない。


「じゃあ、そうしていただける?」


「はい。……今度こそ行ってきますね」 


「ええ。気を付けて」


 しばらくカナタの後ろ姿を眺めていた案理だったが、ふと思い付いて郵便受けを開けた。


「一応、確認しておかないとね。何か届いているかもしれないし」


 郵便受けに入っていたのはカナタ宛の封書だった。裏面をひっくり返してみても差出人は書かれていなかった。


……。四尾都町…………!?」


 封書を表面に戻した案理は、何の気なしに印刷された新居の住所を読み上げた。


(思わず声に出してしまったけれど、読み方は『しびと』でいいのかしら……。なんて不吉な響きなの。こんな地名、見聞きしたことがない……。都道府県でいうとどこ? 気候から考えて、極端に北だったり南だったりということはなさそうだけれど)


 衝撃を受けたばかりとは思えぬほど、彼女の思考は冷静だった。

 

(学校にも通える距離ではあるはず――よね。……まあいいわ。カナタさんが帰ってきたら訊いてみましょう。彼なら知っているはずだから)


「こんちは~。新しく越してきた人?」


 案理が封書片手に考えていると、明るい声が聞こえてきた。見ると、ガーデニングを終えたらしい女性が、捲っていた袖を元に戻しているところだった。


「え……ええ。きっとそんな感じ――――」


 カナタとのやりとりを聞かれていた気恥ずかしさからぎこちない笑顔のまま視線を上に持って行くと、の女性が興味津々といった様子で目を輝かせていた。


(…………この人とは初対面のはずなのに、のはなぜかしら? 知り合いに似ている――というわけでもなさそうなのよね。少なくとも私のお友達にはいないタイプだもの)

 

 既視感は気のせいではないはずだが、答えには至らない。


「そかそか。よろしく!」


(ノリの軽い子ね……。あまり関わったことのないタイプだわ。お話についていけるといいのだけれど――――)


「ん!」


(やっぱり今まで周りにいなかったタイプの子……! 悪い方ではなさそうだけれど、ちゃんとお友達になれるかしら……)

 

 届くはずもないのに握手を求めてきた彼女に合わせて案理も手を伸ばすと、彼女は満足そうに頷いて手を下ろした。

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